交響曲第9番ニ短調
ニコラウス・アーノンクール指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
02/08/14〜20
BMG (RCA) BVCC-34080〜81

 最初に白状しておくと、私は当2枚組を購入したのではなく、隣町の図書館のAVコーナーでたまたま見つけたので借りたのである。それまでに聴いたディスクの多くが期待ハズレだったので、アーノンクールのブルックナーを買う気は完全に失せていた。(もちろん、この後に出た5番にもビタ一文払うつもりはない。「アダージョで古学奏法を使用している」というネット評を読み、「どうせまたヘンなことやってるに違いない」と考えたら聴く気すらどこか遠くへ行ってしまった。)
 ところが聴いてビックリ、なかなかに優れた演奏であった。第1楽章の「ビッグバン」まではテンポ設定もパートバランスも模範的で、ベスト演奏の1つといっても良いほどだ。またコーダもVPOの9番としては最良のものである。スケルツォの主題が繰り返される直前でテンポがセカセカになるが、ここは落ち着きのない足取りを表現しているため問題ない。というより、その方が相応しいと思う。「クラシック名盤&裏名盤ガイド」の「惑星」のページで、許光俊はカラヤン&VPO盤を本命に挙げ、「カラヤンは<火星>を落ち着きのない焦燥として描き出す」と書いていたが、それに近いものがあるかもしれない。ブックレットによると、この楽章のトリオ副主題部でテンポを全く緩めずに通り過ぎるのは(レーヴェ改訂版の悪習を一掃した)新校訂版の解釈とのことで、解説者は「痛快至極」と書いていたが、私にとっても非常に斬新と聞こえた。気にくわない点といえば、終楽章の6分13〜47秒の尻軽テンポ位である。(やはり意味もなく暴れたかったのだろうか?)とはいっても、シューリヒトの乱暴狼藉と比較すればもちろん取るに足らないほどの微罪である。目次ページでも触れたが、3番では「不良」そのものだったアーノンクールも4→7→8→9番と録音を重ねるにつれて演奏も次第に真っ当なものに近づいており、どうやら更正プログラムを着実に消化しつつあるようだ。私としても大変喜ばしいことである。コンセルトヘボウ管時代を最も高く評価していた許光俊にとっては物足りないかもしれないが。
 実はDISC2収録の第1〜3楽章についてはこの位しか書くことが思い付かない。むしろDISC1の「月から降ってきた石のような 〜」(アーノンクールによる講演とスケッチ断片の演奏)についてダラダラと語るつもりであった。ただし、アイヒホルン盤のディスク評と内容がかぶってくる恐れが極めて大であるため、両者の棲み分けを行う必要上からも、以下はそちらと並行して作成を進めていきたいと考えている。しばしお待ち下され。

