ハインツ・レーグナー

交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」
交響曲第5番変ロ長調
交響曲第6番イ長調
交響曲第7番ホ長調
交響曲第8番ハ短調
交響曲第9番ニ短調
(全て旧東独のベルリン放送交響楽団)

 私にとってレーグナーといえば何といってもマーラーの交響曲第3番である。クラシックのCD蒐集はブルックナーとマーラーから始めたのであるが、いかにして安く揃えるかに知恵を絞った。「F35L」「F66G」(1枚3500円、2枚組6600円)のポリドール製品は問題外だった。ある日、カタログでマーラーのディスクを捜していたところ、何と3枚組(9600円)にて3番と6番が同時に手に入ることを知った。「ハインツ・レーグナー指揮ベルリン放送管弦楽団」というのは耳慣れぬ指揮者&オーケストラ名だったが、当時は「とにかく安く」が至上命令(?)だったので即座に注文した。(なお、オケ名の「ベルリン放送管弦楽団」だが、"Rundfunk-Sinfonie-Orchester, Berlin" の訳語としては明らかに不適当である。なにせ「シンフォニー・オーケストラ」なのだから。ただし、当時は東西ベルリンにそれぞれ放送オーケストラが存在し、どちらも邦訳では「交響楽団」になってしまうため、慣例として西ベルリンの方を「ベルリン放送交響楽団」、東の方を「ベルリン放送管弦楽団」という表記にしている、とCDブックレットでは説明されていた。もっとも、後に西のオケが「ベルリン・ドイツ交響楽団」と改称したため、このような面倒くさい使い分けは必要がなくなった。よって現在では「ベルリン放送管弦楽団」はもちろん使われていない。当サイトでも「ベルリン放送交響楽団」を用いるが、シャイーが常任を務めていたオケとはあくまで別団体であることを示すため、必要に応じて(東)(西)を付けることにした。ついでに書くと、指揮者名の正確な発音は「レークナー」に近いのだろうが、より使用頻度が高いと思われる「レーグナー」という表記を採用することにした。註釈脱線があまりにも長かったので、ここで改段落する。)
 マタチッチの8番84年盤ページで述べたように、マイナーレーベルからCDを出しているような指揮者は所詮二流なのだから、演奏も「安かろう悪かろう」に違いなく、良くて「そこそこ」のレベルだろう、などと大して期待していなかったのだが、いざ聴いてみたら、それがとんでもない誤解であることが判った。もうメチャクチャに感動し、繰り返し聴いても全く飽きなかった。(LPレコード時代なら「溝がなくなるまで」と書くところだ。)曲が良かったから、ということもあるが決してそれだけではない。後にメータやアバドなどの演奏をNHK-FMや教育テレビで見聞きしたが、それらが全く足元にも及ばないと思われるほどレーグナー盤は抜きんでていた。(私は未だにそれを超える演奏を見つけられないでいる。「知名度は低くとも実力を持った音楽家がいる」という当たり前のことに思いが至るようになったのは、どうやらその頃からである。)ただし、カップリングの6番の印象はもう一つだったが、これはおそらく私と曲との相性の悪さに過ぎないと思う。この際なので、トコトンまで脱線話を書いてしまうつもりでいるが、ニュースキャスターの俵孝太郎によるクラシックCDの集め方についての本を読んでいたところ、彼がマーラーの6〜8番を全く評価していないと書いていたのには思わず膝を打った。私のマーラーの交響曲に対する評価も、1〜5&9番とそれら以外の曲との間には相当な開きがあったからである。(ただし「大地の歌」の完成度が非常に高いことは認めている。どうしても好きにはなれないけれど。) しばしば見かける「第6番はマーラーの最高傑作である」という意見に同意することなど私には到底できない。作曲者自身が最高傑作と考えた第8番も同様で、特に「長ったらしいだけ」と感じる第2部を聴く気には滅多にならない。(第1部は後で触れる7番バーンスタインNYP盤の終楽章と同じディスクに収録されているので、そのまま惰性で聴くことはあるが。)むしろ、第7番は作曲家の柴田南雄が「グスタフ・マーラー」(岩波新書)にてあまり出来が良くないというようなことを書いていたけれども、私はバーンスタインの旧盤を聴いて結構気に入っていたし、今でもたまに聴く。(ちなみに、これは他ページにも書いているはずだが、レーグナーの第3番は許光俊が、第6番は宇野功芳が以前から高く評価している。)
