交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」
クラウス・テンシュテット指揮ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団
84/04/11
TDK OC-021

 目次ページやBPO盤ページで宣言していたように当分は手を出さないつもりだったが、今年(2006年)3月の東京出張の前には、もし安い中古でも見つけたら(BPO盤評末尾に挙げた理由もあって)買っても良いかなと考えを変えつつあった。ところが都内の中古屋を廻ったものの僅かに2点を見つけただけ、しかも価格は安くて税込2700円強だった。「これほどまで人気の高い品なのか!」と驚きを新たにするとともに、ならば早く聴かなければという焦りも募ったけれども、せめて2000円を切るまでは待とうと心に決めた。(既には通販サイト新発売のセールが終わり、価格は三千円台半ばまで高騰していた。)ところが、ふとした手違いで注文する羽目に陥ってしまった。
 特に欲しい品がある訳でもないのに「塔」通販を覗いたのがケチの付き始め。件の2枚組は税込2990円である。当然ながら購入する気にはならない。(この価格に納得していたのなら各種ポイントが付いて最も有利な「犬」でとうの昔に買っていた。)その直後に何気なくログインして「登録情報」を見たことが泥沼への一歩となった。ポイント数が32で6月17日には一部が失効してしまう。が、あと8ポイント溜めれば1000円値引きになる。(全商品Wポイント期間だったので2000円分、実質的には送料無料となる2500円分買えば良かった。)つまり、1990円で買える。ところが、こういう時に限って何もない。それで手を引けば良かったのだが、 "Bruckner" で検索(beta版)したのが致命的だった。私はヴァント&MPOによる8番(Profil PH0600)の発売は既に知っており、セット物キャンペーン(2枚組以上のアイテムを3点同時に購入すると25%オフ)中だった「犬」に予約を入れていたのだが、何とProfilレーベルからは同じコンビの5番(PH06012)と9番(PH06009)も同日(5月31日)に発売予定というではないか! 驚喜した私は、「ならポイントはそれらに使えばよい」と即断し、当盤の注文を確定させてしまった。ところが、その直後から「何かヘンだな」と私は思い始めた。なぜ他の通販サイトでは扱っていないのか?「塔」の検索結果にしても「販売していません」となっている。「そういえば」と私は思い当たった。某掲示板には、9番は同日発売のシューベルトと混乱しているのではないかという疑問が提出されていた。かくなる私も「グレイト」の紹介ページにあった「1999年9月28日」という録音年月日を見て、sardana盤(98年)と別音源という誤確認をしてしまったのである。などと冷静に考えてみれば、J.Berky氏によるディスコグラフィサイトの "New Releases" に掲載されていたのもガセ情報の可能性が高い。とダラダラ書いてはみたものの、早とちりに基づく失敗注文であったという事実は動かしようがない。もしこのまま何もめぼしい品が見い出せなかったらどうしよう、と私は途方に暮れたが、嘆くばかりでは芸がない。で知恵を絞ってみたらすぐ名案が浮かんだ。(立ち直りの速さが取り柄の1つである。)以前長いこと待たされた挙げ句に結局向こうからキャンセルされた2500円の品があった。それは今でも注文可能。ならば、それに最低1000円の品を組み合わせれば送料無料となり(1000円割引でも無料ラインをクリアできる)、しかもどちらか一方が入荷すればポイントを消化できるということに気が付いた。当ページのアップ時には既に注文を入れているはずである。いつもの癖でどうでもいい話をダラダラ書き連ねてしまった。すまん。
 ここでいきなりだが、宮岡博英は「クラシックの聴き方が変わる本」巻末の特別企画「トンデモ盤大集合!」にて、テンシュテット&LPOによるブラームスの第1交響曲EMI正規盤(84年録音)を挙げた。「爆発的な盛り上がりと緊張感を聴かせるライヴとは打って変わって、構えが実に堂々たるものなのに臆病なくらいの細かい仕上げを実現している」らしい。(私はそのCDを同級生から借りてテープで聴いていたはずだが、どんな演奏だったか忘れてしまった。)さらに「リハーサルでここまで仕上げた上で、舞台では感情的な揺さぶりを加えるのだろう」と分析していた。