Single Collection vol.1
2005/03
ビクターエンタテインメント VICL-61605

 まず入手経路だが、既述の通り楽天フリマで買った。500円だと思っていたが改めて購入履歴を見たら300円だった。何でそんなに安かったかといえば「ケースにイタミあり」という理由からだが、いざ受け取ってみたら爪が折れているかケースのヒビだったがは定かでない(忘れた)ものの要は些細な傷だった。新しいケースに交換すれば悪くとも1000円では売れたはずだが何とも謙虚な方である。そのお陰でこうして聴くことができるようになったのだから感謝しない訳にはいかない。ここに改めて御礼申し上げる。
 さて、トラック1は「夕映えにゆれて」、「夏川りみ」名義によるファーストシングル収録曲だが、もちろん(「星美里」時代の暗い過去を脱ぎ捨てて新たな船出を果たした)兼久(かねく)りみにとっては再デビュー曲である。だが、私は「そういう歌手にこの曲はちょっとなぁ」と言いたい気持ちを抑えることができなかった。一聴して「これは売れんやろ」と思ってしまったからである。かなりコアなファンに多いと思うが、ネット上でこの曲を高く評価している人は決して少なくないようだ。「練習していつかカラオケで歌ってみたい」などと書かれているブログも見た。確かにメロディラインが非常に複雑で憶えにくいし、それ以上に音域の幅が相当広いため生半可な素人が手を出すと大火傷を負う恐れが大きい。プロでもこれを歌いこなせる歌手はそうそういないだろう。その難曲を夏川は完璧な歌唱で聞かせてくれる。だが今は「やっぱり本職の歌い手さんは違いますなあ」などと高みにいるプロ歌手を見上げていたような時代ではない。プロと一般人との技量の差が格段に縮まってしまった「一億総歌手時代」においては、誰もがすぐ憶えられ、カラオケなどで手軽に歌えるような曲でなければヒットは望むべくもない。なので、(もちろん本人にはそんな意図はなくとも)夏川が「聴いて聴いて! 私はこんなに歌が上手いのよ」と自己顕示しているだけにも聞こえてしまうのが私は悲しい。やっぱり実力がどんなにあっても駆け出しの歌手には世に出るための切っ掛けとなるような名曲との出会いが不可欠なのだ。ここで他のシンガーに脱線。
 私が大学に入った頃、世間から圧倒的な支持を集めていたアイドル歌手は松田聖子だった。「アイドルの割に歌は上手い」などと言われていたが私は昔も今も松田の歌唱力を評価していない。あの歌を上手いと思える人の感性が冗談抜きに羨ましい。聴くことのできる音楽の幅が少なくとも今より10倍以上は広がっているはずだから。ここで思い出したが、松田がプラシド・ドミンゴとの共演によるミュージカルのアルバム「ゴヤ・・・歌でつづる生涯」を発表した直後のこと、当時定期購読していたFM雑誌に「これで松田聖子の経歴に傷が付いた」などという投稿が載ったので私は目を丸くした。「ドミンゴの」ではない。私は即座にアホだと思った。草野球の打者がプロの投手と対戦する機会に恵まれたら誰だって名誉に感じるだろう。「経歴に傷」などと口にする資格があるのは言うまでもなくドミンゴおよび彼のファンの側である。「これだからアイドル歌手の歌なんかをありがたがっているような輩は・・・・」などとブツブツ言ったこともよく憶えているが、実際件の男も後に袋叩きに遭っていた。これ以上続けると松田叩きになりかねない(もうなってる?)ので話を戻す。
