交響曲第8番ハ短調
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団
63/01/24
DISQUE REFRAIN DR910005-2

 例のS氏が他のあらゆるブル8演奏よりも好み、「超絶的名演」とまで書いているのがこのライヴである。氏はさほど音質の良くないこの音源を用いたディスク中では、キング(SEVEN SEAS)盤が多少はマシと述べているが、目次ページに書いたようにネットオークションでも結構値が上がる。(私がチェックし始めてからは4000円にはなっていた。)一方、青裏のRE! DISCOVER盤は無競争で入手できるようだったが、氏によると「復刻失敗」ということなので見送った。ようやく昨年暮れにDISQUE REFRAIN盤を(ここまでの出費は構わないとする)自動入札価格の約2/3で落札した。(現物を受け取ったのはまさに年の瀬の12月30日だった。)キング国内盤よりも音質が劣るということだが、いざ聴いてみると遠い感じだし(演奏中の会場ノイズはほとんど聞こえない)、不安定なテープ走行のためか音はフラフラ揺れ、よく途切れる。購入価格を考えたらまあ良しとしなければならないだろうが、決して聴きやすいとはいえない。
 同じオーケストラと同月に行われたスタジオ録音の日付は不明だが、演奏会をリハーサル代わりとしてレコーディングに臨むというのは他にも例があることから、やはり当盤収録の演奏の方が先であると考えるべきだろう。平林直哉は両盤の演奏が瓜ふたつであるとキング(Tahra)89番BPO国内盤の解説に書いていた。彼が「大きく間をとったり、テンポの揺れも大きくするなど、いかにも実演にありそうな音楽の流れである」と指摘しているように、当盤の方がライヴ特有の即興性が感じられるし、前半2楽章がスタジオ盤よりそれぞれ1分ほど速い分だけ勢いがあるのも確かだが。(きっと面倒なので録り直しもしかったのだろう。合っていない部分もそのままになっている。)とはいえ、さほど時期が離れていない2種の演奏だけに、51年BPO盤や55年バイエルン国立管盤ほどにはスタイルの違いを見い出すことは難しい。となると、スタジオ盤よりもはるかに情報量が少ない当盤からどれだけ多くの(曖昧だが)「音楽」を感じ取れるかは、ひとえにクナへの思い入れの深さにかかってくる。指揮者に対する愛着と感動が正の相関関係にあるのは何も当盤に限ったことではないが、この演奏では特にrの値が大きい(1に近い)のではないかという気がする。
 ということで、私は年末年始の休み中何度かこれを聴いたのであるが、結局のところは「鑑賞するならステレオ録音」と思ってしまった。(例えば第1楽章終盤のカタストロフの途中からしんみりするところ、あれはスタジオ盤だと格別だが、当盤だと哀しみが十分に伝わってこないのだ。)その大きな理由として、459番の改訂版と比べて8番の場合はさほどグロテスクではないことが挙げられると思う。スタジオ盤のページにあれこれ書いたが、この曲におけるシャルクの改訂も劇性を増強するために行われたという点では他と変わりはないのだが、そして少なくともその点では成功を収めていると私は考えているのだが、あくまで手の加え方は慎重で、決して悪趣味にはなっていない。ここが肝心である。9番バイエルン盤ページで述べたように、悪趣味な音楽には劣悪な音質が似合う。ゲテモノを食するにナイフとフォークを使うのではなく、手づかみで口に放り込むのが相応しい。乱暴な喩えだが、こういうことかもしれない。ならば激しいところはこのライブの方が良い、となるはずだが、5番MPO盤ほど凄まじい鳴りっぷりではないため、聴いている側も燃え(萌え)ない。スケール拡大を優先させる晩年様式に入ってしまったのがここではマイナスである。残念ながら私には最後まで中途半端な印象が拭えなかった。
 併録のバイエルン国立管との「未完成」(58年録音)は極めて真っ当で、ベートーヴェン「英雄」のように剽軽なところもある演奏を予想していた私ははぐらかされた格好だが、スケール感にも音の深さにも不足はなく大いに気に入った。この後にブル8の前半楽章を入れるというカップリングのやり方がまたいい。(ブルックナーの余韻に浸っている時に他の曲が始まるというのは何とも興醒めだからだ。)

2006年11月追記
 この日の演奏を収めたディスクが今月3日にDreamlifeから発売された(DLCA-7011)。バイエルン放送提供のオリジナル音源から新たにCD化したという話だが、当初私は発売情報を得ても全く食指が動かなかった。ところが、例のS氏のブログにて手放しで賞賛されていたのを見て実際に聴いてみたくなった。いつもながら人間味溢れる彼の文章には好感が持てるし、それゆえに信頼が置けるとも考えているからである。(他に絶賛しているサイトがもう1箇所あるが、そこはいつも決まり文句を並べているだけの感があるため「必聴の名演として強力に推薦」と書かれていても額面通りには受け取れない。)2枚組ながら税込2500円という良心的な価格設定がされているし、国内盤は生協割引によって0.85掛け(生協価格)で買える。それで今聴きながらこれを書いているのだが、本当にいい音である。予想をはるかに上回る音質改善がなされ、モノラル録音としては文句の付けようがない。比肩しうるのはコンヴィチュニー盤ぐらいか? 既所有のDISQUE REFRAIN盤とは雲泥の差なので「泥」の方は当然手放す。(併録の「未完成」はとりあえずMacに取り込んでおく。)
 上手くは言えないが音に何ともいえぬ深みがあるため、同年同月のスタジオ録音以上の凄味(特に終楽章は超弩級)を感じた。こうなるとクナのVPO盤はもちろん、スタジオ盤よりも上位にランクさせなければならない。これがもしステレオで録音されていたら、かなり長期間にわたって「決定盤」の地位に留まっていたのではないか。そして原典版(ハース版やノヴァーク2稿)の普及も相当遅れたることになったに違いない。などと思わせるほどの超名演である。それが認識できたのも制作者の尽力があってこそである。ここに感謝したい。

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