2005年11月追記
 待っていた人が本当にいたのかは知らないが、アイヒホルン盤ページを脱稿したので未完のフィナーレについての駄長文をこちらにも載せることにした。が、その前に毎度ながら直接関係ない話から始める。
 既に他のページに書いているとは思うが、私は大江健三郎の小説やエッセイを愛読している。当分出版されそうにない「政治少年死す」(「セヴンティーン」の続編)、および文庫化されていない「治療塔」「治療塔惑星」など一部作品を除き、ほとんど購入して読んでいるいるはずだ。(ちなみに、岩波書店という出版社はあくまで「古典」のみ文庫に入れるというのがモットーのようで、大江作品は「同時代ライブラリー」として発売されている。)また、昨年(2004年)講談社文庫として出た「取り替え子(チェンジリング)」以降も未読である。ひたすら文庫化を待っているのは値段が安いからではなく、もはや部屋の本棚が一杯一杯で新書本と文庫本を収納するだけのスペースしかないのだ。
 その大江作品であるが、内容はともかくとして、とにかく文章が難解であるとして評判はあまりよろしくないようである。(何を隠そう、私も読み辛くて閉口することが少なくない。話が面白いので我慢して読むが。)その理由について、著者はエッセイや自分自身を主人公のモデルとした小説中で説明している。先述の「取り替え子」でも自殺した友人(伊丹十三がモデル)によって紹介されている。彼は小説の第一稿を書いた後、一日十時間にも及ぶ推敲を何日も続け、それをすっかり書き直す。(大江自身はその作業を「異化」と呼んでいる。)本人としては曖昧さが無くなるように徹底的に練り上げているに過ぎないのだが、そうすればそうするほど他人にとっては読み辛い文章になってしまう。そうして最終的に出来上がるのがあの独特の回りくどい文体である。(具体的特徴としては2つのハイフンで挟む挿入句の多用、台詞中で言い切る場合に「事実」「確か」のような体言止めがよく使われる、などが挙げられるだろうか。前者は関係代名詞のない日本語の場合、他にいい方法がないので別に彼に限った手法ではないようにも思うが。ところが一時期「最後の小説」と作家自身が、そして周囲もが考えていた三部作「燃え上がる緑の木」の4年後に発表された「宙返り」は、それまでの基本的スタイルであった一人称を捨て、三人称で書かれたというだけでなく、文章が随分とスッキリした印象を受けた。次の「取り替え子」では難解さがさらに陰を潜め、一段と読み易くなったと感じるようになった。もちろん私にとっては歓迎すべきことである。ただし、この作品は職場の自己紹介ページにも書いたように正直なところ戸惑いの方が大きかった。それまでの作品では終盤に壮絶なカタストロフがあり、終章あるいはエピローグにて未来への希望とともに後日談が語られるというパターンだったが、「取り替え子」では劇的な展開は見られず、過去の回想を中心に穏やかなままストーリーは締め括られる。それが過渡期のためなのか、それとも新形式として定着するのか、次作を読まないことには判断できないが、いずれにしても今後も目を離すことのできない作家である。(先日文庫化された「憂い顔の童子」を買ってきた。年末年始休みに読むつもりである。)この際ついでに書いておくと、もちろん私には文体などという立派なものはないが、たった今書いたばかりの「・・・・・が、」の使用頻度がやたらと高いことに最近気が付いた。無意識のうちに数文連続で使っていたりする。そこで接続助詞の場合には「・・・けれども」「・・・・ものの」を混ぜて繰り返しを避けるよう心懸けるようにした。また、私はご存知のようにすぐに脱線したくなる質であるから、何でもかんでも括弧内に押し込んでしまうという傾向があるのも自覚している。ハイフン使用も試みたが、どうもピンとこなかった。ウェブサイトの場合は全て脚注にして、インデックス機能によって行って戻ってくるようにすればいいのは解っているけれども、リンクを貼るのがめんどくさい。)
 もうちょっと続けると、彼はそのような推敲の過程で閉塞状態に陥ることが時にあったという。病床の武満徹を見舞った帰りに絡まった糸がほぐれるようにして解決が与えられた、という幸運なケースもあったらしい。(どこかにそう書いていたと記憶しているが、捜したけれども残念ながら見つからなかった。判明次第書くつもり。)しかしながら、相当な分量を書き溜めながら行き詰まった挙げ句に破棄してしまったこともあったようだ。(これもどこかで読んだが何だっけ? 「万延元年」か「燃え上がる」の前身だったような気もするが自信なし。)ということで少々強引かもしれないが、大江を作曲家に準えるならばモーツァルトやショスタコーヴィチのような早書きタイプではなく、改訂癖のあったブルックナーに近いといえるのではないだろうか?
 やっとのことでブルックナーに話を持っていくことができた。やれやれ。彼は周知のごとく9番を完成させることなく世を去った。その理由について私がこの曲の目次ページに記した与太話、いやヲタ話はもちろん笑いを取るためである(ので、当然ながらそうしてもらった方がありがたい)が、ヴァントが語ったものは流石にプロの音楽家によるものだけに説得力がある。まずケルン全集の34番ブックレットに掲載されている「ギュンター・ヴァント、大いに語る(3)」より、彼が許光俊に語ったもの。「ごく最近、新たに第9番の完成版と銘打ったCDが出ました。最新の研究成果に基づくものだそうです」に答えて。

 あなたはブルックナーのスケッチを見たことがあるかね? 信じられないよ。
 シューベルトの「未完成」と同じくらいしか書かれていないんだよ[このこ
 とについて、アイヒホルン盤の解説書で補筆完成者は別の意見を述べている]。
 それなのに、人々は私のところに来て、演奏してくれと言うんだからね。
 ああ![テーブルを叩く]。シューベルトはあの曲を第2楽章まで書いた後
 も何年も生きていた。ブルックナーだって、それに似ている。彼は9番を第
 3楽章まで書いたあとで、第1番を書き直している時間があったんだから。

続いて8番ブックレットに掲載されている「大いに語る(5)」(インタビュアーは金子建志)より、第1番ウィーン稿について述べられたところから引いてみる。

 ご承知でしょうが、ブルックナーはウィーン版を書くために、<9番>の
 作曲を丸1年中断したんですよ。彼が<9番>を作曲できなかった理由は、
 これ以外には考えられません。ただ、時々思うのは、<9番>の作曲から
 の逃避であったかも知れないという事です。もう、それを完成させるだけ
 の余力が無いと感じて、他の対象へと逃避したのではないかと……
 勿論、これは私の想像ですが。

