アナ・ガブリエル(Ana Gabriel)
メキシコ人である。よく考えたら(そして年頭の緊急企画を別にすれば)、本職のポピュラー歌手としては初めて欧州(イベリア半島)以外から採り上げることになった。
既にドミンゴのページに書いたが、存在を知ったのは「我がラテンの魂」でのゲスト出演によってである。ハスキーな声と情熱的な歌唱によって、共演4者の中で圧倒的な存在感を示していたのがこの人だった。とはいえディスクを買わねばという切迫感はなかった。ところが、ある日状況が一変する。R・シュトラウス「4つの最後の歌」と同じである。つまり大学院生時代に実験室で何かの調査をしながらNHK-FMを聴いていた時のことである。16時からの「ポップス・グラフィティ」火曜日、竹村淳(ラテン音楽の評論では第一人者)担当の日だった。(先ほど検索して彼のサイトにたどり着いたが、「ラテン音楽パラダイス」が文庫で復活するというニュースに興味をそそられ、結局講談社+α文庫を注文してしまった。ところで「ポップス・ステーション」→「ポップス・グラフィティ」→「ミュージックプラザ」と看板こそ変わっても火曜日は一貫して竹村が担当していたのだが、私が知らない間に2005年度いっぱいで降板させられていた。これで英語以外のポピュラー音楽が聴けるのは実質的に日曜21時からの「ワールドミュージックタイム」だけになってしまった。そちらは以前「世界の民族音楽」という番組名で火曜夕方のポップスと棲み分けていたはずだが、改変を機に統合されてしまったという訳だ。留まる気配のないクラシックへの冷遇同様、放送局には怒りを禁じ得ない。)ふと耳を奪われた。既によく知っていた曲が流れてきたから。モセダーデスのディスクに収録されていた "La barca de oro" だった。忘れようにも忘れられない独特の声から、歌っているのがアナ・ガブリエルだということもすぐ判った。ところが受ける印象がまるで違う。モセダーデスはヘ長調だったのに対し、ガブリエルは二度上のト長調で歌っていた。それだけではない。前者は悲しいはずの別れをサラッと歌っており「目の前で涙を見せるのはマズイから」と抑えているような感じである。ところが後者は人目も憚らず号泣している姿が目に浮かんでくる。しまいには「捨てるくらいならいっそ殺して!」と出刃包丁を手に迫ってくるような凄味すら漂ってきた。何にしてもここまで心打たれた以上、ジッとしてはいられない。例によって作業を放っぽり出し、自転車で栄(名古屋市内の中心街)方面に向かった。もちろん目的地は輸入盤店である。(店名はハッキリしないが、たぶん最初にできたタワーレコードのはずである。後述するようにお目当てのディスクが見つからなかったにもかかわらず、他店を廻った記憶がないからである。ちなみに数年後には近くに3店が立ち並ぶようになった。)
中南米音楽のコーナーに足を踏み入れ、ガブリエルのCDのある場所を探す。数枚置いていた。早速ケース裏の曲名をチェック。だが "La barca de oro" 収録のディスクは見つからず。残念! せっかく来たのに手ぶらで帰るのも何なので1枚買っていくことにした。最初に手に取ったのは "The Best"、とりあえず無難な選択肢というヤツである。20曲入っておりコストパフォーマンスも悪くない。それをレジに持って行こうとしたが、ふと目に入った隣の方は随分と安い値札が付いていた。(確か1200円程度だったと思う。ベストの方は2000円以上の値が付いていた。)もちろん変身、いや変心してそっちを買って帰った。それが "Mi México" だったのであるが、後にこれが実に幸運な結果を生んだことを知る。詳しくはディスク評ページに譲るが、とにかく心底から堪能できたのだ。その後しばらく経って輸入盤店に行った際、たまたま思い出したので "The Best" を購入した。が、印象は「そこそこ」に留まった。決して悪い出来ではなかったが・・・・もしこちらが先になっていたら、「1枚あれば十分」という大部分の歌手/団体と同じ扱いで終わっていたのは間違いない。繰り返すが本当にラッキーだった。さらにネット検索によって、あの日ラジオで聴いた "La barca de oro" が "Joyas de Dos Siglos" に収録されていると判明したため、その後日を置かずして入手することとなった。いつのことかはハッキリ思い出せないが、ベスト盤を買ってから何年か空いているような気もするので、滋賀に戻ってからのことかもしれない。だとしたら生協ショップの店頭で輸入盤カタログを見て注文したはずである。
ところで、「最新音楽ニュース」というページにて「メキシコ北部シナロア出身の歌手アナ・ガブリエルがステージ活動からの引退を検討」というショッキングな記述を最近目にした。(報じられたのは2001年7月だから暢気なものだ。)アルバム録音のようにやり直しが利かないにもかかわらず、ステージ上でも常に100%の実力を出し切らなければならないというプレッシャーに耐えられなくなったことが原因らしい。これは完璧主義者の宿命である。(ただしレコーディングは今後も継続するという話だ。)よって「ラテン音楽界のグレン・グールド」という異名も使わせてもらうことにしよう。
2008年7月追記
知人から借りたディスク4枚("Silueta"、"Luna"、"Ayer y Hoy" および "Con un Mismo Corazón")を試聴。
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