交響曲第8番ハ短調
ミラン・ホルヴァート指揮ザグレブ・フィルハーモニー管弦楽団
00/01/28
BIEM/HDS CD 37603

 かつて共産圏に属していた国のオーケストラ演奏のディスクが極めて少ないことに気が付いた。旧東独およびソ連は結構あるのだが。(後者は専らモスクワとレニングラードのみ。)ブルックナーでは長いことマタチッチ盤数種(579番チェコ・フィル盤および7番スロヴェニア・フィル盤)しか持っていなかった。(今更ながら地図を見て知ったのだが、ウィーンはプラハよりも東に位置していたんだな。)彼の5番青裏2枚組(sardana)にもブダペスト響とのモーツァルト25番がカップリングされているものの、肝心のブル5はフランス国立管との共演である。検索範囲を他の作曲家に広げても、チェコ・フィル&グレゴルのドヴォルザーク序曲集と同オケ&スメターチェクのスメタナ「わが祖国」の他、リトアニアとエストニアの団体が演奏しているペルト作品集(ECM)が棚に並んでいる程度だ。(オケではないが、他に「ブルガリアン・ヴォイス」と「グルジアン・ヴォイス」という合唱ものがある。)なので、いわゆる「東欧」のオケについてはほとんど何も知らないに等しい。(チェリがルーマニアに里帰りしてブルックナーを振ったというディスクがリリースされたら後先考えずに飛び付くところだが。)
 さて、当盤はザグレブ・フィル(クロアチア)の演奏である。このオケといえばまず大野和士が常任指揮者に就いていたことが思い出される。アルメニア・フィルの井上喜惟とともに許光俊が自著などで繰り返し称賛している指揮者だが、いつも日本人をボロクソに書いている許が珍しく認めていた(そして鈴木淳史がその尻馬に乗っていた)2人がともにヨーロッパとしては辺境の地に活動の場を求めたというのが面白い。(これまた地図で見てアルメニアがアゼルバイジャンの隣でトルコやイランとも接しているという何とも微妙な場所にあることを遅ればせながら知った。ついでながら、アルメニア・フィルといえば「知る人ぞ知る大音響指揮者」としてチェクナヴォリアンがマニアの間で非常に人気が高いため、いつか聴いてみたいと思っている。さらに余談だが、大学院生時代に吹奏楽部でサックスを吹いていた後輩が、「アルフレッド・リード」という神様みたいな作曲家&指揮者がおり、その代表作「アルメニアン・ダンス」は定番中の定番であると教えてくれたことが思い起こされる。最近その「吹奏楽の神様」が亡くなったらしい。合掌。)それはさて措き、指揮者の「ホルヴァート」という名前には全く馴染みがなかった。当盤購入後に「クラシック名盤&裏名盤ガイド」を読み返していた時に、「復活」(マーラー)の項でセーゲルスタルム&デンマーク放送響盤、エド・デ・ワールト&オランダ放送響盤とともにホルヴァート&スロヴェニア・フィル盤が挙げられているのを見つけた。執筆者の堀澄浩によれば「一部のファンの間ではこのディスクだけで一躍有名になった」ということなので私が知らなかったのも無理はない。(ちなみにその「復活」に対しては「空前絶後の緊張感に霊気さえ漂う、まさに一世一代の劇的瞬間を記録している」「第1楽章の低弦による動機は、ユーゴの惨状を目の当たりにしたかのごとくで、鮮血飛び散る緊迫感は凄い」などといささかセンセーショナルなコメントが付けられているが、当盤ブックレット表紙の指揮者の風貌がかなり異様であるから、さもありなんと思ってしまう。)
 そんな訳で、当盤購入の動機は「マタチッチ亡き後の『最後のユーゴの名匠』」(堀澄)が指揮するブルックナーを聴きたかったからでは全然なくて、2003年の「廃盤CD大ディスカウント・フェア」で売られていたからに過ぎない。輸入盤は1枚当たり840円均一なので多分その価格で買ったはずだ。(ちなみに今年=2005年の第1回フェアの出品リストを見て、そのあまりの寒い内容に泣けてきた。とはいいながら、既に揃えておくべき曲はほとんど所有しているのだから余計な出費が避けられたのは大助かりとプラスに考えるべきかもしれない。)その後4番(Point Classics)もamazon.comで叩き売りされていたのを見た。新品なのに3ドル弱だったはずだが、よほど在庫処分に困っていたのだろうか? 既にどーでもいいような話をダラダラ書いてしまっているが、実はそんなことを考えてしまったほどに当盤の印象は大したことがなかったのである。(だから、いくら4番が安くても手を出そうとは思わない。音質劣悪との感想もネット上で見た。)
 トータル74分台で比較的快速テンポだが、特に前半2楽章のテンポがいじりが著しい。そのせいで時に前のめりになってしまうのだから困る。それだけで私は興醒めだが、さらに合奏の粗さが輪をかける。管の吹き損じも耳に付く。スロヴェニア・フィルの方が実力は明らかに上と聞こえる。サッカーはクロアチアの方がかなり強いのだが・・・・(全然関係ないな。ふと気になったのだが、2005年現在シドニーFCでプレーしている三浦知良は、ザグレブのクラブチームに在籍していた6年前には当地でコンサートを聴いたことがあったのだろうか?)とはいえ、堀澄が絶賛した「復活」にしても「無名に近いこのオーケストラ(←マタチッチのブル7の存在は知らなかったのだろうか?)にしては善戦していると言わねばなるまい」とせいぜい「善戦」扱いだから、オケの実力差以前に曲の性格の違いで片が付いてしまう問題かもしれない。つまり、「復活」では多少乱れても劇的表現に徹していればそれなりの名演と聞かせることも可能だったという訳だ。だが、このブルックナーは「5回コールド負け」であり、後半を聴こうという意欲も失せてしまう。
 何とか気を取り直して再生に臨んだところ、前楽章以上に速い第2楽章は勢いで何とか聴けてしまった。こうなると第3楽章はあくまで相対的に、ではあるが悪くないものと感じられる。ただし、19分19秒からクライマックスまでのイラチテンポは大減点だが。クライマックス自体は充実した響きだけに余計残念である。終楽章冒頭のティンパニが実にしょぼい音だが、何となくドタバタしているようにも聞こえる。出番をうっかり忘れていて慌てて飛び込んできたような印象で思わず笑ってしまった。この楽章でもソロのミスは聴かれるもののフルオーケストラ部分はそれなりに美しい。と思っていたが、5分35秒からの乱心によって全てが台無しである。これ以上評価する気をなくしてしまった。個人の技量や身体能力による劣勢を組織的守備でカバーしているものの、結局は監督の戦術の拙さが災いして長いこと勝利から見放されている某Jリーグ下位チームの試合を見ているようである。(結局こんなんに終始してしもうた。)

おまけ
 今更ながら気が付いたが、ライヴ一発録りの当盤とスタジオ録音で編集可能だったマタチッチのスロヴェニア盤との間で演奏レベルを比較するのは無意味である。オケのテクニックが「東欧のブラジル」からはほど遠いことに変わりがないが。(←しつこい。)

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