ヴァントへのインタビューが行われたのは1993年のことである。つまり、アーノンクールのレクチャーとともにDISC1に収録されているフィナーレの大量スケッチのことなど当然知る由もなかったため、上の「『未完成』と同じくらい」発言が出たと考えられるが、あるいはアイヒホルン盤における補筆完成作業についても最後まで取るに足りないものに違いないと信じていたのだろうか? 何にせよ、ブルックナーの「作曲からの逃避」の原因は途中での行き詰まりではないか、と私は大江のエッセイを読んでいたある日ふと思ったのである。せっかく書いたものを破棄するのは勿体ないと考えたため未完の断片という形で残されることになったけれども、後世の人間がいくら手を尽くしたところで所詮はパッチワーク(継ぎ接ぎ)に過ぎず、ブルックナーとは似て非なる音楽になるのは目に見えている。インバル盤やアイヒホルン盤から感じた物足りなさも、ひとえにこれに由来するのであろう。私はそのように長いこと考えてきたのであった。ところが当盤を聴き、それが見事なまでにひっくり返されてしまった。
 アーノンクールの長ったらしい講釈(11分以上)はスルーしてトラック2から再生したが、本当にびっくり仰天した。私は「スケッチ」というからにはもっと細切れの断片のようなものだと考えていたが、こんなに長く続いていたとは! 何と楽章冒頭から278小節(CD収録の演奏では9分以上にわたる)もの、それも総譜に近い形で仕上げられた連続断片が残されていたとは夢にも思わなかった。(情けないことにアイヒホルン盤の分厚い解説書はろくに読んでいなかったのである。)以後、欠落部分に差し掛かる度に指揮者は演奏を止めて解説に当たっている。が、数ヶ所の欠落を合計しても100小節に及ぶかどうかという程度であり、これなら補筆によって楽章を完成させようという企ても決して無謀とは言えなくなる。後にブックレット収録の講演内容を読んだが、アーノンクールがレクチャーで述べた「ブルックナーはおそらくあと2ヶ月長生きしていれば、この交響曲を完成することができていたでしょう」という見解にも説得力は十分あると思った。
 当盤ブックレットに収録された解説の執筆者コールス(アイヒホルンによって演奏された1992年版フィナーレの復元作業の協力者)も、「今日では最初の3楽章のみを演奏するのが一般的だが、それは作曲者に対してひどい不正を働くことになる」「ブルックナーの意志を尊重するなら、アダージョ楽章に第9交響曲の「真のフィナーレ」の役目を担わせようという態度には別れを告げねばならない」等々、ヴァントや金子、あるいは平野昭といった「フィナーレ無意味論者」達とは真っ向から対立する見解を示している。さらに、1992年版フィナーレの復元に加わった1人であるフィリップスが「テ・デウム」がフィナーレの代役を演じるのにふさわしい事実を多くの理由から解き明かしているとも書いていた。後出しジャンケンのようだが、当盤DISC1を知った後ではコールスの主張の方に圧倒的に分があると思われてならない。そして、自筆譜を形見や記念品として持ち去ったという不届き連中、あるいは散逸させてしまったアホ弟子共を絶対に許すことはできない。故人の遺志を徹頭徹尾台無しにしたレーヴェの罪が最も重いのは言うまでもない。(←何をエラソーに。)ついでに書くと、浅岡弘和のサイト中にある「永遠の進行(信仰)途上人間ブルックナーの代表作としては未完の『第9』の方が相応しいと思われる」も間接的ながら作曲者の遺志を踏みにじるような不遜な意見ではないかという気がしてきた。
 ここで引っかかったのがコーダである。当盤にフィナーレの最終部分が収録されていないのを怪訝に思った私はブックレットに改めて目を通し、そして唸った。「コーダについては、断片的に何小節かは現存していますが、それからはコーダの完成された姿をまったく予測することができないので、演奏しないことにします」とある。そうなると、インバル盤、アイヒホルン盤、ロジェストヴェンスキー盤という私がこれまで聴いてきた補筆完成版で演奏されていたコーダは、復元というよりほとんど創作に近いものということになるのだろうか? と思っていたら、ここでもアイヒホルン盤のブックレット中にも「結局は大半がフィクションとならざるをえないのである」という一節を見つけてしまった。これら3種のディスクでは、いずれも終楽章の土壇場で第1楽章冒頭の「ビッグバン」主題が長調で回帰してくる。アイヒホルン盤ページや9番目次ページ下には「ビッグクランチ」ではないか、とも書いているが、私はなかなかに感動的だと思っていた。(ネット上でも同じような意見を何度か目にした。)それが作曲者の意図とは縁もゆかりもないものだとしたら・・・・・
 しかしながら、あのコーダはブルックナーの周囲にいた人達の証言も参考にして創作されたらしく、どうやら全くのデタラメという訳でもなさそうだ。アイヒホルン盤の解説によると「コーダを導くために第1楽章の主要主題を再現させようとしていたであろう」「スケッチではこの交響曲の諸主題が『第8のフィナーレ同様、積み重ねられていた』ということである」などと書かれており、実際にもそうなっているようだし。私はジックリ聴いていないのでハッキリとは解っていないけれども、第8番や「テ・デウム」の動機が登場するのは確認している。ただし、9番目次ページの下に書いたように、この宇宙は永遠に膨張を続け、収縮に転じることはないというのが最新の観測結果に基づく予測である。そうなると「ビッグクランチ」も起こらない訳で、あのような終わり方はやはり相応しくないということになる。創造者は(←いるとしたら、だが)なぜ補筆完成者達が誤ちを犯すままに放っておいたのだろうか?
 ヤバい領域に足を踏み入れかけているような気もしないではないが、もはや収拾が付けられそうにないので、既に登場してもらったついでという訳でもないが、ここから先は浅岡のサイトから何ヶ所か引かせてもらい、それらについて思うまま綴って終わることにする。
 「交響曲第8番にみるブルックナーの本質」というページにはブル9終楽章のコーダについて興味深いことが述べられている。(ただし、「この楽章のクライマックスは何といっても第1楽章主要主題の再現だろう」が8番のことを指していると理解するまでしばらく時間がかかるなど、ブルックナーでも8番なのか9番なのか、それともベートーヴェンの「第九」なのか非常に判りにくい記述がいくつかあって閉口した。)

