交響曲第9番ニ短調
ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団(01)
01/07/08
Treasure of thr earth TOE2064

 昨年(2006年)Profilレーベルがリリースを開始した「ギュンター・ヴァント・エディション」によってヴァント&ミュンヘン・フィルによるブルックナーを(8→5→4番の順に)聴いてきた私であるが、このコンビゆえもちろん出来が悪かろうはずはないとはいうものの、実際にはいささか食傷気味であった。贅沢なのは承知しているけれども、透明感抜群の響きも慣れてしまえば平板に感じられてしまうからである。そうなると何らかの付加価値が欲しくなってくる。例えば指揮者の掛け声とか。(←無茶言うなよ。)それに対し、年末に駆け込み的に入手した当盤は、同じセットに収録されているベルリン放送響との8番共々嬉しいクリスマスプレゼントとなった。既所有ディスクとは異なるスタイルによるヴァントのブルックナーを堪能することができたからである。これから述べる。
 まず録音年月日を見て少し驚いた。指揮者が亡くなる前年の夏である。検索したところ2001年シュレースヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭の開幕コンサートのライヴ収録(2005年にTDKコアが発売したDVD、TDBA0078と同一演奏)と判った。ヴァントの9番としてはラス前にあたる。(ちなみに翌月のプロムスが最後のようだが、正規、海賊ともリリースされていない模様である。蛇足ながら、その後は同年9月にMPO、10〜11月にNDRとの共演で「シュベ5+ブル4」というプログラムを振って生涯を閉じた。)つまり最晩年の演奏なのだが、何せ前年の11月には東京で痛々しい指揮ぶりと演奏を見せて&聞かせていただけに「大丈夫なのだろうか?」と思わずにはいられなかった。が全くの杞憂だった。
 当盤でも第1楽章「ビッグバン」の前から(2分30秒〜)弦の刻みと他の楽器(特にホルン)のリズムが狂い始める。ただし、来日公演ほど酷い乱れ方ではない。オケ側に(前年の教訓から)ある程度の心構えがあったとも考えられるが、それ以上に指揮者が多少のズレなどものともせず押し切ってしまったという印象の方が強い。その結果としてビッグバンの入りはピッタリ合っている。これには畏れ入った。当盤以前のヴァントでは考えられなかった力業である。(同様の強引な合わせは以後も幾度となく聞かれる。)この歳でさらに新しい境地に足を踏み入れてしまうとは! もしかすると、楽員達は既に覚束なくなった指揮者の手の動きを追っていたのではなく、その背後に感じられるオーラを相手に演奏していたのかもしれない。そんな妄想を抱いてしまうほどにもこの演奏は感動的だ。通販サイトの(指揮者の生前に執筆された)紹介文に「近年の巨匠の特性である大河的広がりが堪能できます」という一文を見つけたが、第1楽章4分以降の進行はまさにそれである。8ヶ月前の演奏あるいはBPO盤のように同楽章の中間部(当盤では16分28秒〜)でよろめいたりしないのも良い。21分57秒でニ短調に戻ってから楽章を閉じるまでの切なさは比類がない。98年MPO盤を聴いて胸が一杯になったのはもう少し後になってからだった。
 第2楽章はトリオ副主題部における楽器間の主題受け渡しが非常に味わい深かった。そして終楽章。冒頭の弦からして尋常ではない。泣いている。この生々しさと身につまされるような感じは、バーンスタイン&VPOによるブラ1終楽章の例の第九様主題を聴いて以来である。1分44秒の爆発からは失礼ながらロウソクの最後の残り火をイメージしてしまった。何という力強さ! それでいて繊細さは失われていない。往年のヴァントを思えばアンサンブルが甘々であるのは事実だが、(それでも完成度は翌年5月のエッシェンバッハ盤より上だし、)ここにはそれを補って余りあるものがある。それにしても21分手前で全休止するまでの凄まじさは何と言い表したら良いもののか途方に暮れてしまう。以降の5分間は私にとってまさに至福のひとときとなったが、おそらく指揮者は先のフォルティッシモに全身全霊を注ぎ込んでしまっていたのだろう。ゆっくりと天に昇っていくようにも聞こえたMPO盤のコーダとは異なり、揺らめいていた炎がフッと消え入るかのごとく実にさり気なく終わったのも当然という気がする。完全燃焼という言葉がこれほどピッタリくる演奏もそうはない。「あしたのジョー」のパクリだが、真っ白な灰となった指揮者の姿が頭に浮かんだ。何にしてもこれは事件だ。MPOの牙城を崩すのは困難だろうと思っていた9番の上位ランキングに伏兵が殴り込みをかけた格好である。
 最後に音質について述べると、ノイズはほとんどないけれどもクリアさに欠けるし、大音量時に音揺れするため極上とは言いがたい。よって初登場1位には力不足か? ただしライヴの臨場感は十分伝わってくる。またNDRの弱点として何度か指摘してきた響きの薄さが全く感じられない。豊かな(かといって決してリューベック大聖堂のような過多ではない)残響のお陰である。

2008年4月追記
 今月DENON ClassicsによるDVDボックス「ギュンター・ヴァント&北ドイツ放送響 ライヴ映像集成」を入手した。うち同日演奏の「未完成」およびブル9を収録したTOBA-8078から音声ファイルを分離し、青裏に焼いて当盤と聴き比べてみた。もちろん正規録音ゆえ音の歪みなどは全く確認されなかったものの、音の抜けが若干悪いような気がする。これは本セットの他の演奏についても概ね当てはまるようだが。

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