交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」
クルト・ザンデルリンク指揮バイエルン放送交響楽団
94/11/04
Profil PH 05020

 すったもんだの末にようやく当盤を入手することとなったが、その経緯については目次ページに示した通りである。これだけゴタゴタ(発売延期、「鐘」盤と同一演奏疑惑、冒頭欠落)が続くと、いかに超名演だとしても上位に置く気が失せてしまうのも当然である。
 「冒頭、弦のトレモロに乗って静かに浮かび上がる、深く息の長いホルンのソロ。ここから始まる最初の5分を聴けばたちどころに、この演奏がいかにとんでもないかお分かりいただけるはず」という宣伝文が今となっては強烈な皮肉となっている。たしかに紛れもない「と」盤であり、そうと知るには5分どころか1分で十分である。(というより、予備知識なしで聴いたら第1楽章0分47秒のワープでひっくり返らずに済ますのはまず無理だろう。)不良品なので返品して返金を要求しても罰は当たらないとは思うが、製作者はともかく販売者(海外通販業者)に罪は無い(知ってて売った訳ではない)と思われるので、今回は大目に見ることにした。
 それにしても欠落が判明するや否や「犬」通販は「廃盤」、「塔」は「取扱終了」にしたのに、国内外問わず「尼存」(およびマーケットプレイス)ではまだ売っている。外国人は大らかな性格なのでこの程度の傷は気にしないのだろうか? (そういえば「カラー版 作曲家の生涯」(新潮文庫)の「ブルックナー」中の根岸一美のエッセイには、シュトゥットガルトでの「ロマンティック」の演奏が初稿使用であるにもかかわらず、コンサートのポスターやプログラムにはそのことが全く触れられておらず、ノヴァーク2稿の楽譜を手にした聴衆が首を傾げ、そのうち譜面を辿るのを諦めるという記述があった。さらにプログラムでは「狩のスケルツォ」の解説が記されていたというのだから呆れてしまう。)もしかすると「欠落とはケシカラン!」と大騒ぎするのは日本人だけかもしれない。(ゆえに国内通販2社は自主的に販売中止したのだろう。)そうだとすれば直ちに回収→修正して出直しという可能性は低い。(初回プレスが完売すればあるいは、という一縷の望みはあるが・・・・)とりあえず身柄を拘束しておいて正解だったということにしておこう。かなり無理っぽいけど。
 何はともあれ傷を放っておくことはできない。ザンデルリンクの「鐘」から抽出した断片を挿入するのが整合性という点では一番だが、(音量レベルは低くないが)少し音が遠いのと結構ヒスノイズが耳に付いたので止めた。次善策として他指揮者&バイエルン放送響のディスクを比較試聴した結果、多少のヒス混入は認められるもののテンポとボリュームがかなり類似しているクーベリックの「鐘」盤が最も相応しいと判断した。第1楽章のトラックタイムは17分ちょっとで相当な快速だが、それは途中から疾走するためで立ち上がりはゆったりしている。問題の部分に差し掛かる直前の「ドーファーファドー」終了時点が0分43秒で当盤と全く同じである。(クーベリックでもCBS正規盤は音量不足でテンポも合わないし、クレンペラーのライヴは冒頭からスタスタで論外。)お陰で辛うじて不自然と聞こえない程度には繕うことができた。(第1楽章のトラックタイムは20分02秒から3秒延びた。)
 ディスクやブックレット等にはバイエルン放送所蔵の音源であることを示す「BR」マークが印刷されている。ゆえに音質は良好でライヴの生々しさがしっかり入っている。響きは一部のチェリの正規盤とも近い感じだ。第1楽章1分38秒からの「ドーソーファミレドー」と「ドーミーソラシドー」の応酬では、音の立ち上がりが「フワッ」とした感じで随分と柔らかいことに気が付いた。「後を引く」「粘っている」といった言葉も頭に浮かぶ。ブラスが節度を保っているのが主因だと思うが、とにかくフォルティシモでも決して威圧的にはならない。この印象は最後まで変わらなかった。冒頭からしばらくは速めのテンポだが、2分30秒以降の第2主題群から腰を落としてネットリ歌わせる。3分38秒辺りのチェロの表情づけが何とも美しい。4分28秒からの木管の掛け合いも同様だ。