交響曲第3番ニ短調「ワーグナー」
ハンス・クナッパーツブッシュ指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
60/02/14
Altus ALT-071

 既にクナの3番は4種類所有していたし、ネット評や通販サイトのレビューもイマイチだったので購入する気はなかったのだが、例によってネットオークションの野次馬入札によって入手した品である。開始価格のまま終了だからもちろん高くない。ただし、Altusレーベルのディスクは発売後遅くとも2年も経てばセール特価として1580円程度で売られるようになるだろうから、本当にお買い得だったのかは疑問だ。(ちなみに2004年12月現在、クナのブル3として入手可能なディスク中では当盤が最も高価である。)
 さて、残念なことに当盤で真っ先に触れなければいけないのは音質である。何せ「極道コンビ」(たしか全日本プロレスの往年の名コンビ、グレート子鹿と大熊元司のニックネームだったような)ことアイヒンガー&クラウスがマスタリングを担当しているのだから。実はシューリヒトの8番VPO盤の追記で紹介したクラシック総合サイトの管理者S氏によるコメントは当盤についてのものである。ここでは繰り返さないし、詳細は氏のサイトで読まれたら良いだろう。演奏についても氏の評があれば十分という気がする。
 とにかく、徹底したノイズ除去によって当盤は「パサパサ」という擬態語がまさにピッタリというべき音質にされている。加熱時間が長すぎたために旨味たっぷりの肉汁が抜けてしまった揚げ物、蒸し物のようである。(あるいは100g138円で買ってきた鶏のササ身を表面だけサッと茹でてタタキで食べようと思っていたのに、長電話に夢中になっている間に中まで完全に火が通ってしまい、結局48円のムネ肉同然になってしまった、みたいな。自炊を始めてしばらくはこういう失敗を何度か繰り返した。)いくら食べても血中コレステロールが上がったりしないという点で健康的には違いないが、旨味はどっかに行ってしまっている。(煮物なら汁に溶け込むので救いはある。)これでは「病人食」である。拍手が鳴り終わらぬ内に始めてしまう冒頭を除き、クナらしさが全くといっていいほど感じられないというのが当盤の最大の特徴である、と言ったら言い過ぎか。
 hmv.co.jpにて表示される当盤の受注数はそこそこ伸びていたようであるが、音質のせいでやたらと枯れた演奏に聞こえてしまう当盤だけに、いっそのことシューリヒトの演奏として売り出したらどうだったのだろうとふと考えた。(←詐欺ぢゃ。)スタジオ録音ということもあって彼の真正のVPO65年盤は端正な演奏であるが、それと比べれば当盤は淡々とした印象ながらも「腐ってもクナ」であるからスケール感も自由闊達なところもある。「EMIスタジオ録音の5年前の初出音源、シューリヒトらしい端正さに加えてライブ特有の即興性も満載の名演」のようなキャッチフレーズを付ければもっと売れたんじゃないだろうか。実際のところ、間もなく発売されるシューリヒト&NDRによるブルックナー45789番(ヘンスラーの正規盤、うち8番初出)は既に予約が相当数に上っているようだし。こんなアイデア(悪知恵)ならいくらでも思い付く。が、開始時の拍手の処理を巧くやらんといかんな。

2006年4月追記
 先週日曜日にクナとヘッセン放送響による「V字」(ハイドン)&「運命」(ベートーヴェン)の国内盤(KKCC-4234、オリジナル番号はTAH 213)を聴きつつ日本語解説書を読んでいた。執筆者の山崎浩太郎は「クナ開始」、すなわち拍手が鳴りやまないうちに演奏を始めてしまうクナ独特の手法について延々と自説を展開する。彼は当初「拍手が途切れて静かになってしまうと静寂が恐ろしくて指揮が始められなくなる」という指揮者の説明を素直に受け取り、「なるほど、シャイな人なんだな」と思っていたらしいが、後に違った考えを持つようになったということだ。その根拠は「(彼の聴いた限りにおいて)ブルックナーやオペラでは静寂を待って開始していた」という点である。ところが、クナのブルックナーとして今のところ最後(2003年)に発見されたこの音源により、それは脆くも崩れ去ってしまった。本文末尾に記した通り、当盤でも「クナ開始」が採用されているからである。こうなると「曲によって使い分けていた」「金管をふくむ総奏で開始をする曲では(中略)なかばヤケクソでタクトを振りおろすことにしていたのかもしれない」、あるいは(「クナ開始」が)「彼独特の演出だったのではないか」「ピアニストたちの方法に、どこかで通底しているのかもしれない」(後にバックハウスとの関連について言及)といった考察も全て虚しく響くだけである。山崎は某掲示板にて「『最初に結論ありき』で評論を書く」(ならば吉澤ヴィルヘルムの同類?)などと叩かれていたように記憶しているが、それが凶と出てしまった典型といえるだろう。とはいえ、当たり障りのない凡庸解説を読まされるよりはずっとマシである。

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