交響曲第8番ハ短調
ロリン・マゼール指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
89/06
SERAPHIM 7243 5 73708 2 0

 当盤は大変スキャンダラスなディスクである。ただし音楽としてではなく、商品としてである。某掲示板でそれが告発されて以降、しばらく祭り(糾弾大会)が続いた。

 511 :名無しの笛の踊り :05/01/04 14:07:39 ID:tXB0K5jZ
  1989年録音のベルリンフィルとのブル8。初出の時が2枚組、再発盤(輸入盤)
  は1枚もので発売されているのだが、表記されている録音時間があまりにも
  違いすぎる(3楽章で20秒近く違う)。気になって調べてみたら、再発盤の方
  がちょっとだけ早回しで録音されていた。大手のEMIでもこんな海賊盤まが
  いのことやってるのを知ってショックだった。本人は知っているのだろうか。

 512 :名無しの笛の踊り :05/01/04 16:20:21 ID:Rb1DOs0r
  あの8番の音はどうしても好きになれなかったけれど、
  もしかしたら早回しのせいだったのかも。
  EMIは元々音悪いんだし、そんなことまでやってたらもうどうしようもないな。

 517 :名無しの笛の踊り :05/01/04 17:42:41 ID:Rb1DOs0r
  一つの楽章だけで20秒短くなっても気にしないようなセンスで
  色々音をいじくっていると考えるとげんなりしますね。

 518 :名無しの笛の踊り :05/01/04 18:57:43 ID:wqLd8XCw
  再販のとき、枚数を減らすために繰り返しをカットしたと
  いう話は聞いたことがあるが、早回しですか・・・。
  もはや病気ですね、この姿勢は。
  こんなレコード買う気が起きないよ!
  詐欺じゃない。

 519 :名無しの笛の踊り :05/01/04 19:26:46 ID:SccLMhph
  ちっきしょー!!
  EMIめ、そんなことしてんのかYO!
  録音がダメダメなだけでも重罪なのにィ!

初出盤と再発盤のトラックタイムを比較したらしき人の報告によると、後者では「誤差:第1楽章 14秒、第2楽章 9秒、第3楽章 19秒 第4楽章 21秒」と全ての楽章が短くなっているらしい。上のように無理矢理1枚に収めるために早回しが行われたという不信感が噴き出したのは当然である。しかしながら、私は当盤を他のBPOによるディスクと聴き比べても特にピッチが高くなっているとは感じられなかった。だから早回しとは少し違うのではないかと思っていたところ、偶然あるサイトでこのように言及されているのを発見した。

 演奏以外の特筆すべきことは編集ミスだ。
 あちこちで短く切りすぎているんじゃなかろうか。
 つんのめる部分がいくつかある。
(註:中略するが、該当箇所について具体的に指摘されている。)
 杜撰な仕事ですなあ、エンジニアさん。

