交響曲第8番ハ短調
ギュンター・ヴァント指揮ベルリン放送交響楽団(西)
85/11/11
Treasure of thr earth TOE2064

 各種報道によると、近頃Yahoo!オークションでの詐欺が件数、被害額とも増加傾向にあるらしい。同一人物が複数IDを使い分けることによる不正な価格つり上げも横行しているようだ。どうやらキャンペーンとして参加費が無料になってから拍車がかかったとのことであるから、もしかすると参加資格としてプレミアム会員の会費支払いが求められるという従来の制度に戻ってしまうかもしれない。が、私としてはその対策に大賛成だ。というのも昨年(2006年)の後半(特に11月以降)は「ちょっかい入札→そのまま落札」という軽はずみな行為を何度となく繰り返してしまったからである。要は私の意志薄弱が全ての元凶である訳だが、有料化されれば本当に欲しい品を見つけた場合のみプレミアム会員に復帰する(そして月末に抜ける)ようになる(はずである)。
 例によって雑談を前に置いてしまったが、この演奏を含む4枚組を昨年末に入手したのは必ずしも発作的欲求からではなかった。ハイドンの交響曲第76番に興味があったからである。許光俊のインタビュー(ケルン放送響とのブル3&4番ブックレットに掲載)にて「ハイドンの音楽には敬意を払っているよ」「第76番はとりわけ魅力的な作品だと思う」などと語っていたヴァントであるが、実際この曲をしばしば、特にブル6とセットにして演奏していた。なので聴きたくて仕方がなかったのだが、2002年3月に予定されていた(おそらくこのカップリングで出たはずの)ベルリン・フィルとのレコーディングは指揮者転倒(右肩脱臼)のため幻に終わってしまったし、1996年7月7日コングレスハレでのシュレースヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭開幕コンサートを収録したTDBA0076(TDKコア)は根が、いや値が張るし、そもそも映像作品のため最初から購入対象外である。(2000円を切ったら考えてもいい。)Profilの「ギュンター・ヴァント・エディション」には大いに期待していたのだが、ブル6が単独でリリースされると知ってガッカリ。(しかもPH06047は「発売延期未定」のまま数十日が経過している。どうなっとるのか? このレーベルでは決して珍しくないが・・・・)その後ハイドンのみ(ピアノ協奏曲ニ長調、オーボエ協奏曲ハ長調、および交響曲第76番変ホ長調の3曲)を収録したPH05045が発売されるとの情報を得た際には脱力感を覚えた。間もなく(今年1月25日に)発売される見通しだが、予約注文は入れていない。まるで魅力が感じられなかったから。
 こんな風に冷や水を浴びせかけられたような気分だった丁度その頃、ヤフオクにて "GÜNTER WAND COLLECTION VOL.1"(ギュンター・ヴァントの芸術)と銘打たれた上記「地球の宝」による青裏セットを見つけたのである。ハイドン2曲(交響曲&ピアノ協)、ブルックナー2曲(8&9番)、それにシューベルトの「未完成」まで収められた4枚組ながら出品価格は1660円と安い。調べてみたらハイドンはもちろん他の作曲家についても全て未聴音源らしい。しかもブル8とドン76(←なんちゅう略し方)は鈴木淳史が「クラシックCD名盤バトル」にて「80年代以降のヴァントの最良のパートナーだったのではないか」などと述べていたベルリン・ドイツ響との共演のようではないか! これでは黙って見ている訳にもいくまい。よって、それなりに上積みした価格で自動入札を入れておいたのだが、結局は開始価格のまま終了。諸経費込みでもProfil盤1枚分とほとんど変わらない。要はメチャお買い得だった。もっとも既に述べたようにお目当てはあくまでハイドンであり、ブルックナーはオマケのつもりだった。何せヴァントのディスクは既に30種類を超えているのだから。だが入手した以上は評を執筆せねばなるまい。ということで、落札直後は「やれやれ」という気持ちも半分あった。
