ズービン・メータ

交響曲第0番ニ短調
 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

交響曲第8番ハ短調
 イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団

交響曲第9番ニ短調
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団

 マズア同様に表立って支持を表明している評論家は見当たらない。もしかすると後ろめたさや恥ずかしさを覚えることなしにメータやマズアについて肯定的に語るというのは、何であれ非常に難しいことなのだろうか?(ちなみに、長野のKさんは私が未所有のマズアの5番をお持ちだそうだが、「自慢にならないけど」という但し書きが付いていた。)しかしながら、私にとってはクラシックに開眼した直後から親しんでいた指揮者の1人で、以下のKさんへのメール(98/12/15)でも音楽評論家談義から脱線してメータについて延々と綴っている。ただし、文面からは彼の実力について早々とクエスチョンを付けていたことも同時に読み取れる。

>>  私はこの本を読んだ時、不愉快な評者が小沼純一を含めて2人いると
>> 感じたのですが、もう一人が米田栄だったというわけです。
>>  彼はメータの評論でも、
>> 「(ロマンティシズム+官能性)×難易度=メータ」
>> などと幼稚な描写をしており、大変鬱陶しく感じました。
>
> 米田栄という人のことは全く知りませんのでコメントできませんし、まあ
> 別にどうでもいいです。ところで気になるのがメータ。CDを集めだした頃
> は他メーカーより安いCBS盤が中心でしたが、セル、ワルター、バーンスタ
> イン、そしてマゼールとともに、メータのCDもいくつか買って今でも手元
> に残っています。「ペトルーシュカ」と「ツァラトゥストラ」は非常に素晴
> らしい演奏で、前者についてはそれを上回る演奏を聴いたことがありません。
> (最近はブーレーズの新盤が評価が高いですが、ちょっと眉唾物です。)
> また、後者もFMで聴いたカラヤン盤に匹敵すると思いました。(カラヤン
> には3種類の録音があるようですが、どれかは聞き逃してしまいました。K
> さんは「ツァラトゥストラ」は誰のをお持ちでしょうか?お薦め盤など教え
> て下さい。)「春の祭典」や「英雄の生涯」にはそこまで感動しませんでし
> たが、決して悪くない演奏でした。
>  ところが、メータは80年代後半に入ると常任となったニューヨーク・フィ
> ルとの演奏もイマイチで聴衆からの支持も得られず、音友の人気投票では前
> 回から大きく順位を下げてトップテンから脱落してしまい、「メータの凋
> 落」等と書かれていたことから、指揮者の名前もそれほど良く知らなかった
> 当時の僕は、もう落ち目の指揮者なのかなと思っていました。また、その頃
> 売り出し中のシノーポリがNYPと録音したワーグナー管弦楽曲集の紹介で、
> 誰かが「NYPが本来の実力を発揮したのを何年ぶりかに聴いた」のを読んだ
> ため、余計にその印象が強まった感があります。(もっとも、NYPは常任が
> マズアに代わったからといってメータ時代より際立って良くなったように
> は思えません。やはり過去のオーケストラなのか?)しかしながら、NYP辞
> 任以降に発売された新譜の評価もまずまずですし、VPOのニューイヤー・コ
> ンサートにも度々招かれていることからも、メータは相変わらず高い人気を
> 保っているようです。一方で、彼の昔(主にロスアンゼルス・フィル時代)
> と最近の録音を比べて、「以前ほどの切れ味がなく、だらしない演奏」と批
> 判している人もいます。(鋭さを失ったという点については同感です。この
> あたりは鋭さを保ちながら円熟味を加えてきたマゼールとは好対照です。た
> だし、最近のメータの演奏については「大河のような悠久さ」を感じるとい
> う肯定的な評価もあります。)このように、最近のメータの評価は「着実に
> 巨匠への道を歩んでいる」と「この人はダメになった」というように極端に
> 分かれているように思います。僕自身、どちらが正しいのか判断しかねてい
> る状態です。                     (1998/12/25)
(補足すると「トップテン落ち」は「9位→16位」だったと記憶している。)

 さて、ブルックナー以外のメータのディスクとしては、上記の管弦楽曲集および六大ヴァイオリン協奏曲集に収録のブラームスのみ所有という時代が何年も続いた。(ともに3枚組だが、前者は「遍歴」ぺーじでも触れたように当時としては破格値の定価7500円で、それを私は中古屋にて3割引程度で買った。ただし、旧規格ではやむを得なかったとは言いながらもDISC2が「ツァラトゥストラ」のみ、DISC3が「英雄の生涯」のみであるから、冷静に考えたら決してお買い得とはいえない。また「ペトルーシュカ」とともにDISC1に収録された「春の祭典」は、指揮者自身によると旧録音を上回る自信作ということだが、FM放送で他指揮者の演奏を知った後では凡庸な出来としか思えなくなったし、巷の評価もLAPO盤より圧倒的に低いという気がする。まあ買い換えを検討するほど好きな曲ではないから、そのまま持っているが・・・・)その後「三大テノール世紀の共演」(90年イタリア大会盤および94年米合衆国大会盤の2枚)を買ったけれども、あくまでイベントの伴奏指揮者という位置づけだから、それらを聴いて特に印象が良くなったというようなこともない。よって今に至るまで指揮者の評価は定まっていない。ここからブルックナーを聴くことになった経緯に話を移す。
 某巨大掲示板の「クラ板」にはいつも複数の宇野功芳関係のスレッドが立てられているが、どれも「ネタスレ」で例外なく面白い。ある日以下のような書き込み(直後に「笑わせていただいたといえよう」というレス付き)を見て思わず吹き出してしまった。(余談だが、極めつけの爆笑ものというべき彼のファンサイトがある。クラシック関係であそこまで笑いを極めたパロディサイトは他にないのでは? ついでながら、そのサイト名にも使われている宇野の愛称「珍ポーコー」は、「トリビアの泉」によるとベトナム語で「鳩」を意味するという話だ。もし彼の国に出張する機会があったら公園で連呼することにしよう。)

 氏に絶対服従を誓う「信者」らが、“来るべき日”に向けて
 日夜、メータのブルックナーの苦行に励む。

その元ネタとなったのは、宇野の数多い名言(迷言?)の中でも特に有名なものの1つ「メータのブルックナーなど聴きに行く方がわるい」である。来日公演を聴いて失望したという音楽雑誌の読者に向けた実に暖かい励ましのお言葉であるが、とにかく「聴く方が悪い」とまで言われたブルックナーなら聴かない手はない。こんなこと書く奴も書く奴だが、それを読んでそそられる私も私である。物好きを通り越して完全にゲテモノ好きの境地に足を踏み入れてしまっている。マーラーに弟子入りを志願したワルターの心境もこのようなものだったに違いない。(←これ前にどっかで使ったかな?)とはいえ、生協や通販から正価で買うのはさすがに躊躇われた(憚られた?)ため激安品を狙っていた。そして首尾よく9番VPO盤をネットオークション経由で入手したが、(それに懲りたという訳でもないのに)他曲も聴いてみたいという気には全くならなかった。ところが、2003年の欧州出張時に(時差ボケで判断力が鈍っていたということもないのに)アムステルダム市内のCDショップで8番イスラエル・フィル盤を購入してしまった。さらに昨年(2005年)、HMV通販による豪DECCAのeloquenceシリーズ特価セール時に4番ロス・フィル盤を注文したが、長いこと待たされた挙げ句に結局入荷しなかった。(別にホッとしたということはなかった。)

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