交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」
ブルーノ・ワルター指揮コロンビア交響楽団
60/02
SONY Classical SMK 64 481→SRCR 8791

 最初に買ったのは上記のように輸入盤のSMK 64481である。職場生協に国内盤を注文したのだが、なぜか在庫切れで入荷せず、東京出張の際に新宿のCD店で新品を買ったのである。(同時購入したのはムラヴィンスキーの9番とハイティンクの3番で、後者のページ執筆時には当盤のことはすっかり忘れていた。)このSBM(Super Bit Mapping)盤がその後波紋を呼ぶことになる。(あるいは「歪みが2088倍凄まじい」マスタリングに匹敵するほどグダグダ書くかもしれない。)
 さて、「遍歴」ページに書いたごとく、「音のカタログ」に収録されていたワルター&コロンビア響による「ロマンティック」が、私が人生で初めて意識して聴いたブルックナーのはずである。だから結構ワクワクしながら再生に臨んだ。ところが・・・・第1楽章「ソーファーミレドシーラ♭ラ」以降(1分35秒〜)を聴いて「アレッ、こんな音楽だったっけ?」と首を傾げた。フルートの音が妙に生々しい。そして、その後のブラスは騒々しい。(テープに収録されていたのは再現部だったはずだが、そちらも印象は全く同じである。)あのテープを聴いて思わず目に浮かんだ「天体の運行」というイメージとは似ても似つかぬものだった。そういえばテンポもこのCDの方が少々遅い感じである。「これは全くの別演奏じゃないか?」と思った。後に入手した「こんな『名盤』は、いらない!」の巻末鼎談にて「善意のおせっかい」というのが話題になり、諏訪内晶子のCDを売るために、レコード店がそうと偽ってムターの演奏を流していたという例が紹介されていた。それを読み、もしかしたら「音のカタログ」のケースも同じではないか、つまり古い録音のため音の良くないワルターではなく、やはりCBSと契約しているクーベリックの演奏を聴かされていたのではないか、と考えたのである。そこで、「ベスト・クラシック100」シリーズを取り出してみた。が、結果は大ハズレ。クーベリック盤ともテンポは違っている。腑に落ちぬまま月日が過ぎることになった。後に2つの可能性が浮上したのだが、ここにはそのうち1つについて書く。(もう一方については当該盤のページにて述べる。)最初の段落で触れたマスタリングについてである。やはり「グダグダ」必至である。
 許光俊のページでも触れた「クラシック、マジでやばい話」中の「盤鬼平林は怒る! ─ これはひどい、録音の惨状」にて、平林直哉はマスタリングによる音質劣化を繰り返し糾弾していたが、その中でワルターのCDについても採り上げられていた。(この本も「こんな『名盤』は、いらない!」同様人手に渡ったため、記憶を辿って書くしかない。)なんでも初CD化盤は、ワルターのステレオ録音のプロデューサーだったジョン・マックルーア(ワルターのために優秀な演奏者を集めて録音用オーケストラのコロンビア響を組織した人)その人がデジタル・マスタリングを担当したこともあり、LP時代の音の良さがそのまま保たれているとのことである。(針音がない分、上回っているともいえる。ネット上でも「ワルターのCDならマックルーア盤」と言われるほど音の良さには定評がある。)ところが、その後ワルターのステレオ音源は2度にわたってお色直しをさせられることになる。まずSBM(Super Bit Mapping)であるが、平林はこれを酷評している。ネット上で調べたら彼のコメントが見つかった。「これはマックルーアが行った、あのやわらかいふっくらとした音とは比べ物にならないくらいに鈍く、細い音質へと変貌したのである。」次のDSD(Direct Stream Digital)方式の方が若干マシという話だが、それでも「長く聴いていると疲れる」「知人が『キンキンして嫌な音だな』と言っていた」とのことで、マックルーア以降の新マスタリング盤を推薦盤からは全て外したそうである。
 さて、これを読んだ私は「絶対にこのままにしてはおけない」と思った。なにせ私が入手したのは他でもない最悪盤である。幸いにして上記の国内盤(「ワルターの芸術」シリーズ)をアマゾン・マーケットプレイスにて格安(確か500円プラス送料340円)で入手することができた。92年発売だから、SBMによる音質破壊(95年)が行われる前である。早速聴き比べてみたところ、冒頭から全く違う。ヒスノイズの量が。ノイズと一緒に音の豊かさまでもバッサリ切られてしまうため、通常はヒスが耳に付くディスクの方に軍配を上げることが多いのだが(海賊 vs 正規の対決ではよくある)、この場合はどうも事情が異なるようである。SBM盤は明らかに高音を強調している。(たしか平林も「あまりにも単純な調整にはあきれて物がいえない」などと書いていたような。)最初の1分ほどは不気味なほど静かである。ところがフルオーケストラになると一転して騒がしくなる。これでは堪らない。カラヤン70年盤のEncoreシリーズも耳に優しくなくて苦痛だったが、ワルターSBM盤の「ガヤガヤ感」はそれをはるかに下回る。(シューリヒトの89番「歪み2088倍盤」といい勝負だと思う。)一方、国内盤は中音域が非常に豊か。ライヴではないが「ザワザワ」した感じで、指揮者や奏者の息づかいまで聞こえてきそうである。「箱庭録音」という印象は受けるものの、録音時期(60年)を考えたらそれも当然で、この時代としては高水準の音質である。もはやSBM盤は二度と聴く気がしない。(このページ執筆のためやむなくケースから取り出したが。)よって、当然ではあるが国内盤を聴いての感想を記すことにする。
 「レコード芸術」の企画「名曲名盤300」の83年と87年のランキングを見ると、この演奏はともに3位に入っており、以前はかなり高く評価されていたことが判る。たしか「ワルターのブルックナーは4番のみ可」という評価もネット上で見たことがあるような気がする。しかしながら、私にとってはこの4番こそがどうにも物足りないのだ。確かに優しさに満ち溢れた演奏で、中間楽章はそれがうまくはまっているのだが、宇宙的スケールが求められる両端楽章になるとやはりパワー不足が否めない。第1楽章1分37秒からの改訂版由来のオクターヴ上げはフルートが全面に出てしまうほどに響きが薄く、カラヤンに慣れた(毒された)耳にはあまりにもしょぼいと聞こえてしまう。まあ指揮者はしみじみやりたかったので、それに文句を付ける筋合いはないのだろうが・・・・(最初は改訂版部分採用と判らなかったほどである。なお中間部コラールの終わりでティンパニは入らないし、終楽章でも何もやっていないので、ここだけのようである。)第2主題群から軽快なテンポになるだけに最初からそうやっていれば弱点(響きの薄さ)を晒さずに済んだのに、と惜しまれる。これは終楽章冒頭も同じである。
 第2楽章は最初から魅了される。0分50秒から主題を木管が引き継ぐが、それをサポートする弦のズンズンという足音が素晴らしい。とにかく弦と管のバランス、絡みが絶妙である。ハ長調のクライマックス以降はもうちょっと粘っても良かったのではないかという気がしないでもないが。第3楽章も巨匠の至芸。実はこの楽章はあまり好きではなく、特にイケイケの演奏はダメである。初稿の演奏拒否によってやむなく最初から書き直した楽章なのだから、こんなところにピークを持ってきてどうする。(ここを聞き所として紹介しているサンプルCDなどを聴くと、制作者はアホじゃないかと思うほどなのだ。)一生懸命やるのは野暮の極地、クナのようにかったるさを感じさせるくらいでちょうど良いと私は考えている。ワルターもさすがである。いい塩梅に力が抜けている。というより、老指揮者にとっては長ーい終楽章で電池切れにならないために息抜きが必要なのだ。とはいったものの、そのフィナーレは先述したように響きの薄さが致命的。冒頭のスタスタテンポでもうガッカリだが、1分07秒からの爆発の迫力不足には大落胆である。とはいえ、この録音のほぼ2年後に世を去る指揮者に爆演を求めること自体が無茶であることは分かっている。「名曲名盤300」も90年代になると当盤には誰も点を入れなくなる。演奏、録音ともに優れたディスクが続々と登場したからであるが、もはや当盤は「本当に長い間ご苦労さまでした」(=お役ご免)ということかもしれない。

