交響曲第7番ホ長調
朝比奈隆指揮大阪フィルハーモニー交響楽団
75/10/12
Victor VDC-1214

 あるディスク評サイトには「1987年にリリースされたCDが、いまだに再プレスされて販売されていること自体が奇跡」とある。確かにビクター音楽産業のディスクは、「VICC」の品ですら入手困難となったものが多いのに、それ以前の「VDC」シリーズが発売後十数年間もそのままの番号で現役盤だったというのは驚きである。(ちなみに、初発はVDC-511だったらしいが、さすがにそれはネットオークションでも見たことがない。)長きにわたってコンスタントに売れ続けたからこそ、廉価再発盤を出す必要がなかったということだ。業者はセコいといえばセコいが、これは十分称賛に値すると思う。余談だが、ヴァントのブルックナーでは88年録音の6番NDR旧盤(R32C-1183)が初発以来一度も再発されていないが、こちらはとっくに生産中止(選集でのみ入手可能)となっており、その次に古いのは92年録音の3番NDR盤(BVCC-605)のようである。まだ現役を続行しているのだろうか?
 さて、目次ページに書いたように、当盤は朝比奈のブルックナーとして私が最初に買ったディスクである。hmv.co.jpで15%引きだった。(大学生協に注文しても同じ値段で買えたが、通販サイトのポイント、クレジットカードのポイント、そしてGポイントが加算されるので、そうした方がかなり得だったのだ。2500円以上ということで送料も無料だったし。)よくは知らないが、再販制度による2年間の価格維持期限がとっくに切れていたので、値引きして売っていたのであろう。私が買ってから少なくともしばらくの間は現役だったはずだが、今はどうか知らない。そういえば、先日ヤフオクで「3500円即決」として出品されていたから、あるいは入手困難となりつつあるのかもしれない。当盤の購入を検討されているなら、すぐにでも確保されるべきであろう。(ちなみに、キャニオンの廉価盤も通販サイトから次々と姿を消しているようである。)
 まず録音は非常に優秀である。教会録音のため残響はやや多目であるが、ライヴの雰囲気はタップリで満足できる。演奏も第1楽章途中までは良い。多少の傷はあっても、粗探しをしない限り気にならないレベルである。無茶なテンポ揺さぶりもやらない。ブルックナーでは、特にこの7番では重要なことである。と思っていたら、終盤に入った18分20秒過ぎに事件は起こった。突如脱力したかのような減速。そしてコーダはさらに遅くなる。鈴木淳史が「朝比奈とは、へたなブルックナーという意味だ」に「テンポをとんでもない遅さに設定する」と述べていたが、この頃からそれをやっていたとは! アンサンブルがユルユルで聴くに堪えないが、それ以前の問題である。(ちなみに鈴木は「遅いだけでなんの音楽的広がりも感じさせることはない」とも書いているが、合奏さえちゃんとしていれば私は「広がり」を感じることもできる。ただし、ここでは不快感が全てを支配しているため、どうあがいてもダメである。)コーダは番外編に相当するため別テンポでも許されるとはいいながらも、主部の基本テンポからあまりに逸脱しすぎではないか?(「構造主義者」ヴァントなら、「楽章の統一感を維持するため、コーダのテンポは主部のプラスマイナス○%以内とする」のような厳格な規準を持っていたかもしれない。)このテンポでコーダを振るのであれば、それ以前をもっと遅くしなければどうにもなるまい。そして、トラックタイムはチェリビダッケのように少なくとも25分以上になっていたはずである。
 アダージョも同様である。ここまで遅いテンポを設定したのなら、やはりチェリ&BPO盤のように30分近く要するネットリ演奏になって然るべきだが、実際には25分しかかかっていない。テンポ設定がヘンなのである。10分22秒から「禁忌」のアッチェレランドをかけ始め、続くハ長調の部分がスタスタと通り過ぎてしまうのには呆れてしまった。フルトヴェングラーのブルックナー演奏に対して、常にこういういうやり方を批判してきた宇野功芳は、これに対して何か言うことはないのだろうか? と思っていたら、解説でこんなことを書いていた。

 つづくアダージョは遅いテンポを主体とするが、だれそうな
 ところは巧みなアッチェレランドでかわす。

私にいわせれば、たった一言で終わりである。「弛緩するような基本テンポを設定する方がわるい(以下略)」もしこんな小細工をカラヤンがやっていたとしたら、彼はこのように酷評していたに違いないのだ。

