交響曲第8番ハ短調
ズービン・メータ指揮イスラエル・フィルハーモニー管弦楽団
89/02
SONY Classical SB2K87743

 2003年3月の欧州出張(ドイツおよびスイスを視察)の帰国前日に私はオランダに一泊した。午後2時過ぎに国際空港のあるスキポール市のホテルにチェックインしたが、完全にフリーだったのでゴッホ美術館を訪問しようと首都アムステルダムに足を伸ばした。ところが天性の方向音痴が災いして結局中に入れなかったことは既にヨッフムの4番ACO盤ページに書いた通りである。どうしても観たいとは思っていなかったため、さほど落胆しなかったが・・・・やはり繰り返すが、その晩はコンセルトヘボウでもオケのコンサートは開催されていなかったので潔く戻ることに決めて駅へと歩を進めた。(いつもの南半球出張ならば生鮮食料品市場や屋台街をブラブラうろついて雰囲気を楽しむところだが、こざっぱりした都会ではどうしようもない。)途中にCDショップがあったので中に入ってみた。もちろん、お目当てはクラシック売り場である。もしかしたら日本では入手困難な稀少盤でも見つからないかと期待していたが甘かった。(その数年前のUSA出張でも同様で、アナハイムのショッピングモール数ヶ所を回ったけれども、クラシックはNAXOSとかRED LINEシリーズのような廉価盤しか置いていなかったので唖然とした。)思っていた以上に広いフロアをしばらく探し回った後、テーブルの上に置かれた段ボールがふと目に留まった。中を覗くと「7.5ユーロ均一、2点だと12ユーロ」という意味のシールが貼ってある。「こりゃお買い得だぞ」と内心手を叩きつつ物色を始めた。2枚組も混じっていたが、やはり1点としてカウントされるらしい。となれば候補はそれに絞られる。そして最終的に選んだのがセルの3番ページで触れたトスカニーニのゴッタ煮(モツ40、「未完成」、ブラ1など)、および当ブル8&0番の2枚組である。(まだまだ捜索を続けたかったが惜しくもタイムアップ。もう閉店時間だという店員に促されたため未練を残しつつレジに持っていった。19時に閉めちゃうんですね。ビーチャムのディーリアスとか、指揮者は忘れたけどウォルトンの交響曲集など買っとくんだったな。)ここまで叩き売りされる品ゆえ、どうせ大したことない演奏だろうと思っていたが、果たして帰国後に再生してみたら予想をはるかに下回る内容だった。
 鈴木淳史の「クラシック名盤ほめ殺し」でも採り上げられている。そのブル8の項は「ブルックナーの交響曲をいかに下品に演奏できるか」という対決であるが、「死臭がテーマ」として究極派の悪魔が持ち出したのが当盤である。そのココロは「主旋律を重視し、歌謡曲風のアレンジを加えてみた」演奏のため「ブルックナーに大切な対位法的な表現が完全に死んでいる」ということらしい。それを聴いた天使は「うーん、くやしいが、すごすぎる」と完全に戦意を喪失し、悪魔は「ブルックナーの本質を殺してしまっている、大いに下品な演奏なのです」として勝利を宣言する。ちなみに、ここでは「ブルックナーに大切な対位法的な表現」と「ブルックナーの本質」とが同格で用いられているため、少なくとも著者がどういう意味で「本質」という単語を使ったのかは理解できる。宇野功芳も見習って欲しい。ついでながら、シベ2の項ではリベンジに燃える天使に「前回はメータなんていう汚い手を用意されましたから」と語らせている。そうなるとタイガー・ジェット・シン(同郷人)のサーベル攻撃に匹敵する反則技ということになるのだろうか?
 さて、改めて聴いてみると鈴木の評にあった「主旋律重視」「歌謡曲風アレンジ」が嫌というほど実感できる。ベターっとした音色や締まりのないリズム、そしてユルユルのアンサンブルが(もちろん悪い意味で)たまらない。これではとても鈴木を非難できたものではないが、「全てが間違ってるぅ」とも叫びたくなる。とにかく曲全体を支配するフニャフニャ感が何ともいえず気持ち悪い。エントロピーの増大によって熱的死を迎えつつある宇宙の様を音にしたらこんな感じになるだろう。だから9番なら案外名演になっていた可能性もある。(VPOとの旧盤ではイケイケの極致のような熱演を繰り広げていたメータが一転して当盤のようなのっぺりスタイルで再録すれば、あるいは一部の評論家からは「円熟味が感じられる」などと褒めてもらえるかもしれない。)けれどもラス前の8番だけに、いくら何でもこれは拙すぎる。もしかすると指揮者は巨匠風の堂々とした演奏を成し遂げてみせるという意欲に燃えてレコーディングに臨んだのかもしれないが、「ワーグナーに心酔していたブルックナーなんか真面目にやっとれるかい」などと冷め切っていたオケと中和してしまったのかもしれない。ならば生温い演奏になって当然だ。(関係ない話だが、私は「ぬる燗」というやつが苦手である。普段は冷酒しか飲まないが、どうせ燗にするなら徳利を持った途端に「アチチ」となるほどに加熱してもらいたい。要は中途半端な温度が嫌いな訳で、特に人肌ぐらいの日本酒は生理的に受け付けられない。さらに脱線だが、「アチチ」の直後に手を耳たぶに持って行くというシーンをテレビドラマやアニメ「サザエさん」などで時折目にするが、実際にそのような反射運動を起こす人など見たことがない。)つまり両者が最初から噛み合っていなかったことが不幸な結果をもたらした最大の原因という気がしてならない。いや、それが全てだったのだ。と、そんなことすら考えてしまうほどに聴後の印象はサッパリだったのである。(実は当方も端からまともに批評する気がなかったりする。)
 生殺しも何なので最後にトドメを刺しておく。今回初めてiTuneで試聴しようとしてDISC1を入れたが、CCCDでもないのに何度やっても吐き出してしまう。(DISC2は問題なしだった。)全くどこまで行ってもダメな製品というのは存在するのである。

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