追記
 ネット上で「ワルターのステレオ録音の音の変遷を再確認するため」としてLPから最近のCDまで「英雄」を聴き比べた人の感想を読んだことがある。マックルーアがマスタリングを担当したCDは「(LPより)クリアになって低音も充実して音楽としてのバランスが良かった」そうである。一方、別人によるSBM盤については「元々多めのテープヒスを押さえる為か、高音が弱くなって、全体がもっこりしてしまいました」「高音のヌケの良さが無くなって、つまらない音になってしまったようです」とあり、「不自然に高音を強調した」という私の印象とは少々異なる。再生装置もそうだが、あるいはそれぞれの考える「高音」の範囲が違うためかもしれない。ところで、この人によるとDSD盤はLPの音に最も近かったそうである。「ワルターのステレオ録音はもともと高音をきつめに録音されている」とのことで、それが「旧LPに馴染んでいた耳にはとても懐かしく聴けた」ということらしい。ここでマックルーア盤に戻ると、「最初のCD化に際し、マックルーアはその欠点をイメージを変えずに補正しようと考え、低域を補強してバランスを改善した」とあったので、あるいはそれが正解なのかもしれない。(LPを1枚たりとも買ったことのない私には何ともいえないが・・・・)いずれにしても、「元の良さを生かして積極的にバランスを取り直したマックルーア盤がやはり現状では一番かと思います。少なくともSBM盤よりは良い」には全く同感である。

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