夏川りみ(Rimi Natsukawa)
 この歌手の存在を知ったのはいつだろう? 正確には言えないが、たぶん2002年の秋から冬にかけてのことである。夕食後に台所で皿洗いをしていたら居間のテレビから何とも言えぬ懐かしさを感じさせるメロディが流れてきた。どうやらNHKの歌謡番組のようだったが、私が立っていた場所から画面は見えないので、「いい曲だなぁ」と思いつつ音だけを聴いていた。ところがいざ観に行ったら丁度終わったところで、小柄な女性歌手がお辞儀をしてサッサと舞台裏に引っ込んでしまった。(ちなみに夏川は後述する曲の大ヒットによりこの年の紅白歌合戦に初出場したと後に知ったが、それまで全然知らなかったのは偏に私の不徳の致すところ、というより日本のポピュラー音楽に対する徹底的な無関心のなせる業である。)その時はそれで終わり。曲も歌手も忘却の彼方へと去った。
 思い出したのは翌年春である。ディアマンテスのベスト盤 "Lo Mejor de Diamantes" の「おまけ1」で触れているが、彼らの隠れ名曲「風の道」を目当てに買ったコンピレーションアルバム「琉球詩歌」(りゅうきゅううた)を聴いていたら、「あのメロディ」が流れてきたのである。そのトラック3は「よなは徹」という歌手による「涙そうそう」という曲だった。「あれは沖縄民謡だったのか」と思った。(もちろん私の勘違いだが、よはなのアレンジは三線や和楽器を多用し、ウチナーグチ=沖縄語の訳詞を歌っていたから無理もない。)改めて通しで聴いてもいいものはいい。そうなると今度は「あの歌手」で聴きたくなる。ネットで探してみた。検索結果から、どうやら「夏川りみ」という歌手がヒットさせたらしく、それを手に入れれば良いということが判ってきた。次の問題はどのCDによって入手するかである。「涙そうそう」を収めた夏川名義のアルバムは複数あった。が、まだ海のものとも山のものとも知れぬ歌手に手を出す気にはなれない。ということで、ここでもコンピの「美ら歌よ〜沖縄ベスト・ソング・コレクション〜」にした。運悪くスカだったとしても他のトラックで元を取れるかもしれない。つまり「保険をかけた」訳である。(夏川の実力を知った今になって思えばどうしようもなく無知だったということである。まったく恥じ入るより他はない。他曲の方こそハズレで結局損することになったのは天罰が下ったからかもしれない。)
 冒頭に収録された「涙そうそう」は本当に素晴らしかった。(ディスク評で具体的に述べたい。)そればっかり何十回と聴いた。他の曲も聴きたいと思うのは自然の成り行きである。この年の8月にアマゾン通販から1stアルバム「南風」を購入。(定価2000円だが、なぜか1423円と安かったのである。)ほとんど全曲気に入った。大が5つ付くほどの満足。それから日を置かず2ndの「てぃだ〜太陽・風ぬ想い〜」も生協に注文したが、勢いがついて、という訳ではなく夏川の歌う「島唄」が聴きたかったからである。実はそれ以降リリースされたオリジナルアルバムは買っていない。「てぃだ〜」の満足度が前作ほどではなかったからである。決して賛辞一辺倒ではない「尼損」のカスタマーレビューにも肯けた。(というより「南風」があまりにも突然変異的な大傑作であるためだと私は考える。)当時は3作目の「空の風景(けしき)」まで出ていたが、そちらの評も似たり寄ったりなので気後れしてしまった。(上述の「美ら歌よ」で森山良子の「さとうきび畑」に辟易したことも無視できない。)後に出た「風の道」(2004年9月)や「彩風の音(アヤカジノネ)」(2005年11月)、そして「Duets」(2006年3月)などは、ネット通販の紹介文に共演者や楽曲提供者のビッグネームが並んでいることもあって興味がない訳ではないのだが、やはり購入には踏み切れないでいる。そういえば、私はアニメ「ドラえもん」の新主題歌「ハグしちゃお」を未だに知らない(いつも帰宅時には終わっている)し、愛・地球博(愛知万博)のテーマソング「ココロツタエ」も結局聴かず仕舞いである。こんな体たらくではとてもファンといえたものではない。ようやく3枚目として「SINGLE COLLECTION vol.1」が加わった。発売直後から購入を検討していた品であるが、少しでも安く入手するチャンスを窺っている内に8ヶ月以上経ってしまっていた。奇しくも「彩風の音」発売と同じ日にゲットすることとなったけれども、もし楽天フリマに異常な安値で出品されていなければ、未だそのままになっていた可能性は高い。なので今後も「Vol.2」が出るまで枚数は増えないような予感がある。(→追記:その予想は当たらなかった。)
 最後に一つ気になること。テレーザ・サルゲイロの "Obrigado" のページに書いた「巨大化」現象である。何年か前になるが、新聞のテレビ欄にて夏川が出演すると知った私は登場を楽しみにしていた(じっくり見るのは初めてだった)のだが、いざ現れた歌手に仰天した。先述の歌番組から小柄という印象を抱き、「南風」や「てぃだ」のブックレット表紙で再確認していたけれど、それとは似ても似つかぬ堂々とした体格だったから。(とはいえ、既にあちらで述べたように発声に支障が出たりしない限りにおいて私は殊更に問題視はしない。歌手にとって身体は楽器そのものだから、その鳴りが良くなることはむしろ歓迎すべきであるといえる。見た目は二の次、三の次である。)公式サイトのディスコグラフィのページに掲載されているジャケット写真を時系列で眺めれば一目瞭然だ。シングルでは「童神〜ヤマトグチ〜」(2003年9月)と「愛よ愛よ(かなよかなよ)」(2004年7月)、アルバムでは「ファムレウタ〜子守唄〜」(2003年10月)と「風の道」(2004年9月)の間に水平方向への肥大過程(←形態学の講義じゃあるまいし)が急速に進行した感がある。(既に2004年2月リリースの「沖縄の風」でも兆しが現れているようだが。)もしかすると冬眠に備えて体脂肪を蓄えたはいいが暖冬のせいで消化しきれなかったとか。(んなアホな。そういえば、彼女が沖縄民謡「安里屋ユンタ」(あさどやゆんた)のルーツを探る旅に出るという番組をNHK-BSで見たことがあるが、母や姉たちが経営し働いている那覇市のバーを訪ねるというシーンでのこと、久しぶりの対面でいきなり「また太ったんじゃないの?」と指摘されても「アハハハ・・・」と笑い飛ばしていた。が、この屈託のなさがいい。彼女は「星美里」という芸名の演歌歌手として1989年にデビューしたものの、全く売れずに96年に引退して一度沖縄に戻っている。つまり大きな挫折を味わった訳だが、そんなエピソードですらトーク番組等では実にサラッと話しているから好感が持てるのだ。ふと思い出したが、第一次漫才ブームの頃、毒舌ネタで人気の出た女性コンビの片割れから「あの人は苦労話をウリにしている」と言われて激怒した演歌歌手がいたっけ。大晦日の度に一般サラリーマンの年収の何十倍もの大金を惜しげもなく衣装につぎ込んでいる例のお方である。)夏川の音楽活動が今後どういう方向に向かっていくのかという興味はもちろんとして、こちらについてもしばらくは目が離せないところだ。(ってこんな結びでいいのか?)

2008年2月追記:昨年11月発売の「歌さがし〜リクエストカバーアルバム〜」を入手した。

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