 だれそうなところをアッチェレランドでかわそうとしているが、
 いかにも小賢しいというべき皮相的な表現であり、指揮者の底
 の浅さを見事なまでに示しているといえよう。

あるいは「芸術家の格」や「きれいごと」も使われていたかもしれない。楽章の後半に大きくリタルダンドをかけるのも、「今までに聞き得た最高の名解釈の一つ」なのだというが、それも私にとっては「今までに目にし得た最低のダブル・スタンダードの一つ」に過ぎない。
 クライマックスが収まるところでトランペットがトチっている(20分19秒)。(あら探しするまでもない。ハッキリ聞こえる。)ライブだからやむを得ないのだろうが、かなり感興が削がれる。別テイクで修正できなかったのだろうか、と思っていたら終楽章では金管が吹き損じのオンパレードである。キリがないとして匙を投げたのかもしれない。演奏が粗いためか、この楽章のテンポ揺さぶりも耳に触る。(キチッとした演奏なら決してそんなことはないのだが・・・・)前後するが、快速テンポで押したスケルツォは最も出来が良い。
 7番01年盤ページに書いたように、この人は突如別人のようにガラッとスタイルを変える臨機応変型という点でシューリヒトに似ている。ならば、彼と同じく短距離型に徹したら良かったのではないかと思った。実際のところ、当盤でもスケルツォ楽章だけは悪くなかったし。(それに気が付いたため、後の7番演奏では快速スタイルへと転向したのであろうか。)オーケストラが非力で響きも薄く、遅いテンポだと持ちこたえられず中身スカスカになってしまうのだから尚更だ。この演奏を聴いていると、スプリンターの血統を持つ競走馬が京都競馬場の3000とか3200mを走らされて後半バテバテになっている姿が目に浮かび、悲哀を感じてしまう。
 ネット上では当盤を「決定盤」として最高ランクの評価を与えているサイトも少なくない。が、これは決して彼の名誉になる出来ではない。ましてや、わが国のブルックナー演奏史に残る(す)ようなものでは絶対ない。後年にもっと優れたものがあるにもかかわらず、こんな完成度の低い演奏を「朝比奈の7番のベスト」などと呼ぶのは彼に対しても失礼ではないだろうか。

2006年2月追記
 某掲示板のブル7スレにて、当盤について「どこがいいのかさっぱり分からん。」という投稿があり、同日中に「あの豊かな音響と、それを上手くとらえた録音が良い。演奏は二の次三の次。」「そうそう、音響で騙される。」「いえてる。聖フローリアンは裸の王様状態。」という三連発レスが付いた。あれは決して私ではない。