ただし、(本当はリズムを微妙に揺らしているのだろうが)音が寸詰まりに聞こえるところがあり、ひょっとして間引いているのではないかと疑心暗鬼に陥ってしまう。(終楽章ラストにもあった。)こうなると編集ミスの罪は大きい。6分48秒からは思い切ってテンポを落とし、8分40秒過ぎで加速。基本テンポからの逸脱という感なきにしもあらずだが、無茶ないじり方さえしなければこの曲は耐えられる。中間部コラールでのパートバランスの良さも見事だが、それ以上に感心したのは再現部。14分34秒からの力強さ、流麗さ、スケール感などなど、どれをとっても超弩級で、ここだけを採ればヴァント&BPO盤をはるかに引き離してダントツである。こんな風に挙げていったらいつまで経っても終わらない。次に移る。
 第2楽章も見事な出来映えで「柔らかく繊細に始まり、やがてあたかも木漏れ日が射しこむかのような優しい表情をみせるあたりなど、言葉を失うほどの美しさ」という宣伝文は当を得ている。単にトボトボ歩くのではなく、霜柱を1つ1つ踏み潰しているかのような念の入った足取りである。しかし、響きがBPOほど重々しくないので息苦しさは感じない。ここでも微妙な表情づけや整理された響きに溜息が出る。17分強かけた「鐘」盤のスローテンポの方が私は好きだが、やはり録音が上回る分だけ最後の盛り上がりの感動も大きい。第3楽章はややおとなしい感じだが、それまでの楽章とのバランスを考えればここをイケイケにしないのは正しい。そして、いよいよ23分の終楽章を迎える。
 1分27秒の爆発が抑制気味なのは「鐘」盤と同じ。既にあっちで経験しているから「迫力不足」と不満を感じることはない。あくまでザンデルリンクは終盤に勝負を賭けているのだ。と思っていたが、前半から流すようなところは全くない。ティンパニの立ち回る5分33秒以降でケレンを示すなど、楽想の変わり目でのテンポ変更が著しい。ところが接続部の処理が絶妙なため自然に聞こえてしまうのである。こういうのがザンデルリンクの最大の持ち味なのだと思う。(文字にするのはムツカシイ、とここでも逃げる。)この楽章を最初から最後まで全く飽きることなく聴かせてくれる演奏などそうそうあるものではない。(トラックタイム22分以上のネットリ演奏は決して嫌いではない私だが、途中を聞き流してしまうこともままあったのは事実である。)今更ながらだが当盤の音の良さは驚異的である。この音質があってこそ長大な演奏を堪能できるというものだ。(改めて「鐘」を聴くと、リミッターで絞るなど不自然なところも結構あった。)圧巻のラストについては「鐘」盤ページに書いたので繰り返さないが、土壇場で「ソードードソー」と「ドソミドソド」のリズムが合っていないのが惜しい。
 ヴァントやチェリのようにアンサンブルに寸分の狂いもないという感じはしないが、何せこの高機能オケだから粗くはない。むしろ、先に述べたように柔らかい響きのお陰で暖かさや優しさに満ち溢れているのが当盤の最大の美点といえる。(これまで聴いたザンデルリンクのブルックナーからは結構鋭さを感じたので全く違う。とりわけ「鐘」の4番は音質はもちろんのこと、解釈も所々で異なっているから、ザンデルリンクの真正演奏であるとは認めるものの当盤の2年後の演奏というのは少々怪しい。)許光俊が「世界最高のクラシック」のこの指揮者の項の終わりで「大柄な音楽作り」と書いていたが、それもよく実感できた。(音が痩せていた一部の海賊盤では、逆に細身の音楽と聞こえていた。)よって、当盤はザンデルリンクの本領を聴くには絶好の1枚といえるかもしれない。もし欠陥商品でなければ「犬」通販サイト連載の「言いたい放題」で許の推薦文が読めた可能性は大である。大いに残念だ。
 ということで、最初に触れたランキングについてだが、CD(売り物)としての評価なら文句なしに「論外」である。ただし、修復後の演奏自体は間違いなくトップスリーに入る。迷った挙げ句、4位とすることで決着した。(他サイトの企画「ブルックナー・ザ・ベスト」に最新のベスト3を投稿したばかりであり、再度修正を依頼するのも心苦しいということも理由である。)

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