交響曲第7番ホ長調
ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団
92/03/15〜17
BMG (RCA) BVCC-37249

>  まだ十分に練れてはいませんが、私がヴァントのブルックナーを形容するならば、
> ケルン常任時代は「デッサンの正確無比な鉛筆画」、北ドイツ時代は「一筆で描き
> 切ったような水墨画」あるいは「色の使用を控え目にした水彩画」、BPO客演時の
> 演奏は「油絵」ではないかと考えています。(最近のBPO盤は時に色付けで大失敗
> もしていますが・・・・)
          (Kさんへのメール、01/09/13、ただし「ケルン常任」は誤り)

 私はヴァントのブルックナーから受ける印象をこのように絵画に喩えたことがある。一方、ケルン放送響との全集は「丹誠込めて作った米や味噌、野菜による御飯&味噌汁&漬物」、北ドイツ放送響との選集は「技巧を凝らした懐石料理」、ベルリン・フィル客演盤は「贅沢な材料をふんだんに使ったフルコース」というように料理に喩えた投稿を某所にしたこともある。この7番はさながら料理人ヴァントの面目躍如といったところだろうか。とにかく隙、無駄といったものがまるでない。「懐石料理」より「精進料理」の方が相応しいかもしれない。
 まず第1楽章5分55秒から10秒間ほど続く「パーパカパッパカパッパカパー、パカパッパカパッパカパー、パカパッパカパッパカパー、パカパッパカパッパカパ」に注目してみよう。ここでトランペットが強奏される演奏がほとんどである。さらにテンポを大きく落として吹かせている指揮者(カラヤンとベーム)もいる。ヴァントにすればそのような「解釈」は「構造を無視した噴飯物」ということになるのかもしれない。(許光俊が「クラシックを聴け!」で述べていたような、かっこよさそうな台詞をいちいち大袈裟に読み上げる大根役者のごとく。)
 この楽章は中間部で巨大なピークを形成するということがない。楽章の終わりに向かってゆっくりと上昇していく。であるから、こんな所でいちいち盛り上がっていてはお終いのクライマックスがボケてしまう。(ちなみにヴァントと同じ解釈を採用しているのがロスバウト盤、少し違うけれどもドホナーニ盤とシューリヒト&ハーグ・フィル盤も比較的淡々と進めている。後者はその部分の響きが独特で、一部に「ヘタクソ」という声も出ているほどである。聴いていると私は吹き出しそうになるが、控え目にしているのは確かである。)10分30秒頃の短調に変わる部分も他の演奏と比べたらかなり抑制気味である。
 そのように手綱を引き締めたままで最後の直線に入る、いやコーダを迎えるわけだが、雷雨を思わせるティンパニの連打は他のどの指揮者よりも凄まじい。まるでトタン屋根を大粒の雨が叩いているようだ。ここに狙いを定めていたのだから皮が破れんばかりに叩いたってどうってことはない。(嵐の描写としてはベートーヴェンの「田園」第4楽章やR・シュトラウスの「アルプス交響曲」に匹敵すると思っている。ネット掲示板で「ティンパニが活躍する曲」として挙がらなかったのが不思議である。)そして、最後の一撃が「バシッ」と決まるところは見事としか言いようがない。(ダラダラ引っ張るのは締まりがなくて私はキライ。)緩徐楽章を除いてブルックナーの交響曲の各楽章は自己完結型なのだから、最後にこのようなキッチリとした「決め」があった方が望ましいと思う。(8番は改訂によってコーダが取り去られてしまったが・・・・)第4楽章の着地も十点満点である。
 この盤に対し、私は「いい演奏だがちょっと薄味なのが残念」と思っていたが、今考えるとそれは大間違いである。「この料理には肉が入ってないぞー」と不満を漏らすようなものである。何しろこれは極上の懐石料理、いや精進料理なのだから。

2005年2月追記(先日カレーを食っていた時に思い付いたこと)
 かつて私が南十字星の見える地域にいた頃、「現代農業」という雑誌を毎月読んでいたということは既にあるページに書いた。いつぞや、その中で紹介されていた「ベジタブルカレー」というのを自分でも作ってみたことがある。すり下ろしたリンゴ、トマトのピューレ、みじん切りしたカボチャ、タマネギ、ニンジンを順に鍋に入れ、水も加えずに最小の火力で4〜6時間煮込む。(その間5段に積み重なった層を一度も撹拌しないが、材料から出る汁のお陰で不思議と焦げ付かない。これを「重ね煮」と呼ぶらしい。)トロトロ状態になったら適量のカレー粉と塩で味付けして出来上がり。これがメチャクチャ美味かった。野菜の甘味だけでも素晴らしい味に仕上がるのである。ヴァント&NDRのブルックナーをカレーに喩えたらこんな感じだ。これに対して、BPO盤は神戸牛や松坂牛など場違いと感じるほどの高級食材が入ったカレーみたいである。ならば、連日連夜ブレンドの研究を重ねてようやく完成した秘伝(門外不出)のスパイスが絶妙な味わいを醸し出しているのが「チェリカレー」ということになろうか。ウコンの他にも漢方の材料がいろいろ入っていて体にも良さそうだ。(ついでに書くと、カレーソースがサラッとしているのがSDR盤で、MPO盤はややドロッとした感じか?)煮え方にムラが出ないようミリ単位まで大きさと形がピシッと揃った角切りの肉、ジャガイモ、ニンジン(もちろん「どっちの料理ショー」に出てくるような特選素材ばかり)を使うのがカラヤン、「男の料理はこれでええんじゃ」とばかりに大切り(時には丸ごと)の材料を豪快にぶち込むのがヨッフムやマタチッチかもしれない。今では滅多に使われることがないという点で、クナは蛙のカレーにしてしまおう。(他にもエスニックカレーやジビエのカレー等、こじつけならいくらでもできそうだ。)そうしてみると、「いろいろ食べ歩いてきたけど、やっぱり母さんの作る『わが家のカレー』の味が一番だなぁ」と考えている人が沢山いたとしてもちっとも驚くべきことではない。

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