交響曲第5番変ロ長調
ギュンター・ヴァント指揮北ドイツ放送交響楽団
98/07/11
sardana sacd-112/3

 チェリの9番91年盤ページには、「蟻地獄に落ちる前にYahoo! プレミアム会員資格を停止し、オークションも覗かないようにする」などと書いていたのだが、その直前に当盤を入手してしまった。何と意志薄弱な! 実はマタチッチ4番のオマケとしてショルティ3番BRSO盤と当盤が付いてくるというので、どうせ高値更新されるだろうと思いつつ入札したら、何とそのまま終了してしまったのである。まさか1300円で落ちるとは思ってもみなかった。(なお、出品者はオマケの品で「サンドイッチして送ります」というコメントを付けていたが、既所有のマタチッチ盤はダブり所有になるので辞退し、送料軽減のためパンだけ送ってもらった。)
 最初に通勤車内で聴いた。ヴァントのブルックナーを聴くのは久しぶりだったのだが、再生開始直後に「ああ、やっぱヴァントはええわー」と思った。素晴らしい。通販サイトには「エディンバラ音楽祭のライヴではないかと言われる」というコメントが出ているが、はるばるスコットランドまで遠征しても完成度が全く落ちないのはさすがヴァント、そしてNDRである。一発録りの無修正ライヴだと思うが、演奏には傷が全くない。驚異的である。5番BPO盤のページでは、「強靭なケルン盤としなやかなNDR89年盤の良さを引き継いだのがBPO盤」というようなことを書いた。つまりBPO盤が「ハイブリッド(F1)盤」だとするならば、当盤はそれにNDRをもう一度掛け合わせた「戻し交雑(BC1)盤」と呼べるかもしれない。BPO盤の力強さ、巨大さはそのままで、しなやかさという特徴が強化されている。(演奏時間はBPO盤の方がやや長いが、それだけでスケール感に違いが出るほどの差はない。)これは鬼に金棒どころか、さらにアーマライトM-16まで持たせたようなもの、つまり無敵である。BPO盤はあまりに濃密ゆえ時に息苦しさを感じることがあったが、伸びやかな感じの当盤にはそれがない。もちろん音質の違いは無視できない。BMGによる録音はBPOでもNDRでも凝縮感が凄いが、当盤の音質はとても開放的であるからだ。
 さて、もう少しBPO盤との比較を続けると、そちらが(良くも悪くも)重量級の演奏という点で無類であるのに対し、当盤は伸縮自在でフットワークが良いといえるかもしれない。第1楽章の12分56秒でほんの僅かテンポを落とす。もちろんこの指揮者のことだから絶対に「やりすぎ」にはならず「ええ塩梅」であるため、スケール感が増大するというメリットのみが出ている。コーダ直前の19分59秒〜20分22秒も同じ。コーダに入るとサッと基本テンポに戻すというバランス感覚が見事だ。なお、20分38秒で少し抜く。「これはチェリビダッケのやり方ではないか」と驚いた。そういえば、8番の2000年盤では少しチェリに近いもの(上手く言えないが、強いて持ち出すなら「神秘性」か?)を感じたのだが、既にこの98年に兆しが顕れていたのだ。木管のソロがよく出てくる第2楽章こそ個人技に優れるBPOに一歩を譲るような気もするが、他は技術的にも全く互角であると思う。途中をすっ飛ばして終楽章のコーダについてコメントするが、極めつけの感動ものである。BPO盤は全体として、マスとして圧倒するようなところがあったが、当盤は見通しの良い録音のお陰で各パートが入れ替わり立ち替わりに圧倒してくれる。ティンパニの打撃も壮絶だし、許光俊が89年盤で不満を洩らしていた金管の迫力不足もここには全くない。
 とにかく当盤には大満足である。まるで露天風呂の温泉に浸かっているように快かった。聴衆も大いに堪能したのだろう。終演後しばらくの間を置いてからの大拍手とブラヴォーの嵐である。会場ノイズも非常に少ないし、マナーの良さも特筆しなければならない。こうなると、プロムスにおけるBBC響との共演盤などヴァント英国出張時のディスクも聴いてみたくなるのだが・・・・・いかんいかん。なお、当盤の録音も超優秀で文句の付けようがない。同じsardanaレーベルの8番NDR00年盤がもしこの高音質で残されておれば、さぞ凄いことになっていたに違いない、と無い物ねだりをしてしまった。

おまけ
 海賊盤のディスク評を載せるのはやはり憚られるためか、ネット上でもそれほど多くを目にすることはできない。特にCDより高価なCD-Rでは尚更である。が、ブルックナー総合サイトに一時期集中的にヴァントのsardana盤に対するコメントを投稿していた人がいた。この人(本名? ただし平仮名書き)の某掲示板での評判はあまり良くないようであったが、詳しい事情を知らない私は何も語る資格がない。言えるのは、私はこの人のヴァントのディスク評には信頼がおけると考えている、ということだけだ。(アーノンクールやドホナーニなど、どちらかといえばクールなスタイルの指揮者に対するコメントには首を傾げることも少なくないが。)彼のコメントが当盤に対するものとしては唯一である。今でも総合サイトで読めるので、その見事な演奏評については触れない。ここにはディスクの品質に関する最後の一文のみ転載させてもらう。

 なお、このCDは輸入元もチェックできていなかったようだが、
 ピンホールなどの製盤ミスが多い。もしお持ちの方は是非調べ
 てみた方が良いだろう。

それが気になっていたのだが、やっぱりあった。第2楽章の最初と第4楽章の中間に音飛びがある。ただし、シューリヒトの8番NDR盤ページで紹介した方法により修復を行ったので、現在では再生に全く支障はなくなっている。(難のある部分を89年盤から切り取った断片で置き換えることにより、全くといっていいほど継ぎ目がわからなくなるまで完璧に修復できた。)このディスクを極めて安価で譲ってくれた人は、この傷のことは知らずにオークションへ出品したに違いない。人を疑うことを知らない純粋な私がそのように考えているのは言うまでもない。

2008年4月追記
 DENONが発売した「ギュンター・ヴァント&北ドイツ放送響 ライヴ映像集成」(TOBA-98075〜82)をHMV通販に予約注文した私だが、DISC1収録の5番は演奏年月日が当盤と全く同じであることが気に懸かっていた。で、届いた品を早速視聴したところ果たして同一演奏であった。(さすがにJ. F. Berky氏はそれを看破していた。)つまり「エディンバラ音楽祭のライヴ」という海賊盤青裏販売業者情報はデタラメで、正しくはリューベックのコングレスハレで行われた98年シュレースヴィヒ・ホルシュタイン音楽祭の開幕コンサートだったということである。(ただし「サウンドが普段と違うのはホールのせいもあるのだろう」は的を射ている。)そのせいで上記の「遠征しても完成度が全く落ちない」云々が的外れとなってしまったけれど、演奏そのものに対する印象には変わりないという例の理由(逃げ口上)で本文に一切手は加えないことにした。

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