 歌手としての力量は大したことがないと思っているが、松田の持ち歌の出来映え自体は見事であったことを認めるには吝かでない。ここでja.wikipedia.orgに行ってみた。私がシングルのタイトルを見てメロディを思い出せるのはせいぜい最初の20曲ちょっと(クラシックにハマってからJポップと完全に縁が切れたため)だが、佳曲がズラッと並んでいる。(ただし同級生からの評価が最も高かった「白いパラソル」はさほどとは思っていない。「青い珊瑚礁」も然り。)「マイ・ベスト」を挙げると「瞳はダイアモンド」で、ディアマンテスの同名曲をも凌駕している。また、当初「ガラスの林檎」のB面扱いだった「SWEET MEMORIES」も大変な名曲で、CM採用が切っ掛けとなって人気沸騰したことが記憶に残っている。(余談ながら高田みづえの「子守唄を聞かせて」/「潮騒のメロディー」と同じケース。)それほどまで(A面に収め切れないほど)に潤沢な供給を受けていたのである。それにしても当時わが国で超売れっ子だった作詞者、作曲者、および編曲者が名を連ねたリストを眺めていたら溜息を吐かずにはいられない。これではヒットしない方がウソである。(そういえば当時よく聴いていたFM愛知毎週土曜昼放送の「コーセー化粧品 歌謡ベスト10」における宮川泰の解説も見事だった。)「よく勝つから強い馬を提供される→強い馬に乗るからまた勝つ→(以下繰り返し)」という正のフィードバックをしっかり確立させている武豊と同じである。(今気が付いたが、持ち出すのは山口百恵でもピンク・レディーでも良かった。)夏川があと10年ほど早く生まれていたら、日本歌謡界の地図は大きく塗り替えられていたかもしれない。(←なんちゅう強引な結び。だが話を先に進めるためということで許せ。)
 ようやくにして2枚目のシングル「花になる」に移る。(なお当盤については適宜飛ばす。)前作より格段に親しみやすい。NHKの「みんなの歌」で流れていたらしい。夏川の実力からいえば、ここでブレイクしていても良かった。いい曲だ。だが、だからといって必ずしもヒットするとは限らない。逆に「団子三兄弟」のようなしょーもない曲がバカ売れしたりすることもある。やはり巡り合わせというか運不運というのは人間にはどうしようもないということだろう。
 本ページでも「涙そうそう」について少し触れておく。この曲を聴いた夏川は、作曲者のBEGINに自分にも歌わせてくれるよう頼み込みに行ったらしい。ならば新しい曲を献呈しようという返事だったが、どうしてもこれでなければと懇願したため晴れてカヴァーの運びとなった(以上トーク番組より)。おそらく彼女は何か運命めいたものを本能的に感じ取っていたのだろう。「自分が歌わなくては」という使命感だったかもしれない。ならば、その後の大ヒット&ブレイクは必然といえる。何にしても、私には「涙そうそう」が夏川に歌われるため(だけ)に用意された曲であると思えて仕方がないのである。そして、BEGINや森山良子には悪いが、彼らはバプテスマのヨハネとしての役割を果たしたに過ぎなかったのだとも。
 これだけの超名曲が出てしまうと以降はさすがに分が悪すぎる。9曲目「鳥よ」はドラマ「京都地検の女」のテーマの使われたらしいが、さほどヒットしたという話は聞かない。やはり私に限らず聴き手は「涙そうそう」と同等以上の曲を求めてしまうのである。ラストの「愛よ 愛よ」は「島唄」の作詞作曲者、宮沢和史によるオリジナル曲だから悪かろうはずがない。それでも何か安心感を与えてくれるという以上のものはなかった(HMV通販の宣伝文「大ヒット『涙そうそう』と双璧をなす名曲」は断固却下)。
 少し戻って、11曲目の「童神〜ヤマトグチ〜」について元ディアマンテスの千秋によるカヴァー(コンピ「琉球詩歌」に収録)と比較しておく。夏川版は作詞者の古謝美佐子の三線に弦楽合奏やシンセも加わるというゴージャスな伴奏であるが、やはり標準語の歌詞はイマイチ合ってない感じがする。一方千秋のカヴァーはいきなり本来のサビ「泣くなよーやヘイヨーヘイヨー」から入るという奇策に出ているが、これが見事に功を奏している。また鋭さで上回る彼女の声質の方が華やかな曲想とは相性が上回っていると思う。よって10 ─ 9というジャッジで千秋の判定勝ち。(ただし、松田聖子とは対照的といえるほどの悪循環から抜け出せずにいる彼女はやっぱり気の毒である。)
