ラファエル・クーベリック

交響曲第3番ニ短調「ワーグナー」
 バイエルン放送交響楽団(70)
 バイエルン放送交響楽団(80)

交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」
 バイエルン放送交響楽団(不明)
 バイエルン放送交響楽団(79)

交響曲第6番イ長調
 バイエルン放送交響楽団

交響曲第8番ハ短調
 バイエルン放送交響楽団(63)
 バイエルン放送交響楽団(77)

交響曲第9番ニ短調
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 バイエルン放送交響楽団


 クーベリックといえば、私がクラシックを聞き始めた頃に最も安価なCDとして出回っていたCBSの「ベスト・クラシック100」シリーズにモーツァルト35〜41番(2曲ずつ3枚に分売)、シューマン1&3番、およびブルックナー4番という計5枚が選ばれている。モーツァルトについては、それ以前に後期6大交響曲集として発売されていた7500円の廉価3枚組(75DC601〜603)を同級生が買っていたので貸してもらって聴いた。とても流麗な演奏で楽しめた。(数年後に中古屋で2400円で売られていたのを見つけたので買った。)また、シューマンもレンタル屋で見つけたのでそんなに興味があったわけではなかったものの「モノは試し」と思って借りたところ、スッキリしていて非常に見通しのいい演奏だと感心したことを憶えている。(余談だが、吉田秀和は「世界の指揮者」の中で、セルの「ライン」を生で聴いて「これは並々の演奏ではない」と書いていた。シューマンの交響曲を指揮する難しさを示した後で、「・・・・一貫して見事な手綱さばきを示したほか、彼はこの音楽の中に、どんなにたくさんの詩趣と誠実との貴重な結びつきが隠されているかを、あますところなく、鳴らしてみせた」と絶賛している。セルはクリーヴランド管とシューマンの交響曲全集を録音しているが、もしかしてクーベリック盤以上の出来映えなのだろうか? ちょっぴり気になる。)ところが、当時最も聴きたかった「ロマンティック」は業界最安値にもかかわらず買わなかった。(代わってハイティンク盤を買った経緯は「私のクラシック遍歴」ページに出ている。)当時はこの指揮者のことはほとんど何も知らないに等しかったからである。私にとっては、モーツァルトの40&41番のジャケットに使われていた顔写真が妙に印象に残った(いま見ても左右にピンと跳ね上がった毛髪がどことなく可笑しい)という程度の指揮者であった。CBS移籍前はDGにてベートーヴェンやマーラーの交響曲全集を作ったほどの実力者と知っていたら即座に注文していたはずである。(それから10年以上経って、ようやく東京の中古屋で買って聴くことになった。)とはいえ、クラシック業界の事情に少しずつ詳しくなってからも、この指揮者のことをそれほど高く評価していた訳ではない。
 96年の夏、当時所属していた研究室のキャンプ旅行で山間地に出かけた時のこと。皆は目的地に着いたか着かない内に川へ出かけていったが、泳げないし釣りにも全く興味のない私は一人で部屋に残り、持ってきたラジオでNHK-FMを聴くことにした。(実は最初からそのつもりだったのだ。14時から2時間がクラシック枠であることは今更書くまでもない。)ところが聴いてビックリ、その日は亡くなって間もない2人の指揮者の追悼番組が放送されたのだ。(その頃は普段FMをあまり聴かなくなっていたので番組表もチェックしておらず、完全にノーマークだった。)その2人とはチェリビダッケと、他ならぬクーベリックだったのだ。彼には悪いが、「チェリと同等に扱われるほど偉い人だったとは!」とその時になって初めて知った。(さらに2人が仲が良かったらしいというのを知ったのは、今世紀に入って許光俊の「生きていくためのクラシック」を読んでからのことである。80年代からはミュンヘンを拠点に活動していた両指揮者だけに十分あり得る話ではあるが、BPO常任になり損なって以降のチェリが他の指揮者と良好な関係を結んでいたとは想像すらしなかった。もっとも、4番スウェーデン放送響盤ページの追記にも書いた「おそらく話の分かる唯一の人間」という棘のある台詞からは、クーベリックに対してどの程度の親近感を持っていたのかまでは分からない。)とはいえ、彼はDGでもCBSでもスター指揮者達の陰に隠れた存在だったように思うし、名盤選びの企画でもドヴォルザークやスメタナの一部の曲を除いては「決定盤」に挙げられるようなディスクは出していなかった。日本で彼が「巨匠」扱いされるようになったのも、「プラハの春」の開幕コンサートで「わが祖国」を振るために42年ぶりにチェコに里帰りした90年以降のことではないか。(ハプニング的なイベントが切っ掛けで評価が鰻登りになったのはヴァントと似ているかもしれない。)その後の来日コンサートは大変な評判を呼び、それは今でも語り草になっているようだ。(それについて許が「生きていくためのクラシック」に記したものは実に見事である。)彼の死語も人気は衰えず、90年代以前の録音の再評価も進められているようだ。
 さて、全集を残していることもあって、この人については「マーラー指揮者」というイメージが強かった。マーラーは今でも「1曲1枚」を原則維持しているのでDG盤は全く聴いていないが、「クラシック名盤&裏名盤ガイド」で「本命盤」として紹介されていた5番BRSOライヴ盤(METEOR、MCD-024)を中古屋で買って聴いたところ、確かに見事な演奏だった。これに対し、ブルックナーは一時期3番正規盤の演奏に感心してはいたけれども(実は買わずに聴いたのだが、その経緯についてはベーム盤のページを参照のこと)、2種しかない正規録音がともに入手困難になっていたこともあって、聴かないままに年月だけが過ぎることになってしまった。ようやくにして、当時(ブルックナーCDの蒐集を始めて間もない頃)メールマガジンを間歇的に送ってきた「悪魔の店主」(ヴァント8番NDR00年盤ページ参照)より「鐘」(The Bells of Saint Florian)盤の大量発掘の知らせを受け、他の品と併せてクーベリックの3番BRSO盤と9番BPO盤を購入した。(既に正規盤を持っていたためか品切れだったためかは憶えていないが、4番「鐘」はその時には買わず後にヤフオクで入手した。)3番は上記正規盤の素晴らしさを思い起こさせる出来映えだったし、あまり期待していなかった9番も極めて完成度の高い名演で、「ブルックナーでもこれほど見事な演奏を聴かせてくれる指揮者だったんだ!」と遅ればせながら認識した。それで上に挙げたように所有枚数が増えてしまったという訳である。とはいえ、改めて棚を捜してはみたものの、ブル以外のディスクはこのページで触れたモツ3枚組とマラ5しか出てこなかった。BPOとのドヴォルザーク8&9番正規盤はさして気に入らなかったので手放してしまった。同じくDG盤としてクーベリック&BRSO伴奏によるF=ディースカウの「さすらう若人の歌」も買ったはずだが見つからなかったので、きっと同じ運命を辿ったのだろう。今後も枚数が劇的に増える見込みはなさそうだ。

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