交響曲第8番ハ短調
ベルナルト・ハイティンク指揮ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
95/01/10〜13
PHILIPS PHCP-3493〜4

 どこかで誰かが、「この8番の代わりに6番が録音されていたら、やや変則的ながらACOとVPOによる選集(3番以降)再録音が完成していたのだから惜しまれる」というようなことを書いていた。(後記:9番ページ作成中に場所と執筆者が判明した。このページでも登場してもらう。)そうかもしれない。(ちなみに、6番は全集収録のACO盤の他、バイエルン放送響やシュターツカペレ・ドレスデンとの海賊盤CD-Rが出ているという情報もある。なかなかの爆演&名演らしい。)が、この際だから最初からやり直してもらいましょう。ベルリン・フィルと。もしくはコンセルトヘボウと。目次ページ終わりに書いたが、巨匠特有のプラスアルファが期待できる晩年に入ってからが良い。(もちろん、クレンペラーの9番NPO盤のようにヨレヨレになってしまっては遅すぎ。) なにせヴァントに続く巨匠の大本命はハイティンクだと私は考えているのだから。(対抗でも大穴でも何でもいいが、他に思い付くのはマゼールぐらいである。他所で書いているように、ミスターSはブルックナーに関する限り全く期待していない。)
 解説執筆者の諸石幸生(小石忠男と並ぶ親ハイティンク派)は、「聴き手はハイティンクの存在を超えて作品そのものと同化するようなブルックナー体験に浸ることが可能となっており」というように「謙虚なる巨匠ハイティンクの至芸」を褒め称えている。(なお、諸石は最初の全集録音である69年盤を引き合いに出し、演奏時間の違いを交えつつ新録音と比較しているが、81年盤については何も触れていない。その存在を知らなかったのなら仕方がないが、もし知っていながら無視したのだとしたら、そういうやり方は極めてよろしくないと言わざるを得ない。)ネット上でもそのような評価を目にすることができる。
 まずは9番ページでも触れた有料サイト、じゃなかった優良サイトの作成者I氏によるディスク評。彼は指揮者の強烈な個性を感じるヨッフムのブルックナー演奏と対比させ、当盤のハイティンクについては「指揮者の存在がほとんど感じられない」「没個性的な演奏」としている。それでいて、(あるいはそれゆえに?)「豊穣なサウンドを徹底的に引き出しているすごい演奏」「ウィーンフィルという比類なきオーケストラのゴージャスなサウンドを楽しむには打ってつけのCD」と高く評価し、そういう演奏を成し遂げた指揮者を賞賛しているのである。彼のハイティンクに対する「本当に不思議な人だ」には同感である。そういえば許光俊は「怪しい音楽家である」と書いていたが、「妖しい」とすればもっとよい批評になっていたに違いない。(筆が滑った、いや、たぶん誤変換だろう。)次はブルックナー総合サイトへの投稿であるが、一部転載させてもらうことにする。

 これぞハイティンク、というような強烈さは毛先程もありません。
 この演奏がすごいのは、これぞウィーン・フィルの8番としての決定版
 (少なくとも僕の中では)というべき演奏だからなのです。

 しかし、これらの演奏を含め、今までの演奏はその指揮者が全面に
 出た演奏で、管弦楽がウィーン・フィルであったためにその魅力が
 加味されたというように感じられます。

 ハイティンク盤では、ウィーン・フィルが期待通りの魅力を全面に押し出し、
 その音色美をまき散らしながら最終的にはブルックナーの8番が描き尽く
 されるという、絶美の演奏だと思います。

上の投稿もI氏の評価と本質的には同じだと思う。そして当盤に対する私の印象とも。(このような立派な文章の後には続けることがない。弱ったな。とりあえず→)「ウィーン・フィルの8番としての決定版」については全く同意見である。デジタル録音(80年代以降)に限って比較すると、アンサンブルが雑なせいか音が汚いと感じてしまうカラヤン盤やジュリーニ盤よりも音楽に浸りきれるという点で断然上である。(ただし、後者から感じられる指揮者の強烈な生命力はマイナスばかりではない。日によってはジュリーニ盤を聴きたくなることもある。体調がすぐれない場合は疲れるだけであるが・・・・)
 これは345番全てに共通していたが、ハイティンク&VPOの演奏から受ける印象は「おおらかさ」「あたたかさ」であった。が、それにはアンサンブルの緩さ、あるいは生ぬるさが影響(貢献?)していたことは疑えない。(緻密なヴァント盤と比べたら一発で判る。)ところが、この8番からは「きびしさ」を感じるのである。(前回の3番から6年以上が経過していたわけだが、録音条件の違いも影響している?)許光俊が嘆いていた「演奏力の低下」などどこ吹く風、アンサンブルにも隙がない。例を挙げると、終楽章冒頭で金管が派手に吹き鳴らしている背後で、弦が「チャチャッチャチャッチャチャッチャチャッ・・・・」と手綱を絞っているが、聴いているこちらの身も思わず引き締まるような見事な合わせである。テンポもACO81年盤のようにちょこまかと変えたりせず、堂々と押し切っている。まさに巨匠の演奏である。当時まだ60代半ばだったというのに・・・・・まったく恐るべきことだ。ここで全集録音がストップしてしまったのはまさに痛恨の極みと言わざるを得ない。その後順調に進んでいたら、どんな7番や9番が生まれたであろうか?

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