交響曲第5番変ロ長調
クリスティアン・ティーレマン指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
04/10/29
Deutsche Grammophon 00289 477 5377

 鈴木淳史は「クラシック悪魔の辞典【完全版】」(2001年12月)にて、この指揮者のことを「SP盤オタクが指揮者になったような、何ともヒストリカルな解釈が復古主義者とネオ・ナチにバカ受けした。この大胆な解釈の開き直りは、伝統と切れているところからスタートしていることの証」と解説している。ただし、【不完全版】の刊行は1999年7月のことであり、仮に同じ文章の使い回しで済ませていたとするならば、その時点でのティーレマンの実力に対する評価は「保留」だったと考えても良いだろう。ところが「クラシック名盤ほめ殺し」(2000年6月)になると、「ライン」交響曲(シューマン)の項の冒頭から「老舗ドイツ・グラモフォン・レーベルが久方ぶりの若手独逸人指揮者として鳴り物入でCDデビューさせしも古の話、今は単なるイロモノに成りしティーレマン君。その凋落ぶりはシノーポリをも凌がん。」と明らかに否定的口調で天使に語らせている。この間によほど不出来な演奏あるいはディスクに接したに違いない。最初はそう考えていたが、ふと思い当たったことがある。既にカラヤンの目次ページにて私は渡辺和彦による「カリスマ指揮者としてシノーポリの後継者の座を一時うかがいかけたものの、賢明なファンによって早々に見破られてしまった」というティーレマン評(CDジャーナル2000年4月号掲載)を紹介している。そうなると、鈴木は渡辺の尻馬にも乗ったということだろうか?
 それはともかく、ユニバーサル・ミュージックのサイトによると当盤は「2004年秋ミュンヘン・フィルの音楽総監督に就任したティーレマンの就任披露演奏会のライヴ・レコーディング」ということである。ただし、このコンサートを生で聴いたらしき人の完成度はもう一つという現地証言をネット上で見たし、HMV通販サイトのユーザーレビューも(「最高!」から「だめ!」まで5段階の評価が混在しているものの)「いまいち」が目立ち、点数も高くはなかったので当初は見送るつもりだった。ところが、某掲示板のブル5スレでは発売直後から立て続けに賞賛の声が上がり、「私的ながらベスト演奏」という書き込みも1件や2件ではなかった。そこで購入を検討することにした。ただし気になる点が1つあった。宣伝文には「82分33秒収録!」とあるにもかかわらず「組み枚数:1」だったのである。そんなに長時間詰め込んで本当に大丈夫なのか?
 過去に苦労した経験がある。DGの "PANORAMA"(作曲家別2枚組)シリーズのチャイコフスキー編DISC2である。バーンスタイン&NYPによる「ロメ・ジュリ」と「悲愴」が収録され、トータルタイムは81分16秒。CD1枚の最大収録時間は開発時の74分強から80分近くまで収録できるように改良(CD-Rの記憶容量が600MBから700MBに増えたことに相当)されたことは知っていたが、80分超のディスクは初めてだった。果たしてカーステレオで聴いていた時に問題は起こった。「悲愴」第2楽章以降は音飛びの連続で、正常に再生されないのである。長時間化はビット幅を狭くするとともに外周ギリギリまで信号を記録することによって達成されたらしいが、一部のプレーヤでは反射光をうまく読み取れない、あるいはピックアップが最外周にアクセスできないというトラブルが発生していたようである。私の遭遇したケースもそういった症状が原因ではないかと考えた。(結局は車中再生用として「悲愴」のみ収録の青裏を作成した。)なので当然ながら腰が引けたけれども、ダメならダメで2枚に焼き直せば済むだけのことだ。そう割り切って注文したが、届いたディスクは全ての装置にて問題なく再生できたので拍子抜けしてしまった。全く訳が判らない。(収録時間に関係なく私のカーステは選り好みをするようだ。)
 何にしてもまともに聴けるのはありがたい。そうなるとディスク交換の手間が省けるというアドバンテージの分だけチェリビダッケ&MPO盤を上回ることができる訳だ。これで演奏内容さえ優れていれば。実際に聴いてみた。
 第1楽章冒頭の序奏を聴いて早くも「粗いな」と思ってしまった。(1分08〜16秒で合ってないのが判る。)やはりチェリ時代の精密さは望むべくもないのか。また強奏すると身構えていたらスカされることも何度かあった。これは「イロモノ」の顕れなのか? (ついでながら本ページ冒頭の「ヒストリカルな解釈」で思い出したが、許光俊は「クラシック名盤&裏名盤ガイド」のチェリの項で指揮者を「アナクロ」呼ばわりしていた。となると、ティーレマンはここでも仙人、じゃなかった先人のスタイルを参考にして極端に遅いテンポを設定したのだろうか?)とはいいながら、私の指摘は些細なもので大きな傷は全くない。ミュンヘン・フィルの音色は以前と変わらず非常に美しい。おそらくチェリの5番で最高レベルのAUDIOR盤(AUDSE-523/4)をも凌駕すると思しき優秀録音ゆえ、それを堪能するには当盤こそが最も相応しいといえるかもしれない。ネット上での高評価にも納得である。ただ惜しむらくは、チェリ盤から感じられた凄味のようなものが最後まで影を潜めていたこと。壮絶さは流麗な音楽の代償であると言ってしまえばそれまでだが、もしかすると指揮者による喝が全く入らなかったせいかもしれない。そんな気もしてきた。ならば今後ティーレマンに求められるのは禅の修業、そして発声練習ではなかろうか? 地声が極端に悪いなら別だが是非とも検討して欲しい。

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