交響曲第9番ニ短調
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮バイエルン国立管弦楽団
58/02/10
LIVING STAGE LS 1009

 9番の改訂版は酷いと聞いてはいたが、噂に違わぬひどさであった。改竄者は「やってはいけないこと」をわざとやったのではないかと思うほどである。挙げていけばきりがないほどだが、例えばスケルツォ主部のオーケストレーション、特にティンパニの入れ方。(全曲を通じて、ティンパニ挿入には酷くないものを見つけるのが不可能である。)
 音質も版に負けず劣らずひどい。保存の悪いテープを使用したのだろう。所々で音が途切れ、歪む。ついでに書くと、ブックレット表紙のクナの写真は解像度の低いデジカメ写真を引き伸ばしたような粗さで、画素のギザギザがはっきり判る。中を開けてみると、録音年月日こそ記載されているもののトラックタイムはない。もちろん解説などある訳がない。さらにオケ名が "Munich Philharmonic Orchestra" となっている。(もちろん誤記で、"Bavarian State Orchestra" が正しい。)何より呆れたのは各楽章の指示である。

 1.Gemaessigt, mehr bewegt, misterioso
 2.Andante. Bewegt, feierlich, quasi Agagio
 3.Scherzo. Ziemlich schnell
 4.Allegro. Finale

何かの冗談であろうが、これには絶句である。第2楽章がアンダンテ、第3楽章がスケルツォ、そしてアレグロの終楽章まで付いているとは!(ちなみに、インバル盤に載っていた未完のフィナーレの指示は"Bewegt, doch nicht schnell"である。)どこからこれを持ってきたのだろうかと思って捜してみたところ、第3交響曲だと判明した。どうやら同レーベルによる3番MPO64年盤(LS-1003)の記載をそのまま持ってきてしまったのが敗因らしい。ともにニ短調だし、9番の第1楽章にも"misterioso"とあるので勘違いしたのであろう。ただし、上と同一の記載は3番の初稿および第2稿(ノヴァーク、エーザー版とも)にしか見られず、ノヴァーク稿や改訂版を使用したディスクでは第1楽章は"Mehr langsam, misterioso"となっている。(もっとも海賊盤はこの限りではない。)実にいい加減なものである。ところが、NDRとの62年盤(LS-1019)では"Mehr langsam......"なのだ。このテキトーさは、いかにもこの指揮者のディスクらしいといえるかもしれないが。(とはいえ、62年盤の第1楽章はクナの3番として巷に出回っている5種中では最も演奏時間が長いので"Mehr langsam"はあながち間違いではないのかもしれない。)
 目次ページで触れたクナッパーツブッシュのページの作成者S氏は、当盤の感想として「(玉石混合のLIVING STAGE盤の中でも)買ってはいけないクナのCDだった」と述べていたが、それは極めて正当な評価だと思う。当盤はこのレーベルのディスクとして私が初めて入手したものだが、いきなり「買ってはいけない盤」に当たってしまったとは! (しかしながら、最初に飛び切り強烈なワクチンを打たれたお陰で、以後入手したLIVING STAGE盤はさほど酷いとは思わなかった。当盤より音質劣悪なディスクはいくら何でも売り物にできないだろう。)それで入手直後はフェドセーエフの4番と同じく「二つ折りの刑」に処そうと思ったのだが、冷静になってみると、こんな最悪版による9番演奏にはむしろ当盤のような情けない音質こそがお似合いではないかと考えるようになった。例えば第1楽章はまさに息も絶え絶えという感じで終わるが、音質ボロボロの当盤はその雰囲気とピッタリである。また終楽章のエンディングでは「ソー」(C)の持続音がいったん静まった後、もう一度鳴らされるが、これは典型的なワーグナー風(いくつかの有名管弦楽曲のラストが思い浮かぶ)の改竄で、ここまで見事な、いや酷い「蛇足」は他には見当たらない。これに憤慨するにも、やはりヨレヨレの当盤の方が向いている。(BPO50年盤は少々スマートすぎる。)
 ということで、ORFEO盤の特価セールにて(8番55年バイエルン国立管盤と同時に)1390円で入手するチャンスもあったのだが、買い直すことも見送った。9番改訂版のグロテスクさを堪能(?)したいという少々悪趣味な聴き手にとって当盤はもってこいだと思うが、クナのブル9を鑑賞するという純粋な目的をお持ちなら、やはり正規盤を入手すべきであろう。

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