 ところで、夏川は自分のヒット曲がことごとくカヴァーであることを少し気に懸けていたらしい。それゆえ、オリジナルでも持ち歌を増やすべく宮沢などに曲を委嘱していたのだろうが、それが少なくとも今のところは十分実を結んでいないような気がする。wikipediaの「天性の歌声と実力がありながら、リリース曲の多さの割にそれらが生かされた曲にそれほど恵まれてはいない、という評価も多い」にもついつい肯いてしまう。(まさか執筆者は「てぃだ」のページで引いた「カスタマー」氏だったりして?)これだけの歌手に見合うだけの曲をコンスタントに提供してもらおうとすれば、それこそ専属の作曲家や作詞家を雇うしかないのではないか?(今度は元メカーノのヴォーカル、アナ・トローハのことが頭に浮かんだ。決して鳴かず飛ばずというほどではないものの、カーノ兄弟という絶好の供給源を断たれてからの彼女は、今もあれだけの美声を保っているのに飛ぶ鳥をも落とすほどの勢いだったメカーノ時代の大活躍を思えば見る影もない。「曲が歌手を選ぶ」と何度か述べた私だが、その逆も当然ある。特に歌手が並はずれた実力を備えている場合は。そういえば漫画家の砂川しげひさは自著にてご贔屓の指揮者C・クライバーがリヒテルと録音したドヴォルザークのピアノ協奏曲を槍玉に挙げ、「天才カルロスには天才に相応しい音楽を演奏する義務がある」などと書いていたはずだが、それと一緒である。)というより、私は「別にオリジナル曲にこだわらんでもええんとちゃう?」と言いたい気分だ。彼女はむしろ既存の曲の魅力を引き出すことに長けている。それだけでも十分立派な仕事をしているといえるのではなかろうか。ダイアモンドに見事なカッティングを施してキラキラと輝かせる職人に喩えるならば、原石の採掘は他人に任せておけば良いのだ。全曲が美空ひばりのカヴァーというアルバムを作ったっていいし、由紀さおり&安田祥子姉妹の後継者として童謡の魅力を伝え歩くもよし。そういえば、「ハンカチ王子」が人気の的となった昨年=2006年の夏の甲子園大会では、テーマ曲の「栄冠は君に輝く」を夏川が歌っていた。耳に馴染んだ男声合唱の方が高校野球の汗臭いイメージとピッタリ来るような気もするが、夏川による爽やかさ全開の歌唱が球場に響き渡るのも決して悪くなかった。あれってCD出てないのかな?
 ということで、最後は(最初から?)話があらぬ方向へ進みそうになったため、ここで採点して終わりにする。既に他のアーティストのベストアルバムを何枚か採り上げたが、 それより評価が低くなることは絶対にあり得ない。という理由により90点(Mocedadesの "Serie Platino" と同点)としておく。

追記
 上を脱稿した直後に「夏川りみが4月から休養へ」というニュース(デイリースポーツ 07/01/24)が飛び込んできた。活動休止は本人の強い意向で、その間「楽器や楽曲制作の勉強に取り組む」「海外にも積極的に出向き、さまざまな音楽に触れる」など自身のスキルアップを目指すとのこと。当面3カ月の予定だが、所属事務所から独立してフリーになることもあり復帰は流動的で長期に及ぶ可能性もあるらしい。何にしても研鑽を積むのは大いに結構なことである。(間違っても「減量が目的では?」などと邪推してはいけない。)ただし、「これまでの歌謡曲路線から、よりJ-POPの色を出したものに変えていきたいとして決断」というのが引っかかる。裏目に出なけりゃいいが・・・・(充電および芸風の見直しが必要なのはむしろ彼の方ではなかろうか?)

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