30 años
1993
PolyGram (PHILIPS) 518-789-2

 "La Negra" 同様、当盤も30年という長きにわたってリリースされた作品から計20トラックをピックアップしている。ただし、ディスクの発売年が93年だから、より古い音源を収めていると思われる。(ただし困ったことに発表年の記載は全くない。)
 中身以前に注目すべきはジャケットである。Photoshopのフィルタ機能で水彩画っぽくしたような歌手の姿(太鼓を持っている)が描かれているが、それがあたかも上下方向に圧縮したかのごとく「横長」なのである。(縦横比3:4の通常テレビ画面をハイビジョンで採用されている9:16に変換した場合を思い浮かべて欲しい。)4つに折りたたまれた紙を開いて驚きは倍増。迂闊にも "La Negra" で使われていた写真(やはり太鼓を叩いている)では気が付かなかったが、歌手の太り方は尋常ではない!(これに太刀打ちできる人間は世界有数の肥満大国パラグアイにもそう多くはいないだろう。)この点についてはja.wikipedia.orgでも「もともとどっしりした体格であるが、近年は見るからに体重の増加が著しく、そのことに起因して健康状態はあまり良くないと伝えられる(そのため来日公演は直前に中止され今後の実現も極めて困難)」などと言及されている。それゆえ「フォルクローレ界のパヴァロッティ」という異名を奉りたくもなってくる。(蛇足ながら、彼も太りすぎて歩行が困難となり歌手生命を危ぶまれたことがあった。)しょーもない枕はここで放り投げて本題のディスク評に入るとする。
 1曲目の "La maza" は(前にラジオで聴いた可能性はあるものの憶えていないから実質的に)初めて耳にした曲だが、いきなり強烈なダメージを食らってしまった。"Si no creyera en la locura" に始まり、以下も "Si no creyera 〜" (私がもし〜を信じていなければ)というフレーズが執拗に繰り返される。(この言い回しは1番で9回、2番で11回、計20回も登場する。)それも淡々とした出だしから少しずつ情感を加えてくるため、いつしか聴き手は凄味を感じるようになる。その途端に快速テンポに曲調が変わる。この急展開にはやられた。頭部への集中打撃によって防御の意識を上に向けておき、いきなりボディーブローをかましてくるような感じだろうか。思わず膝をつく。そして解決音なしのまま曲を閉じるという奇襲でとうとう耐え切れずダウン。もはや起きあがることはできない。
 ・・・・で評を終えることはもちろんできないから続ける。次の "María, María" は一転してハ長調の明るい曲。イントロから活躍する合唱も盛り上げに一役買っている。打楽器もドラムスや小太鼓など色とりどりなので楽しい。続く "Gracias a la vida" は大名唱だから何も言うことはない。というより、この超名曲については作詞作曲者ビオレータ・パラのページでしつこいほど述べることになるだろう。4曲目 "Todo cambia" ではケーナ、チャランゴ、サンポーニャといったアンデス地方のフォルクローレに特有の楽器まで使われているし、サビではコーラスや手拍子も参加して感動を深めてくれる。何かのコンサートを収録したと思しきトラック5 "Solo le pido a Dios" では、聴衆がその役割を見事に果たしている。(当盤で5曲採用されたライヴ音源からは何れも大変な熱狂ぶりが伝わってくる。)その次に置かれた "Canción con todos" は、シンミリした出だしから一転して調とテンポを変えて畳み掛ける。
 こんな風に1曲ずつコメントするのが面倒になったので端折る。またトラック8 "Alfonsina y el mar" は既に他の歌手のディスク評でも出てきたから書くことがない。12曲目 "Luna Tucumana" は熱唱だが、最後の "cantaré, cantaré" を中島みゆき風にサラッと流して締め括っているのが良い。(ところが他の多くの歌手は最後まで力を抜くことなく、しかも3度も繰り返しているが、それだとクドくなってしまうから私は気に入らない。)
 とにかく当盤は個々の曲の作りもさることながら配置も考え抜かれていると思う。単調そのものだった "La negra" をモノクロ写真に喩えるなら、当盤は紛れもなくフルカラー。そう言いたくなるほどに当盤の印象は鮮烈だ。ただしトラック10 "Unicornio" および同16 "Inconciente Colectivo"(間奏でソーサの "Obrigado" という台詞が聞こえるからおそらくブラジル人との共演ライヴ)には問題がある。ともに電気楽器を使用したトラックであるが、前者は途中で抱いた「キーボードが音割れするのではないか」という嫌な予感が的中してしまったし、リズムボックスまでが加わった後者はあまりの喧しさに閉口させられた。これらを減点対象(2点ずつ)として96点。

緊急追記
 まさか本ページの公開直前に上で持ち出したオペラ歌手の訃報が入るとは! とりあえず「人知れぬ涙」の超名唱を聴きながら故人を偲ぶことにしよう。(彼の十八番だった「誰も寝てはならぬ」を今聴く気には到底なれん。)

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