交響曲第9番ニ短調
ズービン・メータ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
65/05/03〜07
DECCA 466 506-2

 目次ページで紹介した宇野功芳の名文句は「クラシックの名曲・名盤」(講談社現代新書)のブル9の項に登場する。以下、その出だしから少し転載する。

  ある音楽雑誌の読者のページで、「メータに失望」という記事を読んだ。
 メータがイスラエル・フィルとともに来日し、ブルックナーを指揮する、
 というの聴きに出かけたが、いかにも表面的で皮相な演奏であり、がっか
 りした、というのだ。
  僕にいわせれば、たった一言で終わりである。「メータのブルックナー
 など聴きに行く方がわるい。」知らなかった、とは言ってほしくない。
 ブルックナーを愛する者は、そのくらいは知らなくてはだめだ。

これが読者に与えたインパクトは相当なものだったようで、某掲示板では「○○する方がわるい」という言い回しを(時にその前後の文とセットにして)宇野スレは言うに及ばず至る所で目にすることができる。ただし、この本が書かれたのは89年のことであり、メータ&イスラエル・フィルによるブルックナーのディスク(8&0番)はまだ発売されていない。ということで、宇野があそこまで悪し様に書いたのは当盤の存在が背後にあったからだと考えられる。ヤフオクにて500円で出品されていたが、彼の酷評に尻込みしたのか誰も入札しなかったため、既に述べたように好奇心を抱いていた私は無競争で落札することができた。届いてみれば三つ折りの変則型ケースで解説書なし。"La Collection Classique" とあり、どうやらDECCAフランスの廉価盤シリーズらしい。(その少し後、たしかUSA製の輸入盤が出品されたけれども、300円というお値打ち価格にもかかわらず買い手が現れず何度か流れてしまった。いつしか姿を消したから、あるいは誰かが落札したのかもしれないが、それにしても恐るべきは宇野の影響力である。)
 聴いてみたら、シューリヒト&VPO盤と同じく第1楽章では所々でテンポをいじるという、要は全く私の好みではない演奏であった。コーダの「ダダーン」も聞こえない。80年代録音のバーンスタイン盤やジュリーニ盤はちゃんと鳴っているから、どうやら指揮者がアホなのではなく、この時代にオーケストラが使っていた楽譜がダメらしい。(他に終楽章2分08秒からのハ長調爆発で主旋律の「ドーレファファ」がホルンの陰に隠れてしまっているのも気に入らないが、これは既に述べたようにDECCA変則全集に共通する傾向だから演奏者を非難しても仕方がない。ついでながら、この楽章の弦の音色がバーンスタインと組んだ時のイスラエル・フィルのような怨念を感じさせるのは面白い。)とはいえ、シューリヒトほど無茶な加速はやっていないし、両端楽章もあんなにアンバランスでないので、私の印象としては当盤の方がはるかに上(マシ)である。録音も加味した総合評価では当盤の方が圧倒的に上である。「シューリヒトとは、へたなメータという意味だ」などと顰蹙を買いそうなことすら言ってみたくなった。リズムが甘いため(クライバーのベト7やブラ4を彷彿させるほど)前のめりと聞こえた箇所がいくつかあったが、スケルツォではウィンナワルツのような優雅さが感じられた。どうやら甘さは欠点ばかりでなく美点にもなっているようである。
 他に当盤で注目したい点が2つある。1つは当盤が指揮者29歳の録音であるということ。若くしてブルックナーを録音した指揮者としては他にハイティンクやウェルザー=メストを思い出したけれども、20代というのは知らない。(さらに調べてみたらバレンボイム33歳、ラトルは41歳だった。)この年齢を考えると健闘していると十分にいえる。某掲示板のブル9スレでも「制御が甘すぎ」という否定的見解だけでなく、「若さゆえの気概のようなものを感じますが、新しい発見があったりして新鮮な箇所もあります」というコメントが出されていた。ただし、当盤からほとんど四半世紀を経て録音された8番が全く無様な出来だったから、ブルックナー演奏に関する限り、この指揮者は全く成長しなかったどころか逆に退歩したと言われても仕方なかろう。(その酷さはバレンボイムなど到底及ぶところではない。)もう1つは終楽章ラストの弦がトレモロでなく、金子建志や浅岡弘和が言及していたバーンスタインの旧盤同様きちっと32分音符で弾いている点。録音は当盤の方が4年ばかり先だが、さてさて。
 さらに私も今回の試聴で新たに発見したことがある。仰天の区切り方だ。iTuneで再生しようとしてディスクを入れたところ、ディスプレイにはそれぞれ26:02、6:40、4:04、27:11という4つのトラックが表示されたため、ビックリしてケース裏を見たらそうなっていた。要は第2楽章をトリオ終了前後で細分化しているのだが、なんでこんなことをしたのか全く意味不明である。新鮮ではあったけれどもそれだけだ。

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