交響曲第3番ニ短調「ワーグナー」
エリアフ・インバル指揮フランクフルト放送交響楽団
82/09
Teldec WPCS-6043

 3番初稿の演奏は4番と同じくNHK-FMで初めて聴いた。日曜午後の「海外クラシックコンサート」だったと思うが、よく憶えていない。解説者が金子建志だったのか、それとも違う評論家だったのかも定かではない。もしかしたら指揮者はインバルではなくてブロムシュテットだったかもしれない。全く頼りにならない記憶で困ったものだが、とにかく演奏自体は結構楽しんで聴くことができた(特に第2楽章)。それが4番ディスク評ページ冒頭に挙げたKさんへのメール中に文章となって現れたのだと思う。なお、そのメールでは続いて新潮カラー文庫「ブルックナー」における、根岸一美の言葉を引用していた。彼は3番初稿の演奏を聴いているうちに「作曲者はその都度彼の最善を尽くしたのだ、それで良いではないかと考えた」と書いていた。おそらくそれは正しいのだろう。しかしながら、当盤を聴いて根岸と同じ感想を持つことはちょっと難しいように思う。  解説書には3番の第1〜3稿まで楽章ごとの小節数が表にまとめられている。そこで、それらとトラックタイムを基に、当盤がノヴァーク3稿ならばどれくらいの演奏時間に相当するかを換算してみることにした。計算式は以下の通りである。

 3稿換算時間=トラックタイム×ノヴァーク3稿の小節数/初稿の小節数

そうすると以下のようになった。

 第1楽章:24:00 × 651/746 = 20:57
 第2楽章:18:51 × 222/278 = 15:03
 第3楽章: 6:07 × 276/268 = 6:18
 第4楽章:16:14 × 495/764 = 10:31
 トータルタイム:52分49秒

もちろんこのような試みは甚だ乱暴なものであるのは言うまでもない。が、それを承知で話を進めることにする。
 トータル52分49秒というのは、私が所有しているディスクのうちでケーゲル78年盤(52分21秒)や、(改訂版ではあるが)クナ&VPOの54年スタジオ録音(53分45秒)などと近いが、これらを聴くと相当に速いという印象を受ける。(他に入手困難で未聴だが、テンシュテットの「鐘」盤が52分26秒である。)当盤も同様で、中でも終楽章は猛烈に速い。(初稿とノヴァーク3稿で小節数の違いが著しい終楽章は誤差が大きいだろうとは思うが、)3稿換算時間は10分31秒である。終楽章が10分台というのは、ヨッフムのDG盤やEMI盤などに見られるように決してあり得ぬものではないが、やはり異例の部類に入ると言わざるを得ない。9分20秒過ぎからの2稿や3稿で馴染んでいる部分がスタスタと過ぎ去ってしまうのには驚かされる。毎日各駅停車の車窓から眺めていた景色の移り変わりが、たまたま新快速に乗ってみたら全く違って見える。そのような感じであろうか。2楽章はタイム的にはそうではないが、やはり突然早足になってしまうところがいただけない。13分52秒以降、冒頭の主題が再現し、ワーグナーの「タンホイザー」からの引用が聴かれるところはまるで特急列車から眺めた風景のようである。本来なら聴かせどころのはずなのに、これでは全く興醒めである。(たぶん私がクレンペラー指揮によるかなり遅めの「タンホイザー序曲」に慣れているせいもあるだろう。)
 ということで、既に誰かが書いているだろうが、第1稿の世界初録音に挑んだインバルは、どれくらいのテンポで振っていいのかわからなかったため、とりあえず弛緩を避けるために速めのテンポを採用したのではないだろうか? なにせトータル小節数がノヴァーク3稿比で25%も多いという長大な初稿だけに。(ちなみに、トータル57分25秒というノリントン盤が存在するようであるが、単純計算では46分半になる。さながら新幹線級というところだが、これはノーカット演奏なのであろうか? いかにもあの食わせ物のオッサンのやりそうなことだが、ここまで来るとかえって「恐いもの聴きたさ」が頭をもたげてくる。)
 当盤は「レコード芸術」誌の企画「名曲名盤300」の87年ランキングでは堂々の1位、続く93年版と98年版でも3位に入っている。が、今後もこれまでと同様に上位を維持できるは甚だ疑問だ。「初稿使用」という真新しさが今後ますます薄れていくからである。というより、当盤はそれ以外に何の取り柄もない演奏と聞こえて私は仕方がない。

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