交響曲第5番変ロ長調
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
80/11/23
sardana sacd-226/7

 某掲示板などでカラヤン&BPOの80年ライヴは凄いといったコメントを何度か目にしていたので前から気にはなっていた。とあるネット知人から音源提供の申し出を頂いたこともあったが、評執筆の負担が増えると考えたら億劫で、その時は辞退してしまった。今回ネットオークションに出来心入札(スタート価格の1980円から高値更新→そのまま落札)してしまったのは、ひとえに5番ランキングのデタラメ(←自分で言うなよ)のせいである。灰色決着によりヴァントの3種を同点1位に置いていたが、いつまでもあのままでは格好が付かない。そういう焦りからだった。拍手やインターバルも含めたトータルタイムは79分20秒で、現在のCD規格なら1枚に収まるが、発売当時は2枚組で「猿棚」の相場に諸経費を加えたら5000円近くにはなったはず。その半額以下で入手できたから良しとせねばなるまい。オケが同じカラヤンのスタジオ76年盤やヴァント96年盤と聴き比べつつ評を書くことにした。
 スタジオ盤が2枚組(トータル80分48秒)だったから、それよりも全体的にテンポが速くなったのかと思っていたらそうではなかった。両端楽章のトラックタイムに大きな違いはなく、第3楽章も当盤の方が30秒ちょっと長いだけ。結局のところ時間差はアダージョ(76年盤の方が3分半ほど長い)に集中しており、その結果としてスタジオ盤の方がネットリ感が強くなっていた。これは分かりやすい。そうなると、耳をジックリ傾けるべき比較対象は他の楽章となる。
 第1楽章の序奏部(2分40秒間)を聴いただけで圧倒されてしまった。既所有のライヴ盤でも聞かれたカラヤンらしからぬ荒々しさである。(ただしモノラルの5番VSO盤ではそれが十分には伝わってこなかったし、9番78年盤は音質にやや難があったから、9番の76年VPO盤に匹敵するとしておこう。)主部に入ってもそれは同じ。ここで面白いのは金管の音が妙に生々しいことである。すぐ近くにマイクを立てていたのだろうか? 比較的音が溶け合っていたスタジオ録音よりも却って作り物っぽかったりする。それはともかく、ここで指揮者は(後のリリースなど全く念頭になかっただろうから)変に上品ぶったりヘタに手綱を絞ってしまったりすることが全くない。この楽章の中間部やコーダなど壮絶そのものである。それで思い出したのがヴァント&NDRによる8番2000年盤、録音さえよければ8番ランキングのトップに立っていたかもしれない演奏である。(残念ながらプチプチノイズの混入や音割れが許容範囲を超えている。)それに勝るとも劣らない凄まじさ、それが何とかかんとかテープに収まっているのだから、当盤から受けるインパクトが尋常ではないのは当然だ。(絶対許可しなかっただろうが)もし当盤のようなライヴ音源の正規リリースが積極的に行われていたら、せめてライヴ収録をベースに編集という現在主流のやり方が70年代から始まっていたら、カラヤンの評価は今とは全然違ったものになっていたに違いない。(こういう演奏を耳にしてもまだ「きれいごと」やらで済まそうとする評論家がいたら、僕はその人の顔を見たい。どうせ聴いてないだろうが。)なお、大音量の直後に小さくなった時(第1楽章終了直後など)には「こだま」が聞かれるので、テープに転写が起こっていると思われるが、それが残響の代わりを務めているのだろうか? 何とも豊かな音と聞こえるのである。ヒスも少しあるが、我慢できないレベルではないから音質には合格点が出せる。
 戻って、激しいとはいっても決してイケイケというか爆演一辺倒に陥らならないのはやはりカラヤンである。落ち着いてからの繊細かつ流麗な表現は他の指揮者ではなかなか聞かれない。その点では彼のスタジオ録音も同じながら、ここぞという時に音が遠く感じられるのは痛い。ヴァント&BPO盤もメリハリの付け方の上手さでは互角だが、やはり抜けの悪い録音で損をしている。ダイナミックレンジの広い当盤は文句なし。第2楽章の全休止(2分19秒)後の第2主題提示で溜息が出てしまった。最近試聴したアーノンクール盤の評で私はこの箇所を褒めた。が、これを聴いた後の耳には所詮チンピラ指揮者が小細工を弄しているとしか聞こえなかった。この美しさを文字にするには私の筆力は全然足りない。
 仕方ないのでここで再度ヴァントを引き合いに出す。構造把握能力やパートバランスの取り方などは彼の方が長けているかもしれないが、そういう所が際立っていると聞こえるというのは逆に他が弱いからではないか、という考えが頭に浮かんできたのである。当盤にはそれくらいに有無を言わせぬ説得力(悪く言えば「押しつけがましさ」だが)がある。ということで、カラヤンの76年盤との対決では「音の深さ」を理由に僅差の判定勝ちを収めたヴァント盤であるが、4年後の録音となる当盤によって再戦を挑んできたカラヤンに惜しくも敗れ去ることになった。
 さて、そうなると事件だ。これまで同点1位だった内の1種だとしても、それを上回る演奏が現れたのだから。いや、実際のところ当盤には「重量感」も「輝かしさ」も十分すぎるほどある。一方「老獪さ」は微妙だ。加齢とともに円熟味を増していくタイプではなかったから。ただしカラヤンはこの曲を翌81年の5月にVPO、9月にBPOと演奏し、それで打ち止めだったという話だから、最晩年に近い時期の録音であるという考え方は可能だ。ということで、完全にそのものズバリという訳ではないけれど「ええとこどり」の演奏と言えなくもないから当盤を1位にさせてもらう。まるで某プロボクシング選手、いや彼の所属ジムを彷彿させるような荒技だが、「お約束」「出来レース」「八百長」のような批判には頬被りを決め込むに限る。(追記:再戦に臨んだ某選手はショーマンシップを捨てて勝負に徹し、バッシングを封じ込めるに十分な完勝を収めた。あのような試合ができるだけの実力は元から備えていたのだろう。)

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