交響曲第5番変ロ長調
ギュンター・ヴァント指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
95/11/29, 12/01
Profil PH 06012

 ヴァントの8番は(96年BPO盤では剛胆さが感じられたものの)「公式見解」を聞かされているという点では似たり寄ったりだと思う。とても立派な演奏なのだが、コンサート会場内で完結しているという印象で、チェリの「リスボン・ライヴ」ように宇宙的拡がりや宗教性を感じさせるということはない。(後者はヴァントが最初から必要を感じていないものだから聴き手が求めても仕方がないのであるが。)けれど、この5番は構造のガッチリした建物のような曲だから、そんなものはないならないで別に不満はない。当盤もヴァントが「完全に五番向きの人」(許光俊)であることを納得させる見事な仕上がりとなっているに違いない。
 私は「ハイテク技術による新素材」あるいは74年ケルン放響盤と89年NDR盤との「F1雑種盤」と評した96年BPO盤よりも、しなやかさが強化された「戻し交雑盤」こと98年NDR盤(エジンバラ・ライヴ)を上位に置いた。ならば艶のある音色を特徴とするMPOの演奏が上回る可能性は大いにある。なにせチェリビダッケによって鍛え上げられた圧倒的合奏力を誇り、ヴァントがこの曲同様に高く評価していた9番で後年(98年)に奇跡的名演を成し遂げたオケであるから、そのような期待を抱かない訳にはいかない。手元に届くのが待ち遠しくて仕方がなかったが、8番と違って速やかに入手できたのはありがたかった。(録音年月日を知って少々意外だったのだが、当盤の方がヴァント自らが「会心の出来」と語ったBPO盤よりも1ヶ月と少し早い。これまで録音はMPOの方が後という先入観を抱いていたのだが、これを機にキッパリと捨てなければ。)実際に聴いてみた。
 第1楽章の出だしにちょっと驚かされた。弦のスローな旋律に続けて(0分48秒から)間を置かずにブラスにファンファーレを吹かせている。他盤では同じ箇所で1秒前後のインターバルを取っていたので、私はこれがヴァントのデフォルトだと思っていたのである。(もしノイズ除去などを目的とした制作者の仕業だったら大間抜けになってしまうが、それはないものとして話を進める。ちなみに、このレーベルの拙劣編集は以前から悪評高い。そのため、決めが甘いと聞こえる終楽章ラストの1音にしても、原因をアンサンブルの乱れには特定できない。)当盤の解釈がどういう意図によるものかは判らないが、以後の「ミソドー」の繰り返しにもどことなく滑らかさが感じられたので、ここでは音楽の流れ重視という方針を立てていたのではないか。そんな風に勝手に考えた。(あるいはチェリのノロノロテンポにウンザリしていたメンバーが嬉しさのあまり先走りしてしまったとか。まさか。)が、私がゴチャゴチャ言わずともそんなことは誰の耳にも明らかだろう。どんなに音量が上がっても響きは洗練されており、緻密そのものの演奏ながら息苦しさや窮屈さを全く感じさせないのは見事としか言いようがない。これは超優秀録音の貢献も大きい。指揮者の念の入った解釈は翌月に客演したBPO盤でも同様に聞かれるが、微妙なニュアンス(例えば第1楽章3分16秒からの第1主題提示部における2弾ロケット式ティンパニなど)を堪能できるという点では断然当盤に軍配が上がる。やはり解像度抜群の録音のお陰である。終楽章3分33秒からの弦の繊細な美しさ、同じく7分05秒からの金管の柔らかさと厳かさには溜息が出てしまった。どのパートも力量は決してBPOに引けを取っていない。
 ただし、第1楽章後半の盛り上がり(15分40秒)や両端楽章のコーダなど、パワーは十分ながら物足りなさを覚えてしまった。我ながら何という贅沢な悩みだろう。それは百も承知であるが、あまりに整理整頓が行き届いているからではないかと思う。こういった箇所にはもう少し「高エントロピー感」(←あんまりいい形容ではないが、混濁とは違う)が欲しい。この曲に対して私が流線型ではなく角張った建築物のイメージを抱いているからでもあるが、要はBPO盤のゴツゴツ&ゴリゴリした音色が懐かしくなったのだ。(他盤と聴き比べることがそれまで当たり前に思っていたことを見直すきっかけになり、さらには印象がガラッと変わってしまうことだってある。これはディスク試聴に限らないが・・・・)そうなると困ったことに「BPO<NDR」、「NDR<MPO」、「MPO<BPO」という三すくみ関係ができあがってしまう。比較にばかり頼っていると時にこういう事態に陥るという悪しき見本だが、これでは優劣がハッキリしないので何とかしよう。
 BPO盤の重厚な響きはカラヤン時代ほどではないがやはり「ギラギラ」である。一方、当盤で聴けるMPOの方は「キラキラ」に近い。私の抱くイメージは何となくながら前者がAu、後者はPtである。一方、NDRにはそこまでの輝かしさはないが、何とも言えぬ品の良さがある。まさに熟成のピークを迎えた時期の貴重な録音ということで、強引ではあるが優れた特性が注目されているレアアース(希土類)に喩えておこう。おっと、一口に「レア」といっても1g当たりの価格が1円程度のものからTmやLuのように万単位する元素までピンキリである。そうなると何れの演奏に最も価値があるかはやっぱり決められない。とはいえ、BPO盤は全てを押し潰すような重量感、MPO盤は目も眩むばかりの燦然たる輝き、そしてNDR盤は絶妙な崩しによる老獪さを聞かせてくれたから、それぞれに思い入れがある私としては「甲乙付けがたし」という曖昧決着の方が却ってありがたかったりするのだが・・・・
 とりあえず3種ディスクの順位については浮動、いや不同としておく。これらの「ええとこどり」をした演奏が存在すれば、それが究極&ダントツの1位となるだろう。

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