おまけ
 amazon.co.jpの購入者によるレビューは概ね好意的であるが、1つだけ「3楽章の後の鐘の音が最も良い」というタイトルの酷評があった。(なお、後述するように「3楽章」は誤りで正しくは「2楽章」である。)本文も「朝比奈さんはffffなど無いように、ダイナミックレンジの狭い指揮をする。」「まずオーケストラの弱さで、本来、世に出せるようなしろものではない。」「特に金管は、ひどすぎて、聴いていて恥ずかしい。」「朝比奈のブルックナーを高く持ち上げる人が多いようだが、中古屋に行くと、山のように積まれているのはなぜか?」(「山」ほどではないが確かに何点も並んでいるのを見た)「これを買うと損しますよ。」と最初から最後まで全く容赦がない。が、それは措く。私がここで取り上げたいのは鐘の音である。
 アダージョの終了後に微かに聞こえる鐘の音(予想していたほど大きな音でなく私は拍子抜け)が、この「世紀の名演」とは切っても切り離せない関係にあるかのような文章はあちこちで目にする。が、ちょっと待ってくれと言いたい。まずハッキリさせるべきは「鐘が鳴ったから名演ということはありえない」、つまり「鐘の音は名演の原因にあらず」という極めて当たり前のことである。鐘の音が入れば名演になるというのなら、舞台裏にでも奏者を待機させておき、楽章間に鳴らせたらいい。あるいは、テープに吹き込んだ音でも良い。「幻想交響曲」の一部のディスクのように有名な教会や修道院、あるいは広島の鐘ならもっと効果が上がるかもしれない。まあ、これは敢えて力説するほどのことではないので次に移る。
 ここから問題にしたいのは、解説の宇野功芳が書いているような「名演だから鐘が鳴った」(鐘は名演の結果)という論調である。それを「奇跡」「神のこの上ない祝福」と考えるのは彼の自由なので、私としても何も言うことはないが、看過できないのはその先、「これを偶然の出来事と笑う者に、芸術の心は決して理解できないであろう」である。
 「朝比奈の演奏を神が祝福したので鐘が鳴った」を誤りであるとは証明できない。だが、反証できないから正しいということには絶対にならない。ここのところは絶対に間違ってはいけない。「反証不可能」=「正しい」という誤謬は一部のカルト宗教やオカルト現象などの狂信者にしばしば見られるようである。例えば天地創造説の信奉者であるが、生物進化を認めず、あらゆる生物種は創造時の姿かたちのままで現在に至ると考えている。(実際に会ったこともある。)化石のようにそれを否定する考古学的な資料がいくら見つかったとしても、「全能の神には最初から○億年という古さを持ったものも創造することができる」と反論し、なんでわざわざそんなものを作ったのかいう疑問に対しても、「信仰の薄い人間を進化論で惑わすため」という答えを用意している。(これは立花隆が「宇宙からの帰還」で紹介した元宇宙飛行士の伝道者のことである。)このようにして、「反対者でも否定できない、ゆえに私の言い分は正しい」と飛躍してしまう。(私はなにもそれを信じ、唱えている人間を排除しようとしているのではない。ある生物学の本には、「進化論の支持者は創造説を否定できないという不満、そして創造説の擁護者は進化論の証拠に絶えず煩わされなければならないという不満を持ったまま共存するしかない」とあった。私はこのような理性的な考え方を支持する。)これは疑似科学関係のウェブサイトに掲載されていたものであるが、究極の「反証不可能な仮説」というのもある。「私が5分前に宇宙を創造した」というものだ。「そんなことありえない、私は今日まで○年間生きてきたのだ」と反論しても何にもならない。なぜなら「君の5分前までの記憶も含めて私が創造したのだ」と言い返されたらそれで終わりだから。そういう相手に説得を試みるのは時間の無駄である。
 ということで、「朝比奈の演奏を神が祝福したので鐘が鳴った」という宇野の言い草については、私は最初から全く相手にする気がない。それが荒唐無稽であるということもあるが、それ以上に「反証不可能なトンデモ仮説」は真面目な議論の対象とはなり得ないという理由による。なので、私は「そう思いたければどうぞ」と苦笑する以外ないが、「そんな砂上の楼閣のような根拠で『芸術の心は決して理解できないであろう』などと勝手なことをほざくのは止めろ」とは言わせてもらう。蛇足だが、「私は創造者であるから、被創造物に過ぎないお前が服従するのは当然だ」と同レベルの戯言だからである。