 また気になることもあった。ブラームス新全集やラスト・レコーディングのブックレット(後者には2種あるがケース収納の方)等に掲載されているバイオグラフィを見ると、「1988年にベルリン放送交響楽団に初客演」とある。ゆえに1985年は言うに及ばず、後年にも(1993年に「ベルリン・ドイツ交響楽団」へと改称されてからも)同オケとの演奏記録が全く記載されていない。「これはどういうことだろう?」と訝しく思ったのはもちろんだが、J. F. Berky氏編纂の8番ディスコグラフィに "Berlin Radio S.O. 11/11/85" とあったので追従することにした。(ついでに書いておくと、どうもBMGジャパンは自社製品の売り上げの妨げとなるような録音をないがしろにしている節がある。ブル8では「鐘」レーベルが出した84年のバイエルン放送響との演奏を無視しているし、01年BPO盤ブックレットに寄稿した金子建志がヴァントの同曲演奏歴「概略」に正規盤としてリリースされたものと来日公演しか挙げなかったという前例もある。)ただし、団体名(英語)の頭文字から略称を作るとバイエルン放送と同じ "BRSO" になってしまうため、URLには改称後の独語名を元にした "DSOB"(Deutsches Symphonie Orchester Berlin)を使わせてもらう。
 余談はさらに続く。届いた品を早速試聴しようとして驚いた。各ディスクのレーベル面に印刷されている曲目と中身とがまるで一致していない。印字はDISC1がハイドンのピアノ協奏曲第3番とシューベルト「未完成」、DISC2が「未完成」残りとブルックナーの第9番、DISC3がハイドンの変ホ長調交響曲(第76番)、DISC4がブルックナーの第8番、言うまでもなくこの時点でメチャメチャである。(蛇足ながらハイドンのみならトータルタイム約20分という超短時間収録になってしまうし、ヴァントのブル8は最初のギュルツェニヒ管との録音を除けば1枚には入らない。)また、実際にはDISC1にハイドン76番とブル8前半楽章、DISC2にブル8後半楽章、DISC3にハイドンのピアノ協と「未完成」、DISC4がブル9が収録されており、ベルリン・ドイツ響(ベルリン放送響)および北ドイツ放送響との共演をそれぞれ2枚ずつに配しているのはいいが、それがアベコベになってしまっている。もはやお粗末としか言いようがない。さらに「未完成」は第1楽章冒頭が欠落し、ブル8も終楽章の頭に難がある(対処法も含め後述)。つまり明らかな欠陥品であるから、この品を購入しようと思った方は覚悟しておくべきだろう。しかしながら、私自身は出品者にクレームは付けないことにした。何せ値段が値段だし、欠落は既に述べた方法で何とか修復できた。(うち「未完成」については同じオケ、つまりNDR盤を持っていないので、Profilのブル8に併録されているMPOの演奏を使用した。)不整合にしても慣れてしまえばどうということはない。が、何よりも「せっかく入手できた名演を手放すのは惜しい」と思わせたほど収録曲全てに満足できたからである。(コピーしてから突っ返すこともできただろうが私はそこまで悪人ではない。)
 本題に入る前にもう少し。ハイドンの変ホ長調交響曲であるが、確かにヴァントが気に入りそうな曲である。そういえば小林秀雄が「モオツァルト」にて「僕はハイドンの音楽もなかなか好きだ。形式の完備整頓、表現の清らかさという点では無類である。」と(その直後に難癖を付けるのであるが)述べていたと思い出したが、理詰めの芸風を貫いてきた指揮者がブルックナーに勝るとも劣らない相性の良さを発揮するのは至極尤もといえるだろう。しかも作曲家が毎回何かを狙っていた、あるいは新たな工夫を採り入れようとしていたような感のある90番台以降と比較すれば曲の造りははるかに単純明快だから尚更だ。45、88、および92〜104番しか馴染みのない私としても非常に愉しめた。
