メルセデス・ソーサ(Mercedes Sosa)
 パラグアイのチャコ地方(西部地域)に引きこもっていた頃、日本の音楽を耳にする機会は全くといっていいほどなかった。そういえば紅白歌合戦の生放送を31日の午前から聴き始めたこともあったが途中で飽きてしまった。(ラジオ・ジャパンの日本語放送は専ら最新ニュースを得るために利用していた。音楽番組もあったはずだが聴く気がしなかった。というより暇があったらクラシックの番組を捜していたし、2年目からはローカル中波曲で地元の音楽を聴くことが多くなった。)坂本九の"Sukiyaki"(上を向いて歩こう)は海外でも知られているという話だったが、耳にしたことは一度もなかった。数少ない例外的な出来事をこれから紹介する。
 ある夏の日の午後だったと記憶しているが、ラジオから流れてきたメロディに「あれ?」と思った。(当時あの時間帯にチューニングしていたのは短波放送で、そうなるとボリビアのRadio Santa Cruzということになるが、あるいはチリの局だったかもしれん。)男性歌手が寂しそうに歌っているメロディに聞き覚えがあったからである。しばし考えて中島みゆきの「わかれうた」だと思い当たった。私が中学時代に中島の持ち歌として最初に認識した曲だった。原作者の許可を得ていたのかは定かでないが西語によるカヴァーで、なかなかに良いと思ったから入手できればそうしたいと考えたのだが、歌手名も西語題も不明だから捜しようがない。ここで話を少し飛ばす。
 現地時間の朝6時(夏時間採用時は7時)に聴いていたのはRAE(Radiodifusión Argentina al Exterior、アルゼンチン海外向け放送局)だった。この放送局の思い出については既にクラシック音楽関係のページ(ブルックナーの交響曲第5番クナッパーツブッシュ&ミュンヘン・フィル59年盤)に記しているが、毎日(ただし月〜金曜日)60分の放送時間内に繋ぎとしてタンゴやフォルクローレが何曲も流れた。うち後者に気になる歌手がいた。声や淡々とした歌い方が中島とソックリだと聞こえたからである。それで私はいつしか「アルゼンチンの中島みゆき」という異名を勝手に付けてしまった。ところで、この局はお決まりの受信報告書(註)の募集に加えて放送を録音したカセットテープも送って欲しいとの要望を出していた。(註:聴取した日時や周波数、番組内容といった情報とともに受信状態をレポートにまとめたもので、お礼としてもらえる受信確認証 (ベリカード=Verification Card) を集めるのが一時期日本でもちょっとしたブームになった。)そのテープにアルゼンチンの音楽をコピーして送り返してくれるという。とにかく音楽には飢えていた私ゆえ「そいつはありがたい」と思った。そうして入手したテープをラジカセで聴いていたのだが、その中にも「アルゼンチンの中島みゆき」の歌(後述する2曲)が収められていたのである。(この60分テープは今も取ってあるが、損傷が進んでしまったので滅多に聴かない。元からヨレヨレだったが。)
 その名前が判明したのは帰国後しばらくしてからのことである。NHK-FMの夜の番組(日曜21時からの「ワールドミュージックタイム」だったかな?)でアルゼンチン音楽特集が放送されると知った私は心躍りつつ聴いていたのだが、いきなり例の歌声が流れてきた。それが "Luna Tucumana"(トゥクマンの月)である。数曲措いてもう1曲。"Alfonsina y el mar"(アルフォンシーナと海)だった。それら2曲はRAEからの贈り物にも入っていたから、どうやら歌手の代表作らしいと思うに至った。同時に "Mercedes Sosa" という歌手名も知った。(ところで、私が後に入手したソーサのディスクを学生達に聴かせて「中島みゆきに似てないか?」と尋ねたけれども同意は得られなかった。それは無理もないと思う。今の若者は「プロジェクトX」のテーマとして大ヒットした「地上の星」のような中島の激しい歌唱しか知らないはずだから。一方、ソーサにしても70年代の透明感を備えた声から次第に野太い声へと変貌し、80年代以降は力強さを打ち出すようになったから、両歌手が似ていたというのも所詮は短期間に過ぎないとはいえるだろう。しかしながら、気負いの全くない歌い方を特徴としていた時代に限れば両者の芸風が非常に近かったという私の印象に全く変化はない。)
 その後何年か(おそらく8年間)はこの時に録音したテープで満足していた。そんなに強烈な印象を受けた訳でもなかったから。2000年3月にパラグアイを再訪することがなかったら、おそらくそのままの状態が続いていたに違いない。既に同国音楽のページで触れたが、アスンシオンのCD屋でディスクを物色中にソーサの "La Negra" が目に入ったのでついでに買った。が、その印象は「まあまあ」のレベルに留まったため、他盤にも手を出そうという気にもならなかった。2枚目が加わったのはそれから6年後(昨年)である。その間に "Gracias a la vida"(Violeta Parra)もソーサの最重要曲と認識していたため、先の2曲も含めて一網打尽の入手を試みた。うまい具合に米アマゾンから "30 Años" の格安中古を入手(送料および手数料込み約11USドル)。さらに翌年(つまり今年)には竹村淳の「ラテン音楽パラダイス」で紹介されていたAriel Ramirez作曲の連作歌曲集(先の "Alfonsina y el mar" を含む全8曲) "Mujeres Argentinas" も欲しくなり、今度は日尼から同じくお手頃価格(トータル1184円)でゲットした。こんなに安くていいんだろうか?

追記
 ビオレータ・パラのページでも触れた "Homenaje a Violeta Parra" を2008年1月に購入。アマゾン・マーケットプレイスに660円(送込1000円ポッキリ)という少々強引な注文を入れていたのだが、すっかり忘れた頃に売り手(米国の中古屋)が現れた。これで買えたのは(イルカの「ベスト」に続き)ようやくにして2点目となる。

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