つまり、恣意的に間引きを行ったということではないか! これは酷い!! 早回しなら音声加工ソフトで救うことも不可能ではないが、これではどうにもならない。実際聴いてみたら、終楽章7分03秒で足取りが見事なまでによろめいている。上記サイトの「ここが最もヘンだ。誰でも気付くだろう。」というコメントは本当である。(なお、セル&VPO盤を試聴中にこの箇所で一瞬間が空いていると聞こえたため、念のため当盤も聴き直してみた。が、セルの方は力を溜めようとしてリズムが少し遅れ気味になっただけであり、当盤のような不自然極まりない崩れ方はやはり間引きによるとしか考えられない。)
 ところで、没後50周年記念刊行「フルトヴェングラー」(Gakken Mook)の愛聴盤ベスト3の1枚にベト5の47年5月27日盤を挙げた平林直哉は、以前から(「クラシック、マジでヤバい話」にて)<DGオリジナルス>シリーズのPOCG-3788(97年発売)を問題視していたが、そこでは「第一楽章の二十二小節のノイズをカットしてしまい、一瞬ではあるが間合いが短くなり、前につんのめるようになっている」と指摘し、「これは指揮者の解釈の根幹に関わる問題なので、絶対にお勧めしない」と述べていた。(ちなみに、彼はそのカットがなく音質も良いという理由で2004年に再発されたUCCG-3696を推している。ついでに書くと、96年発売のPOCG-9821をシューマンの4番目当てに買った私が併録の「運命」の音に満足したのは既に別ページで述べた通りである。)
 閑話休題。そもそもマゼール&BPOの最強コンビがあんな失態を演じるはずがないではないか。真っ当な解釈をしたにもかかわらず、あの「ボレロ」のような脱力演奏と勘違いされたら指揮者としてもたまったものではないだろう。よって、私も「指揮者の解釈の根幹に関わる問題」という理由で当盤の批評をボイコットしたい気分である。(それ以前に、既にここまでで精神的に疲れてしまった。まともなディスクならば全く書く必要がなかったことだから。)が、同音源を使用したディスクが他に出回っていない(中古市場を捜す気にもならない)ため、気を取り直して執筆に臨むことにした。
 目次ページで触れた高畑直文の「バイエルン放送響のとの仕事の中で少しずつではあるが、かつての才気が狂気に姿を変えて出てきた」というコメントは90年代以降のマゼールについて述べられたものであるから、当盤の録音は指揮者がまだ客観的アプローチに徹していた頃(そして一部の評論家には「昔と比べてつまらない」と聞こえていた頃)に行われたと考えられる。(そういえば高畑も50年代末から60年代初頭と比較して、「この15年ほどのやる気のないようなマゼール」と書いていた。「やる気のない」と言い切らずに「ような」を付け足すところがいかにも優柔不断だ。)だから、それを聴いても「狂気」はおろか「変態」や「際物」といった印象を抱かないのはむしろ当然といえるかもしれない。前年の7番以上に正攻法の演奏である。
 第2楽章トリオのテンポを主部より速めに設定するところなど、かつての「ヘンテコ演奏」の片鱗が窺えるし、そこでブラスが気合いを入れて吹きまくるのもあまり例がない。が、他に「アレッ」と思ったところはなかった。壮絶なティンパニ協奏曲状態となる第1楽章中間部や終楽章冒頭も解釈自体は真っ当そのものだし、前者で決して駆け足にならず遅めのテンポで押し切るのは円熟の境地に入った指揮者の貫禄を感じさせる。また、スケルツォ主部の締め括りでの気合いの入り方も尋常ではない。世界トップのオーケストラとの共演であるから、大曲の8番には真っ向勝負を挑んで最高の演奏を成し遂げてやろうという相当な意気込みを持ってマゼールは録音に臨んだに違いない。オケもそれに十分応えている。(せっかく名演として実を結んだのに、再発盤の製作者によって台無しにされてしまったが・・・・)それゆえ、カラヤンの後任問題で両者が一時絶縁状態に陥り、全集が完成しなかったのは返す返すも惜しまれる。
 ところで、90年代に入ってのマゼールの転向(色物志向)は、それが契機になったのではなかろうか。つまり、チェリと同じく腹癒せとして「やりたい放題」に走ったのではないか。そんなことをふと考えた。以下も想像の域を出ないが、もしアバドでなく彼が「新帝王」に選ばれていたら、おそらくEMIのブル全集は出来上がっていただろうし、それは名演揃いであったかもしれないが、「他に替えがきく」ものになっていたような気がする。(その一方で、95年以降のヴァントのBPO客演は実現しなかったかもしれないし、そうなれば超名演のブル45番も当然ながら存在しないことになる。)実際には数々の異色演奏がBMGレーベルに残される結果となったし、ブルックナーは今世紀に入ってからBRSOと全曲演奏・録音されることとなった。何となくであるが、こちらは「他には代え難い」ものに仕上がっているように思えてならない。果たしてマゼール落選は良かったのか悪かったのか? (「かもしれない」の連続だけにそうなるのは当たり前だが)訳が解らなくなってきたのでもう止める。

おまけ
 BRSOと96年に演奏された8番がDVDとしてリリースされていたことを遅ればせながら(発売後4年以上も経ってから)知った。今月(2005年6月)に廉価盤として再発される予定で、生協で買えば2000円以下で手に入る。ただし、既に述べてきたように私は映像ソフトは購入の対象外としてきた。プレーヤを持っていないので視聴はPCに頼るしかないし、ファイル圧縮による音質劣化も気に懸かるというのが理由である。が、トータル90分超という相当なノロノロテンポらしく、もしかしたら極大スケールの名演が聴かれるかもしれないという期待もあるため、この方針を維持すべきか否か迷っている。(2005年11月追記:通販のセール時に買ってしまった。なお、正味の演奏時間は約88分である。)

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