おまけのおまけ
 「反証不可能な仮説」とは少し違うかもしれないが、以前から腹に据えかねていることがあるのでここに書く。槍玉に挙げるのは、「外来魚の補食行動によって在来魚が絶滅の危機に瀕している」のを認めようとしない「キャッチ・アンド・リリース派」の自己虫どもである。補足しておくと、オオクチバス(ブラックバス)やブルーギルといった肉食性の外来魚が琵琶湖に持ち込まれて以降、それらの増加と歩調を合わせるように古来から生息していたニゴロブナ、ホンモロコといった魚(多くは固有の希少種である)が激減したため、釣った外来魚は湖に戻さず持ち帰るよう指導されているにもかかわらず、自分のことしか考えないごく一部(と信じたいが)の釣り人は、娯楽の場が失われるのを嫌って、それに素直に従うことを拒んでいるのである。実にケシカラン連中ではないか! 彼らの代表格(釣り愛好者の団体の幹部?)は「在来種が減ったのは護岸工事や水質汚染など生息環境の悪化が原因でリリースのせいではない」と反論している。(仮にそうだとしても自分達の行為を正当化する理由には全くならない。それは頬被りを決め込んでいる。糞尿を川に垂れ流しておきながら、他人から注意されると「だって隣の工場排水の方がもっと汚いじゃないか」と言い訳するようなもので、要はガキの減らず口と一緒である。)外来魚の消化器から在来種の骨が見つかってはいるが、連中は「それが減少の直接的な証拠であるとは断定できない」とも言い返す。まさにああ言えばこう言う。このようなノラリクラリ戦術を続けながら、相変わらずリリースを止めようとしないのだ。(なおBOOKOFFの店内では、その旗振り役タレントのアホみたいに軽薄な喋り声が時折聞こえてくるが、その途端に私は気分が悪くなる。)外来魚のリリースと固有魚の減少との因果関係を完全に証明するのは今のところ困難なようである。それを良いことにして、これから先もリリースを続けながら(在来魚の減少を横目に)釣りを愉しんでいられると高をくくっているに違いないのだ。悔しい。
 しかしながら、「この問題には公害訴訟と同じやり方で臨むべきである」と私は声を大にして言いたい。アルキル水銀を含む排水を垂れ流した工場と水俣病で苦しんでいる住民。「排水と水俣病との因果関係」について、「ない」と証明するのは極めて困難であるため、通常は「ある」を主張する側に立証責任ありとされるが、この場合は「ない」を証明する義務が工場側にあると司法は判断した。「弱者救済の原則」が適用されたからである。
 在来種の減少によって被害を被っているのは地元の漁師さん達である。(そして、残念なことにニゴロブナを材料とする鮒鮨が今では高級品となってしまった。)一方、加害者側に相当するのは、いうまでもなく連中である。リリース以外にも悪行を重ねて反省の見られない、まさにマナーの欠片もない輩もおり、彼らが捨てた針を飲み込んだり釣糸が脚に絡まったりして、もがき苦しんでいる水鳥の悲惨なニュースは後を絶たない。言語道断だ。私が休日に自転車で湖岸を走っていて、おびただしい数の県外ナンバーの自動車を見かけると、発作的に「お前らもう来るな!」と怒鳴りつけたくなる。釣り関連産業を儲けさせる以外、何一ついいことをしていないのだから。「せめて排気ガスをまき散らさぬよう自転車で来い!」と言いたい気分だ。ちょっと暴走したが、生活が脅かされている漁師さん達と所詮は暇つぶし(道楽)で来ているだけの連中。(「そんなヒマがあったら湖岸のゴミ拾いでもやってくれ」と、またしても暴発しそうになる。)救済されるべきは弱者は誰か? 敢えて問うまでもなかろう。ゆえに「外来魚が固有種の生息数の減少には一切関与していないと証明できるまでリリース禁止」(もちろん違反者には厳罰を課す)という処置が取られないだろうかと私は思う。その際には、「スポンサーに調査費用を出してもらって潔白を証明してみたらどうだ」と公害垂れ流しの旗頭に言ってやりたい。BOOKOFFは随分と儲かっているようだし・・・・(2006年2月9日追記:件の旗振り役のCM出演は実姉がBOOKOFFの常務ゆえ実現したということを昨晩放送されたバラエティー番組で知った。要は縁故採用だった訳か。)なお、某掲示板にて最近「釣り関連の業者や団体から金を貰ってリリース禁止条例に対する反対運動を繰り広げている」などと旗振り役を揶揄するような投稿を見たが、さすがに証拠なしなのでノーコメントとする。

追記:2005年2月7日にリリース禁止を合法とする判決が大津地裁で出された。主張を全面的に退けられた原告側は控訴するらしい。もはや引っ込みが付かなくなっているのだろうが、まったく往生際の悪い連中だ。ところでamazon.co.jpにて、この問題を論じた「ブラックバスがメダカを食う ― 日本の生態系が危ない! 」という本に対する書評を見つけた。私の駄文よりはるかに見事なので一部掲載させてもらう。「楽しいから、金になるから、といった自分たちの都合で環境を破壊し日本の淡水魚達を危機に陥れている人間達」「興奮できる釣りをしたいとの釣り人の勝手な考えでこんな遠い異国まで連れてこられて、キャッチ・アンド・リリースという偽善のもと何度も何度も頑丈な釣り針に口を傷つけられるバスが哀れ」「責められるべきは、利益を追求し釣り環境の荒廃から目をそらしている釣具業界と、自然を破壊して金儲けしているバスプロとその関連団体である。」「この人達は、農薬を垂れ流し周囲の環境を破壊しているゴルフコースにきて『ゴルフは紳士のスポーツだ』などと言っている人達と基本的に変わりない。」
追記2:私の悪い癖で、この件に関して少々首を突っ込みすぎた。それについてはこちら

