交響曲第8番ハ短調
ジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団
69/10
SONY Classical SB2K 53519

 セルのことだからブル8も緻密そのものでスケール感は小さめ、きっと快速テンポでキビキビと進められているに違いない。当盤の入手前にブラームス、ベートーヴェンなどを聴いて、私はそのような先入観を抱いていたのだけれども、それはものの見事に打ち砕かれた。
 第1楽章の出だしこそ速めであるが、最初の盛り上がりが収まってからは堂々とした足取りとなる。その後もブロックごとにテンポを大胆に変え、遅いところは結構ネットリと演奏しているので、14分台ながらスタスタとは聞こえない。3番ではうまくいかなかったメリハリ作戦がここでは功を奏しているように思う。正確な弦の刻みが神経質とは感じられないのも(よく解らないが)曲のスケールの大きさのお陰だろうか?
 意外だったのは中間楽章である。スケルツォは主部もトリオも遅いだけでなく、テンポは微動だにしない。これに近いのはカラヤンのVPO盤であるが、当盤には緩んだところが全くないので断然上である。アダージョはそれをさらに上回る素晴らしい出来映えである。8番聴き比べサイトに「アダージョだけは何といってもセル」とあったように記憶しているが、確かに史上最高アダージョかもしれぬ。感情を吐露するかのような浅薄な表現は一切聴かれない。これほどまでに静謐さを湛え、気品の感じられる演奏はない。特定パートが突出することは決してなく、純度の極めて高いクリーヴランド管の響きが貢献していることは間違いない。(弛緩防止策としてテンポ操作に頼るような真似をしなくとも済んでいるのは言うまでもない。)あんまり使いたくないが「崇高」とも言いたくなる。こういう立派な演奏を聴かされると、他の楽章も、あるいは他のレパートリーもこんな風に演奏してくれたら良かったのに、と逆に愚痴をこぼしたくなるほどだ。
 ところが終楽章は一転して速めの基本テンポで、前楽章とのトラックタイム差は何と7分(29:04 ─ 22:04)に及んでいる。危惧していた通り5分52秒で駈け出してしまう。その後もテンポが変わるたびにガクッと来る。特にコーダに入る前、18分過ぎから加速するのは痛すぎである。雲上人が突如として普通の人になってしまったような落差であるが、あるいはアダージョの超名演は「突然変異」だったのだろうか? とはいえ、出来過ぎ君の前楽章と比較すれば聞き劣りするのは当然で、このフィナーレも高水準の演奏として十分通用すると思う。コーダの端正な表現はいかにもセルらしい。

8番のページ   セルのページ