交響曲第4番変ホ長調「ロマンティック」
エサ・ペッカ・サロネン指揮ロス・アンヘレス・フィルハーモニー管弦楽団
97/05/12〜13
SONY Classical SK 63301

 最初にどうでもいい話から。それにしても "Los Angeles" の日本語表記が「ロサンゼルス」「ロスアンゼルス」「ロサンジェルス」「ロスアンジェルス」とバラバラなのは本当に困ったものだ。どれを使うべきか迷っている内にだんだんと腹が立ってきたので上のようにしてやった。(これだと悩むことはない。同名の歌手の声は嫌いだが。)一方、4番目次ページは「ロス・フィル」で逃げることにした。とはいえ、これも気に入らない。いくら地名の一部としても定冠詞だけを残すというのはいかがなものか? これだと "Las Vegas Philharmonic"(実際あるのか?)を「ラス・フィル」と略しても構わないことになるし、 "El Salvador" の名を冠したオーケストラは下手をすれば「エル管弦楽団」にされてしまう。(ちなみに、日本人ボランティアの間では「エルサル」という符帳が使われているようだ。)もっと悲惨なのは "Orquesta Sinfónica de La Paz" である。(でも略す必要ないか。)他にイタリアやブラジルのオケ名に定冠詞付きの地名が入っていたとしたら・・・・(以下キリがないので暴走終わり。)
 ジュリーニと縁のあるオケだけに、是非ともこのオケのブルックナーを聴いてみたいと思っていたが、彼があいにく録音を残さなかったため、豪デッカの廉価盤(ELOQUENCEシリーズ)が発売された際にメータの4番を買うことにした。ところが、同時注文品(スダーンの4番とシュタインの6番)はアッサリ入荷したのに、どういう訳か(生産中止?)いつまで待ってもダメだった。結局期限切れによる強制キャンセル。代わって白羽の矢を立てたのが当サロネン盤である。amazon.comのマーケットプレイスで購入。評論家からは完全に無視されているし、某掲示板で話題になっているのを目にしたこともない。こういう演奏もきちんと聴いて評価するのがブルヲタの務めである。(と書いたけれども、後に検索してネット評が結構出ていることを知った。)
 その前にまたしても演奏とは無関係で恐縮だが、受け取った商品を見て驚いた。ブックレット表紙に使われている指揮者の顔写真がドアップ、というよりも完全にはみ出している。実際にはそれほどでもないのだろうが、ものすごく濃いー顔に見える。裏表紙の目を瞑った表情(アンドレア・ボチェッリを想い出した)も何となく不気味だ。表紙裏の(普段ならヘンテコにしか見えない)作曲家の顔写真がフツーに思えるのもそのお陰である。
 サロネンといえば、私がクラシックを聴き始めたころに将来を期待される若手として名が知れ出した指揮者だった。確かデビュー盤はニールセンの交響曲第4番「不滅」か「トゥーランンガリラ交響曲」(メシアン)のどっちかだったはずだ。私はそれらに手を出さなかったが、交響曲3&6番および「峡谷から星たちへ」(他2枚組)をいずれも中古で入手した。前者は悪くない演奏だったが、ある日中古屋で見つけたブロムシュテット&サンフランシスコ響の1&6番と2&3番が共に1000円だったため、それら2枚を購入すると同時に手放してしまった。よってブルックナー以外で手元にあるのはメシアンだけである。(今に至るまでよく解らない曲だが・・・・)
 実は私、彼のブルックナーはNHK-FMで聴いたことがある。細部は忘れてしまったが第1楽章中間部コラールでティンパニが盛大に鳴ったのはよく憶えている。解説は確か金子建志で、カラヤンの影響がどうのこうのと言っていたから、あるいはベルリン・フィル客演だったのかもしれない。なお当盤では改訂版ティンパニは採用していない。
 ネット評は賛否両論。Sony Music Shopは当然ながら「ロス・フィルの輝かしいサウンドを最大限に生かし切った名演奏」とヨイショであるが、ブルックナー総合サイトの投稿は「期待外れの1枚」「褒めるところを探すのに苦労する」と手厳しい。他には「ブルックナー演奏の枠組みからはあまりにも逸脱しており、新鮮だが違和感も強烈」「情緒に富みすぎて、これがブルックナーとするのにはちょっと気が引けますね」とあり(他にも同様のコメント多数)、要はそれを受け入れられるか否かで評価が真っ二つに分かれたのであろう。とにかく、私がこれまで耳にしたことのない「ロマンティック」が聴けるのではないかと大いに期待しつつ聴いた。
 ところがである。冒頭からしばらくは正攻法の演奏が続いたので拍子抜けしてしまった。(1分55秒〜のティンパニが耳に付いた程度)。が、4分過ぎから急加速。ここでテンポを上げる指揮者はそれほど多くはないのではないだろうか。(もう少し後、短調で劇的に盛り上がる部分の前から走り出す演奏は結構多いのだが。)しかも直後の4分11秒で基本テンポに戻ってしまうからよくわからない。終盤の16分57秒以降も同様のせせこましさだが、これも15秒程度の駆け足である。が、他には特に変わった解釈というのは聴かれない。ところで、再現部15分24秒以降の「ドーソーファミレ」のブルックナー・リズム(4回繰り返し)の「ドーソー」に合わせてティンパニの「ダンダン」が入るのが提示部と異なるところだが、その強烈な打撃音はあたかも楔を打ち込むかのように聞こえた。ここでハタと思い出したのだが、ジュリーニのブラ1で聴いたのと同じである。(16年隔たっているゆえ奏者は違うかもしれないが。)このコンビによる5番も聴いてみたいと思った。終楽章はチェリ&MPO盤に匹敵する修羅場になっていたかもしれない。(ひょっとしてザドロと同じく知る人ぞ知る奏者だったりして。)感服したのがコーダで、弦と管とが絶妙な音量バランスを保ったまま盛り上げていく。最後に登場するティンパニの大活躍は言うまでもない。
 第2楽章はドイツのオケとは違ってあまり重苦しくならない。「美しいオーロラの下のブルックナー」というネット評が言い得て妙と思えてくる。第3楽章は意外にも節度を保った演奏だったが躍動感には不足していない。スケルツォ主部の馬鹿騒ぎが収まった後で一旦テンポを落とし、しみじみ聴かせてから再度加速するというようにメリハリをうまく付けている。
 終楽章にはちょっと驚いてしまった。他盤では否応なしに耳に飛び込んでくる金管が1分を過ぎても抑えられており、代わって1分12秒からは弦による「CDCH」(←調が判らんので音階が取れん)の繰り返しが聞こえてくる。かなり異様な響きだ。とはいえ金管も然るべきところではちゃんと咆吼しているのだから、それも指揮者が考えた上でのことだろう。3分過ぎの短調部分から思い切ってテンポを落とし、3分52秒の移調と同時にまた速める。このようにブロックごとのテンポ変更がとてもわかりやすい。とにかくダイナミックな表現にこだわった演奏といえる。この楽章もパートバランスは取れており、激しい部分でもブラスが下品な音を立てたりしないから美しい響きを堪能することができた。ラストの盛り上げ方が見事なのは第1楽章と同じ。
 ということで、終楽章こそ多少その毛はあるものの「ブルックナーとしては異色の演奏」といった見解を私は採らない。むしろ「正統的スタイルによる名演奏」に近いのではないかと考える。

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