 「第9」が遂に未完成に終わったのはコーダをどうするか結論が出なかっ
 た事が大きいと思われるが、来迎・不来迎は常に宗教的大問題なのである。
 最晩年のブルックナーにとって「第8」の終結が凡庸で安易なものと思え
 たのは疑いない。あのやり方でコーダを作るのにさほど時間が必要だった
 とは到底考えられないのだ。

一方、「ブルックナーにみるシューリヒトとクナッパーツブッシュ」というページにはこう書かれている。

  キャラガン氏も、「第9」のフィナーレの補作でコーダを作曲するなら
 「ロマンティック」のフィナーレのそれを手本にするべきだった。「第9」
 には「第5」や「第8」のような“解放”されてしまうコーダは似合わない。

キャラガン版によるタルミ盤は聴いていないので当盤とどう違うのか判らないが、私にはフィリップスらのコーダも十分“解放”されているように聞こえる。第4のコーダにしても同様である。浅岡が「闇が闇のままで光り輝く ─ 絶望が絶望のままで法悦となるブルックナーにしか書き得ない種類の音楽」と評していようとも。(ついでながら、「ベートーヴェンの「第9」が全人類を神の許へ送り届けて終わる(上昇)のなら、ブルックナーの「第8」は神の軍隊の「御来迎」で終わる(下降)」というのもサッパリ解らない。私にはどっちも「上昇」にしか聞こえないから。「自力」「他力」もそうだったが、とにかく彼が宗教を持ち出した途端、折角の力作であるブルックナー論が解りにくくなってしまうと思っているのは私だけだろうか? まあコイツはお互い様かもしれないが・・・・)
 さらに、「◎特集ブルックナー指揮者『飯守泰次郎、アイヒホルンを中心に』」というページで以下のように述べられているのを後に見つけた。

 そしてマックス・アウアーの記述に基づく四つの主題の積み重ねは解放
 されてしまう「第八」のそれとは異なり、まるで最後の審判のようなマ
 ーラー的カタストロフとなっているが、最後は「キリーロフの木の葉」。
 全て善きものなり

私は「マーラー的カタストロフ」は何となく解るものの、キリーロフの登場する小説(だけ)は未だ読んでいないため、最終文が理解できず悔しい。それはさておき、どうやら彼がアイヒホルン盤のフィナーレを「解放されてしまわない」と考えているのは確かなようだが、繰り返すけれども私には「解放されてしまう『第八』のそれとは異なり」がどうしても納得いかない。もし浅岡に作曲の心得があるのなら、是非とも“解放”されない(そして可能ならば凡庸でも安易でもない)コーダのお手本を彼自身に示してもらいたいところだ。

9番のページ   アーノンクールのページ