交響曲第5番変ロ長調
ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮BBC交響楽団
71/09/15
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 ブルックナーCDの蒐集を始めた当初、私はこの指揮者の名前すら知らなかった。(今も似たり寄ったりで、ユダヤ系ゆえマーラーも得意にしていたという程度の知識しか持っていない。よって単独の目次ページは起こさなかった。)が、HMV通販の「ホーレンシュタインのCDの中でも最高峰の名演と言え、充実の1枚と申せましょう」という宣伝文を読んで当盤に興味を持ったため、あまり安くはなかったけれども注文したはずである。入荷を待っている間に出張した名古屋の中古屋で見つけて臍を噛んだが仕方がない。とはいえ、当盤と並んで評判が高く、ほぼ同時期に入手したクレンペラーのVPOライヴよりも録音が上回ることもあって満足度は大きかった。(しかも、そちらは不覚にもダブり買いしてしまった。)大熱演で元は取れたからまあ良しとするか、と納得したように記憶している。
 宮岡博英が「クラシックB級グルメ読本」の「巨匠と名匠」という項にて、BBC響のことを「非常にヘタ」と書いている。(ちなみに宮岡はヴァントがプロムスに客演してブル6を振るというので英国に飛んだそうだが、あいにくお目当ての指揮者はキャンセルでスクロヴァの代演を聴いたそうである。彼はヴァントのキャンセルの理由までも下手なオケのせいにしようとしていた。)確かに当盤でも荒っぽいブラスの出す音の汚さが気になる。ここで再度「犬」サイトより。「炸裂するティンパニーの音魂を見事にキャッチ」は事実だが、「えらい迫力とパワーにあふれた演奏」というより単に力まかせのように聞こえてしまう。とはいえ、おそらく一発録りの演奏だろうからそこら中に散らばっている細かな傷をいちいち論っても始まらない。某掲示板にて「ちょっと硬いが肉汁の滴るステーキと食べやすいけれどもパサパサで旨味の抜けたハンバーグのどちらを選ぶ?」という喩えを目にしたことがある。「ええとこどり」がベストなのはもちろんだが、そういう演奏にはそうそうお耳にかかれるものではない。と考えたら、少なくとも当盤の鮮度は抜群であるから、それを味わうのが通というものであろう。(満場の聴衆はその点については当然ながら百も承知だから終演後に拍手喝采を浴びせるのである。)もっとも、テンポ設定は極めて真っ当だし演奏水準もメチャクチャ低いということはないから、食中毒にならないのはもちろん、消化不良で苦しんだりすることもない。当日の聴衆の1人になった気分で終楽章コーダの音の洪水を楽しむことができる。それにしてもティンパニデカすぎ。

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交響曲第8番ハ短調
ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮ロンドン交響楽団
70/09/10
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 5番評では手抜きをしてしまったが、豪快な演奏はマタチッチとキャラが被っているように感じたため、どうにも書きにくかったというのが本音である。また、プロムス聴衆の熱気についても既にジュリーニの7番ページに書いてしまっているので、使い回しは避けたいところだ。(グッドールはもっと困るだろうと予想される。)何にせよ、ジックリ耳を傾けて聴き、ホーレンシュタインの特徴を探ってみることにした。
 しかし、第1楽章でいきなり荒々しさだけでなく粗っぽさも感じてしまった。特にブラスは最初の炸裂からして既に危なっかしいし、音色が汚い。木管やホルンのソロは生々しく美しいのであるが。5番評に「BBC響はヘタ」というコメントを載せたが、このロンドン響にしたって決して上手いとはいえない。出だしの数分を聴いたら15分かかるようにはとても思えないが遅い部分はノロノロになる。テンポいじりは予想した通りのマタチッチばりで、それどころか中間部(8分台)の加減速はフルヴェン級である。ある意味非常にスリリングな演奏といえるが、こういうのはその場にいなかったらどうしようもない(感動できない)と少々興醒めしつつ聴いていた。ところが終盤のカタストロフ(13分24秒〜)の不気味な響きにギョッとした。戻って聴き直すと最初のティンパニを控え目にしていると判った。その後も暗い打撃を続けている。そして14分10秒で突如全開。これには参った。そういえば7分58秒から盛り上げるところもトランペットが全然鳴っていなかったので妙に思っていたが、これは「変態と紙一重」と言いたくなるような演奏である。
 第2楽章でも暴れるのではないかという予想は外れ、スケルツォ主部はアッサリ気味である。トリオも軽快に流す。指揮者はこの楽章を「間奏曲」とでも位置づけていたのだろうか? そうだとすれば次のアダージョは濃厚な表現によって溜め込んだエネルギーを発散させるはずと私は読むのであるが・・・・
 冒頭からしばらくは淡々と進むけれどもやはり来た。6分50秒過ぎでテンポを落とし輝かしいピークを作る。「こんなとこで盛り上がってたらあかんやろ」と言いたい気分であるが。一方、その1分後にはチェロが痛切な嘆きを聴かせるがテンポは速い。10分台の盛り上がり方も入念、そして直後はスタスタで収束してしまう。以下もこの繰り返し。このように基本テンポという考え方のまるでない、まるで交響詩のような演奏である。2度のシンバル炸裂はまさに壮絶で、音が割れ気味であるが、リミッターで絞っていないのはありがたい。なお、生の一発録りだけに臨場感タップリで、吹き損じも会場ノイズもそのままになっている。第3楽章0分40秒頃にテープ劣化と思われる音の歪みが発生したが捜せば他にあるかもしれない。ただしヘッドフォンで聴かなければ大丈夫で、まずまず優秀な録音といえる。それにしても、当盤に限らず最後のクライマックスの少し手前から加速して一気に「ジャーン」になだれ込むという演奏は少なくないが、ここまで基本テンポを無視した強行突入には疑問を感じずにはいられない。
 終楽章のスタートダッシュもティンパニ炸裂も想定内。ここで気が付いたがロール打ちになるとティンパニ音が混濁して繋がってしまっている。また、ジュリーニ盤でも感じたことであるが、会場がやはり大きすぎるためか響きが散漫になってしまう。これは8番では痛い。イケイケは最初だけで、以後は第1楽章とは打って変わって正攻法の演奏である。再現部(14分49秒〜)は出だしから風格十分で、何があったのかは知らないが「変態」が更正して「巨匠」になったかのようだ。ここの巨大な表現はクナやコンヴィチュニーにも負けていない。そして、幸いなことに最後まで逆戻りすることなくコーダを迎える。最後は少々やりすぎの感もあるが、当盤でも聴衆の大拍手&ブラヴォーには十分納得がいく。ただし、冒頭で述べたホーレンシュタインの特徴をつかまえるという目的は果たせず、謎はそのまま残るという結果になった。