演奏会で何度か採り上げることによって曲を熟知し、その上でスタジオ録音に臨むというのが指揮者の常套手段(その典型例がベーム&VPOの7番、ケーゲル&ライプツィヒ放送響の8番、そして最近比較試聴を行ったケルテス&LSOの4番のように数日後にセッションを組むケース)であるように思うが、テンシュテットの場合はちょっと違うようである。このブル4も81年BPO盤は「立派だけども遅くて退屈」(←誰かの形容だったような)という感なきにしもあらずだったが、その3年後の当LPO盤では打って変わって勢い良く燃えさかっている。通販サイトの「熱く濃厚!」というキャッチコピーに偽りはなく、聴いているこちらまで火傷しそうなほどである。さらに紹介ページには「…激しく横に揺れ動き、うねり、猛り狂うブルックナー」「生物的な、無数の環状生物がもつれ合っているような演奏」といった仰々しい文面が並んでいるが、それにも十分納得がいく。かといって粗くなっているということは全くない。素晴らしい。(そうなると、他の指揮者でもスタジオ録音からあまり時を経ずして同じ曲が演奏された場合には期待していいのかもしれない。)以下、印象に残った箇所についてコメントする。
 第1楽章5分過ぎ、ブルックナー・リズムの裏で弾いているヴァイオリンがかなり耳に付くが、それが先の「うねり」「もつれ合い」の原動力になっているのではないだろうか。ここに限らず主題を担当していない所でも弦に積極的姿勢を感じる。11分過ぎから始まるコラール部分はそれを通り越してヒステリックにも聞こえ、必死の形相で棒に従おうとする奏者の姿がついつい目に浮かんでしまった。写真やDISC2収録のリハーサルを聴く限りテンシュテットは温厚な人柄に思われるが、もしかするとトスカニーニやムラヴィンスキー級の暴君タイプだったのだろうか? (←もちろん妄想ですよ。)ラッパのクレッシェンドに先導され、11分53秒に超弩級クライマックスを迎える。BPO盤は大王か誰か偉いさんの堂々たる入場といった感じだったが、当盤はまるで爆弾が落ちたかのようである。指揮者がこの楽章で一点集中主義を採用したのは明らかだ。そういうやり方を徹底するならば改訂版由来のティンパニは絶対に必要だ。もしなかったら、聞き手は屋根に上った後に梯子を外されてしまった人のごとく途方に暮れるしかなかったであろう。第2楽章も重苦しさよりは躍動感の方が際立っている。やはり弾むような第3楽章も上々の出来。BPOの重々しい響きよりはるかに相性が良い。終楽章は冒頭からザワザワ感が凄まじく、何かとんでもないことが起こるのではないかという胸騒ぎすら覚える。それは裏切られない。1分18秒の盛り上がりはさほどでもないが、2分30秒の大爆発は第1楽章中間部同様に壮絶そのもの。ここでもシンバルがなくてはならないものに思われた。さらにコーダの充実ぶりはスタジオ盤とは桁違いである。(あちらも一応は褒めたけれども、当盤を聴いた後では最後はベターっと塗りつぶされたような単調さに不満を覚えずにはいられない。)チェリ&MPO盤の神秘性やヴァント&BPO盤の厳かさといった超常的なものはここにない。ただ感じたのは終曲に向かってまっしぐらに進む指揮者とメンバーの虚心坦懐さのみ。だが感動的に締め括るにはそれで十分なのだ。あるいはライヴの熱気が私に伝染しただけかもしれないが。だとしても死んだ録音ではどうにもならなかったはず。やはり当盤の録音が極めて優秀であることは大きい。
 ということで、このディスクそのものには全く文句の付けようがないが、「未完成」とリハーサルによるフィルアップで2枚組にするという水増し商法にはやっぱり不満を覚える。これがマーラー5番(あちらも「ハフナー」&インタビューの抱き合わせ)との組合せならば、仮に売価が5割増しだったとしても躊躇なく予約注文していたところだ。

おまけ
 ライナー執筆者は山崎浩太郎。当盤収録の演奏が行われた84年来日公演当時のエピソードを中心にまとめられ、なかなかに興味深い内容であるが、「逸話」と「後日談」だけはいただかない。前者(原因)から何か中身のある後者(結果)が生まれたという筋書きなら良いけれども、何の因果関係も示さず単に「テンシュテットの胎教を受けた若きピアニストには、どんな未来が待っていることだろうか」という終止には唖然とするよりない。これでは読者は完全に放っぽり出されたようなものである。あるいは(使い回しだが)屋根から降りるに降りられなくなった、みたいな。これくらいしっくりこないエピソードを、ほかにわたしは知らない。

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