 それではようやくにしてブルックナーに移るが、実はそんなに書くことがない。(前置きより短くなるのは必至である。)まず耳を引いたのは金管の鳴りっぷりの良さである。スケルツォ終わりのハ長調部分など胸のすく思いだった。前年のバイエルン放送響盤に対して某掲示板で「バリバリヴァント」と評されていたことは既にあちらのページで述べたが、明らかにそれ以上だ。(それは音質の違いも多分にあると思われる。当盤はドンシャリというかハイ上がり気味である。が、デジタル録音のようでテープヒスはないし、会場ノイズもインターバルこそタップリだが演奏中の混入はほとんどない。残響も適量なので、まずまず良好といえる。)ただし、第1楽章中間部の煽り方が「鐘」盤より控え目だった。そこでヴァントの各種8番についてテンポの改変などを聴き比べてみたところ、解釈はむしろ93年盤と最も近いような気もしたのだが、やはり勢いの良さからして80年代半ばの演奏と考えるべきであろう。もっともオケ名については本当に表記の通りなのか正直自信がない。(シャイーの37番でのシャープな音色とは似ているようだが、ナガノの6番を聴くと別団体にも思えてくる。時代の違いで片付けてしまおうか?)これに対し、指揮者の方は最初から最後まで折り目正しく進めていることから、たぶんヴァントの真正演奏と見なしても大丈夫だろう。
 さすがにこういうスタイルだとアダージョ(クライマックス除く)でシンミリと情緒に浸ることは難しいが、その分フィナーレはケバケバ音色が絶大なる威力を発揮する。出だしから猛烈なダッシュ。ただし(フェイドイン気味に入るのは許せるものの)8回繰り返されるはずの「チャチャッチャチャッチャチャッチャチャッ・・・・」が1回少ない。これは「チャチャッ」の使い回し(そのままでは接続が不自然なので加工してレベルを下げてから)で凌いだが、それ以上に0分14秒で音量がガクッと落ちるのが問題だった。あまりの大音響に驚いた録音者が、このままだと容量を超えてしまうと危惧してレベルを突如下げてしまったからだと思われるが、これでは聴き手は大いに感興を削がれること必定である。なので、波形を見ながら急降下部分(約0.5秒)のボリュームをその後と同じレベルにまで上げ、同時にそれ以前も少し下げることによって何とか聴けるものになった。(試行錯誤の連続で結構時間がかかった。一方、後で気付いた第3楽章1分過ぎにある一瞬の音飛びは、波形がフラットになっている部分を削除すれば良いだけなので非常に楽だった。)そうしてから改めて再生してみると、これは何ともいえず壮絶な演奏である。0分22秒のティンパニ乱打などヴァントらしからぬ荒々しさ!(マゼールでもここまでやってない。)コーダでのブラス炸裂も同様に凄まじく、聴後の爽快感はこれでめでたく(?)10種類目に達した彼の8番中で紛れもなく随一といえる。(ちなみに全体としての激しさでは2000年NDR盤の次に来る。96年BPO盤が3番目だろうか。)フライング気味の拍手は耳障りだし感心できないけれど、その後の大ブラヴォー共々、聴衆が熱狂したことは十分理解できた。
 ということで、これはヴァント特有の緻密さと彼にしては異例ともいえるほどのライヴの激しさを両立させた貴重な録音である。よって、同じく脂が乗り切っているかのような時期のブルックナーをもっともっと聴いてみたいと思った次第である。ところが、よくよく考えてみるとケルン放送響との全集録音が完結した81年12月から87年8月のNDRとの8番(リューベックライヴ)までの録音は極めて少なく、「ブラックボックス」といえなくもない。ならば82年1月の演奏とされるバイエルン放送響との5番を収めたHallooの青裏2枚組(HAL-17/18)の獲得にも本腰を入れねばなるまい。しかも2枚目は当盤で抜群の相性を聞かせてくれたDSOBとの9番(93年3月)であるから、もはや本年の最重要課題といっても過言ではない。去年は少なくとも2度見かけたもののケチってしまったため敢えなく敗退した。最低でも倍額は出さないとダメのようだ。
 こうしてネットオークションから足が洗えぬまま2007年も過ぎてゆくことになるだろう。やれやれ。

8番のページ   ヴァントのページ