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交響曲第9番ニ短調
ヤッシャ・ホーレンシュタイン指揮BBC交響楽団
70/12/02
IMG Artists BBCL 4017-2

 ブルックナーの英語版ディスコグラフィサイトに最近 "The Den of Discographic Horrors" というページが設けられた。辞書で "Den" を引いたら「(野獣のすむ)穴」と出ていたので、「ガセビアの沼」のオープニングを思い浮かべてしまった。要は「トンデモ盤紹介」あるいは「買ってはいけない」コーナーである。そこでは「ANFソフト」によるカラヤンのライヴを騙った2枚組(4&9番)も採り上げられており、「カラヤンのファンは失望するだろう」などと書かれている。実はそれを運悪くブックオフで見つけた私は偽物と知らぬまま買ってしまったのだが、DISC1の4番はカラヤンでもBPOでもないことはすぐ解った(ザンデルリンク96年盤ページ参照)。ところが、「78年ムジークフェラインでのライヴ」とあったモノラルの9番の方は、既にあちらのページに記したように、デッド気味の録音と結構激しい演奏がカラヤン76年盤(VPO150周年記念のDG盤)とどことなく似ているように感じられたため、情けないことに真正演奏と信じ込んでしまった。ところが、ある日カラヤンのブルックナー演奏記録を載せているサイトに偶然入り、当盤に収録されているホーレンシュタイン&BBC響による演奏の劣化コピーあるいは別音源と判明したという次第である。もちろんインチキ盤は「二つ折りの刑」(←足で踏むと実際にはもっとバラバラになるが)に処せられた。
 さて、改めてステレオ録音の当盤を聴くとカラヤンとは全然違うことがハッキリ判る。既に76年&78年盤より彼の本当のライブの姿を知っているのが大きいが、彼なら絶対に2分10秒の「インフレーション」から当盤のようなあざとい加速はしない。5分10秒過ぎも同様。いくらライヴのカラヤンがスタジオ録音とは別人のように激しく、即興性に富んだ演奏を繰り広げるのは事実だとしても、構造を壊すような無茶な真似はしないのである。(ただし、「ビッグバン」を聴き比べれば判るように、最強打されるティンパニと切り裂くような金管が主体の乾いた響きはやはり似ていると思う。これならアホなブルヲタ共を騙せるはずとANF幹部が踏んだのも無理はないかもしれない。)そろそろカラヤンからは離れよう。
 既に5番や8番(終楽章除く)でもイケイケ演奏を聞かせてくれたホーレンシュタインだけに、当盤第1楽章が基本テンポ無視になっていても何の不思議もない。既に挙げた以外にも再現部に入る前から(13分30秒〜)猛烈に加速する。8番終楽章ではこんな下品な真似はしなかったのに。19分33秒からコーダ直前まで(約3分間)の遅いテンポによる切々とした歌わせ方、そして以後のインテンポによる堂々としたコーダ。(ついでながら「ダダーン」もちゃんと聞こえる。)部分的には立派な演奏なのであるが、繋ぎ方や前後関係の把握が甘いために通しで聴くと不満だけが残る結果となってしまうのである。惜しい。
 第2楽章のテンポ設定は(主部もトリオも両者の関係も全て)妥当だし、激しくなっても乱れない。全く申し分ない。8番評でも触れたが、当盤からもBBC響の演奏レベルがLSOよりも特に劣るようには感じなかった。終楽章も冒頭の爆発が力強いだけでなく、パートバランスが整えられていることによる美しい響きに感心した。よく聴くと弱音部分でテンポが若干上がっているようであるが、基本的にインテンポを崩さないのはありがたい。と思っていたら10分42秒からテンポが逸脱し、加速しながら最後(3度目)の爆発を迎える。つまり8番アダージョと同じである。結局は何も変わっていなかったということである。(3ヶ月も経っていないのだから当たり前か。)トラックタイムだけ見ると両端楽章のバランスは文句なしと思われるが、偶然の一致に過ぎないようである。無常観を表そうとしたのか最後の最後でテンポを落とすが、それも6千人の聴衆のウケを狙っただけではないかと白々しく感じてしまう。終曲後に私自身が虚しくなった。それにしても、この曲でのフライング・ブラヴォーはいただけないぞ!

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