交響曲第5番変ロ長調
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
56/06
LONDON POCL-9703

 私がこの演奏を最初に聴いたのは、上記LONDON(DECCA)レーベルによる1000円廉価盤によってである。後にアマゾン・マーケットプレイスで45番2枚組のキング盤(KICC-9367〜8)を発見したが、配送料を入れてもTESTAMENTの4番再発盤より安かったので、5番のダブりを覚悟で購入に踏み切った。重複所有となった5番の音質を比較したところ、後発のLONDON盤の方がメリハリが利いており、幾分かは聴きやすくなってはいるが、一部ネット上で言われていたような「劇的な音質改善」というほどの違いはなかった。(ゆえに、再発盤の宣伝文句を鵜呑みにするのは危険だと考えている。)両盤ともダイナミックレンジは狭く、逆に不自然なほど左右の分離があり、時代を考えれば仕方がないがステレオ録音としては不満が残る。ただし、LONDON盤はカップリングされたワーグナー管弦楽曲(名演)が捨てがたく、結局は2枚組のケースにKICC-9367とPOCL-9703を収納するということで決着した。押し出された形のKICC-9368はPOCL-9703のケースに入れてあるが、(もちろんトラック5が入っていないのを断った上で)そのうち誰かに譲ると思う。
 さて、LONDONのブックレット表紙裏には小林利之のコメントが載っている。冒頭から、少し長いが抜粋してみる。

  悪名高いシャルク改訂版での演奏だが、第1楽章から底知れぬ
 深みに降りて行くような陰翳の濃い響きと、ダイナミックスの凄
 味で惹きつけてしまう。アダージョにみなぎる平安の世界は、素
 朴をきわめた祈りであり、対位法の粋を尽くした終楽章の最後の
 ところで、あのブルックナーならではの朴訥そのもののコラール
 主題が、強烈に打ち鳴らされるティンパニや全管弦楽の熱奏を圧
 倒、朗々と響きわたる信じがたいほどのクライマックスでは、そ
 れこそ魂を震撼させずには措かない。

途中の「アダージョにみなぎる平安の世界」や「素朴をきわめた祈り」などは例の評論家みたいだけれども、全体としては当盤の特徴を的確に言い表したなかなかの文章だと思う。
 これに対して、改訂版を手厳しく批判していたのがヴァントである。ケルン全集のブックレットに収録されている「ギュンター・ヴァント、大いに語る(2)」(聞き手は許光俊)では、5番の改訂版を好んで使った同郷のクナについて訊かれると、「私は同僚の音楽家の悪口は言わないことにしているんだ」として直接的な個人攻撃こそ避けたものの、「まったく、恥さらしもいいところだが」から始め、第5改訂版の「たいへんな悪影響」について延々と語ったように、シャルク改訂版については全く手加減していない。(一方、浅岡弘和によると、チェリビダッケはクナについて「悪い音楽家だが下手な指揮者ではなかった」と語ったらしいが、あるいは「悪い音楽家」には版の選択も含まれているのではないかと私は考えた。クナの伝記の類を読んでいない私は、彼の私生活についてはよく知らないし、チェリがクナの人間性にまで踏み込んで批判したのかも判らない。) 彼によると、「7番などにおけるトライアングルやシンバルの追加なんていうのはまだしもかわいいもの」で「シャルクがやったのは5番全体のオーケストレーションのやりなおし」で「ブルックナーの痕跡はまったく残っていない」とのことである。(ついでに書くと、彼の「まるでメンデルスゾーンとワーグナーをごちゃまぜにしたような響きがする」という発言は興味深い。ワーグナーはまだ解るが、メンデルスゾーンの音楽はそんなに聴き込んでいない私には、両者がごちゃ混ぜになるとどうなるのか想像もつかない。今後当盤を聴く際には響きにもっと注意深く耳を傾けようと思っている。)「全体」や「まったく」はちょっと言い過ぎではないかと思うが、ヴァントがそう言いたくなった気持ちはよく解る。第1楽章6分39〜46秒で原典版では派手に鳴る金管が全く出てこないが、これはいったい何なんだろう? こういう響きは非常に心地が悪い。第2楽章途中にティンパニ強打を入れるのもいかがなものかと思う。5番改訂版に関しては、大規模なカットや終楽章のエキストラ(金管&打楽器付加)に言及されることが多いようだが、私がそれ以上に気になるのはこういったオーケストレーションの(どちらかといえば些細な)改変である。もし豪快にやりたいのであれば、マタチッチのように原典版と改訂版の「ええとこどり」をしてくれたら良かったのに、と残念に思う。まあクナにすれば、「そんなの面倒くさくてかなわんわ」ということだろうが・・・・
 とはいえ、(もちろんシャルクらによって別人の音楽に仕立て上げられてしまった部分は別として)当盤からもある程度は「ブルックナーならでは」の音楽を聴き取ることができるし、「お前は切り裂き魔か」と言いたくなるような、とても正気の沙汰とは思えないズタズタカットによってトータル60分ちょっとになってしまったが、ここまでトンデモをやられたら却ってサバサバする。最初から原典版とは全くの別物、何かのパロディあるいは(ホフナング音楽祭のような)冗談音楽と思って聴けば腹は立たない。というより、金管や打楽器はやたらと派手だが弦の音は重々しくて暗く、そのアンバランスさが不気味な印象を与える結果となっているので、 グロをグロとして受け入れられる私のようなアクシュミ人間は文句なしに当盤を愉しめると思う。ただし、先述したような貧しい音質がゲテモノ鑑賞の妨げになっていることは否めない。(9番がステレオ録音だったら、もう少し肯定的に評価できる部分もあったに違いない。)特に両端楽章ラストのドンチャン騒ぎがマタチッチ&チェコ盤ほど音の洪水にならないのが惜しまれる。最新デジタル録音による改訂版演奏のディスクが何種類か出ているようだし、買って聴いてみようか?

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