2005年5月追記
 先日フィールドワーク(野外授業)で、獣害(サル、シカ、イノシシなどによる農作物への被害)の現状を視察するため東近江市(旧愛東町)の平尾という集落を訪れた。そこには上溜、中溜、下溜という3つの溜池があるのだが、山を少し登って岸から上溜を眺めたところ水中に魚の群れが見える。訊いて驚いた。ブラックバスだという。説明を受けてさらにビックリ。バス釣り人(最近「バサー」と呼ぶのを知ったが、こういう不届きな輩には某掲示板で使われている「バカー」こそがお似合いだ)がコッソリ放したのだという。そのせいで池にいた稀少固有種は絶滅してしまったという話を聞き、私の怒りはピークに達した。まさに万死に値する悪行である。実は琵琶湖だけでなく、こういった溜池や沼、および内湖(滋賀県内に点在する小さな湖)でも外来魚問題は深刻である。いや、こちらの方が小規模だけに密放流のインパクトは大きい。外来魚の捕食が在来種の生息数減少、さらに絶滅の原因である可能性は極めて高いと考えざるを得ないのだ。(ちなみに先述の上溜は雨水が流れ込むだけなので水質悪化は全く起こっていないし、水辺の環境も破壊されていない。そういう内湖は決して少なくないはずだ。)「まずは自分たちが率先して『腐敗分子』を排除すべきではないか? 『自浄作用』を示した上で『釣り人の権利』を主張するならやっとくれ。」私が言いたいのはこれである。思い出したが、先月読んだ朝日新聞のローカル記事には「自分たちの権利ばっかり主張する人間と共存しろと言われても無理」「科学的なデータをちゃんと出しても認めようとしない」という地元漁師および研究員のコメントが出ていた。そんな連中にゃ期待するだけムダか。

もひとつおまけ
 本文で京都競馬場が云々と書いていることから既にお察しかもしれないが、私は競馬は好きで大きなレースの日はたいてい関西テレビの中継を観る。しかしながら、生まれてこの方「勝馬投票券」(馬券の正式名称であることは漫画「こち亀」で知った)なるものを購入したことは一度もない。(買いに行くのが面倒なこともあるが、儲けることに全く興味がないからである。)実はなぜか子供の頃から好きだったのである。最も古い記憶は人気薄だったイットーがそのまま逃げ切ってしまった高松宮杯で(評論家がニホンピロセダンとナオキを推していたこともよく憶えている)、調べてみたら1975年(私は10歳)のことであった。この年は何でもカブラヤオーという途方もなく強い馬がいるということだったが、夏に故障したため勇姿を見ることはできなかった。関西馬キタノカチドキが大活躍したのはその前年、ハイセイコーとタケホープの死闘はさらにその前年に遡る。(ちなみに、ある競馬関係サイトに掲載されている各年の重賞レース結果一覧を見ながらこれを執筆しているのだが、タケホープとキタノカチドキに騎乗していたのは何と豊の父ではないか。まさに「光陰矢の如し」が身に迫る思いだ。)私はそれらの年の菊花賞のゴール前の映像に大興奮した。実況(絶叫)していたのはもちろん杉本清である。(今でも彼の声を聴くと胸が高鳴る。)多分これが決定的なきっかけである。そして翌76年は、書いているだけで心躍らずにはいられないトウショウボーイとテンポイントの対決。(「強い強い、見てくれこの脚」という名調子もリアルタイムで聴いている。そして、あの悪夢の故障も。だいぶ後だが「ライスシャワー骨折!」の悲痛な叫びも耳から離れない。)ところが、その後しばらくは(サクラショウリやカツラノハイセイコなど耳に覚えのある名前もあるにはあるのだが)格段に印象が薄くなっている。次に鮮烈な記憶が甦ってくるのは83年のミスターシービー、そして翌年のシンボリルドルフまで待たねばならない。この年はカツラギエースがJC制覇、ルドルフも3着に入り、私はあの「笠谷、金野、青地(幼かった私は長いこと「青木」と勘違いしていた)」以来というべき胸のすく思いをした。その次からまた記憶が怪しくなってくるが、ブライアンの三冠達成の瞬間はもちろん観た。キリがないのでもう止める。そのうち、プロレスでも何か脱線話を書くかもしれない。お楽しみに。

2005年5月追記2
 ディープインパクトというこれまた桁外れに強い馬が現れた。今年は10月23日まで楽しめそうである。(10月24日追記:大方の予想通りの結果に終わった。あの強さは異常だ。古馬や外国馬に相手にどんな戦いを挑むのか見物である。)不思議なことに80年代以降は「三冠確実」と思わせるほど圧倒的な実力差を見せつけて勝つ馬が約10年おきに登場する。そういえば将棋界も何となく似ているような気がする。(あくまで私見だが、永世名人は谷川浩司→羽生善治→渡辺明と続くのではなかろうか? →2007年6月30日追記:この予想は見事外れた。ここに森内俊之が名を連ねるとは、ましてや羽生に先んじて「十八世名人」の称号を得るとは思ってもみなかった。)

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