 さて、そこまで気に入ったにもかかわらず、続けてレーグナーの他のCDを買うことにはならなかった。別に宇野の「名演奏のクラシック」のレーグナーの項の書き出し「レーグナーにはすっかりだまされてしまった」に恐れをなしたからではなく、彼のディスコグラフィ中に特に欲しいものがなかったという理由に過ぎない。レーグナーの名を再び意識するようになったのは、ブルックナーのCD聴き比べに熱中するようになってからのことである。マーラー購入後10年以上が経過していた。またしてもだが、同著にて宇野がレーグナーのブル9について「絶好調のムラヴィンスキーを想起させるほど抽象的な、鋭い透徹感を持った名演」と書いていたのが改めて目に留まったからである。(宇野は「クラシックの名曲・名盤」のこの曲の項でも、「シューリヒトに似た、結晶化した演奏」というコメント付きで推していた。あくまでシューリヒト&VPOによる演奏がCD化されるまで、という暫定措置だったが。)既にムラヴィンスキー盤は入手しており、異色の演奏と思いつつも結構気に入っていたので、レーグナー盤も聴いてみたくなった。(なお、実際に聴いたところ、確かに「抽象的」「透徹感」ではムラヴィンスキー盤と共通するところも感じられたが、シューリヒトとは似ても似つかない演奏であるため注意されたし。)ところが、徳間レーベルから92年に発売されていた「ドイツシャルプラッテン20周年記念」の1000円廉価盤を職場の生協に注文したものの、あいにく生産中止ということで入荷せず、ならば輸入盤をと考えたのだが、なぜか、そして許し難いことにBERLIN Classicsは9番のみ発売していなかった。当時たびたび出張していた名古屋市内のある中古屋にて徳間の初発盤(32TC-36)が1000円ポッキリで売られていたのだが、いざ買いに足を運んだら跡形もなく消え失せていた。背表紙が赤色だったそのディスクを何度も手にしながら買わなかったことが大いに悔やまれた。結局は何度か敗退の後に、その廉価盤をネットオークションで入手したのだが、定価をかなり上回ってしまった。まあ仕方がない。(私が目にした限りだが、ピーク時には3000円以上に高騰していた。)その直後に、今度はBERLIN Classicsの8番をやはりオークションでゲット。激安価格で出品されていたからであるが、そのままで落ちた。その後はこれら2枚のみ所有という時代がしばらく続いた。
 レーグナーのブルックナーが猛烈に速いという情報は既にネット上から得ていたが、確かにCupiDや生協インターネットショッピングのCDデータベースに示されているトータルタイムから判断する限り、(チェリとは全く逆ではあるが、)やはり常軌を逸したテンポを採用しているように思われたので、どちらかといえば遅いテンポによる堂々とした演奏を好む私には、そんな「際物」に手を出すなど最初は及びも付かなかった。(完全に腰が引けていた。)そんなに速くては感動も何もあったもんじゃないだろう、と考えたのである。ネット上でもさほど高く評価されているようには思えなかった。それで8番以前の曲に手を出す気にはなれないでいた。けれども、数々の多種多様な演奏に触れる内にだんだんと抵抗力が付いたのか、あるいは好奇心が増したのか、とにかく少々ヘンな演奏なら聴いてみる価値はあると考えるようになっていた。そして、 許による「生きていくためのクラシック」中の「ハインツ・レーグナー ─ 絹のブルックナー」が決定的な触媒の役割を果たした。 彼は459番を挙げていたが、私は「毒を喰らわば」の心境でレーグナーのブルックナー交響曲録音として残されたものを全て揃えることにしたのである。先述した徳間の廉価盤はことごとく生産中止&品切れで入手できなかったため、BERLIN Classicsの4〜7番輸入盤を通販に注文した。ここら辺りの時間的な前後関係がちょっと怪しいのだが、上記「名演奏のクラシック」で紹介されていたワーグナーの前奏曲集(カップリングにR・シュトラウスの管弦楽曲)、および交響曲&「ジークフリート牧歌」を買ったのとどっちが先だったか?(これらは"Deutsche Schallplatten 25th Anniversary"シリーズの1000円廉価盤である。5年の違いは大きいらしく、ケーゲルなどのディスクも含めて注文した品は全て入手できた。)いずれにしても、一時期に集中してレーグナーのディスクを入手したのである。
 ところが、それから半年も経たない内にレーグナーの激安ボックス11枚組が発売された。ミサ曲第2&3番以外はダブってしまう。これはちょっと悔しい。ケーゲルがそうだったが、許が著書で誉めた指揮者のディスクが企画ものとしてネット通販サイトで発売されるということは以前からあった。こういうのは「下衆の勘繰り」なのかもしれないが、そこまで深読みしていればレーグナーのブル選集を安く揃えられたのに!(そして収納場所も取らなかった。)一方、同時発売された管弦楽曲集の方は、重複が上のワーグナー&R・シュトラウス、およびラヴェルのピアノ協奏曲&左手のためのピアノ協奏曲(許が「クラシックCD名盤&裏名盤ガイド」で推していたこともあってBERLIN Classics盤を買った)の2枚だけであり、新規購入したとしてもバラを買い集めるよりははるかに特である。しかしながら、収録曲の大部分は既に他の指揮者のディスクとして所有しているし、特にレーグナーの指揮で聴きたいとまでは思っていないので、現在に至るまで購入には踏み切っていない。入手困難になった途端、妙に欲しくなったりするものだが。

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