交響曲第3番ニ短調「ワーグナー」
デニス・ラッセル・デイヴィス指揮リンツ・ブルックナー管弦楽団
05/02/27
Arte Nova 82876 84231 2

 エッシェンバッハの目次ページ終わりに書いたように同じスキンヘッドのこの指揮者のブルックナーが少しは気になっていた。既発の48番が初稿使用なので見送っていたが。ところが今年(2006年)に1〜3番までがまとめてリリースされ、うち当サイトで批評対象としている3番はなぜかノヴァーク3稿を使用しているという。HMV通販なら543円(マルチバイ25%割引)で買えてしまうため、ダメモト(ハズレならこれで打ち止め)のつもりで購入することにした。既に書いたように、この曲は私が「ブルックナー指揮者」としての適性を知るための「試金石」と考えている曲でもあるから。
 届いた商品のジャケットを見て驚いた。無精髭を生やした何とも汚らしい顔つき(←失礼)の男が写っている。「どっかで見たような表情だな」と思ったものの、その時は思い出せず。後にJリーグの中継を見ていてふと思い当たった。「久保竜彦(横浜Fマリノス)じゃないか!」と。似てる似てないはともかくとして、こういういかがわしい風貌の指揮者によるブルックナーは、エッシェンにしても「ペテン師」ノリントンにしても、そして「ハッタリ野郎」ことアーノンクールにしても「まとも」であった試しがない。顔面の形態的特徴による分析以前に、版選択からもそれは窺い知れることである。浅岡弘和が「まともなブルックナー指揮者なら決して選ぶまい」とした4番初稿を彼は敢えて採用した。ところが、この3番では(最近その使用が減少傾向にあるというのに)なぜか第3稿なのである。「最初の版の方が優れているから」という理由で3番については初稿を採用したものの、4番は2稿使用だったティントナーとは対照的である。(8番の初稿使用は両指揮者に共通しているが。)HMVの紹介文には「D.R.デイヴィス自身が解釈する最もブルックナー演奏にふさわしい版を選び、演奏に臨んでいます」とあるが、もしかすると彼の感覚がどこかズレているのかもしれない。そう思っていたので大して期待せず試聴に臨んだ。またしても驚いた。
 第1楽章序奏のテンポは至ってまともである。インテンポで淡々と進め、大きく盛り上がるのは主題提示(1分02秒〜)の直前である。第1主題のテンポは序奏からすればやや遅いかなという感じ、しかも「ドーシーラソ」と「ラーソーファミレ」間の休止をやや長めに取っているが、スケール感を表出しつつも間延びしないというバランス絶妙の設定である。2分42秒以降も同様。テンポいじりではなく、楽器の重ね方だけで巨大なピークを形成する。紛れもない「ブルックナー指揮者」のやり方である。外観の怪しさ(←ここでも失礼)とは似ても似つかぬ正攻法で臨んでいるとは意外だった。ここまでで感心したのは響きがとにかく鮮明であること。だから大音量でも決してうるさくならない。オケのブルックナー演奏における経験値の高さによるところが大きいと思われるが、指揮者のバランス感覚が優れているのも間違いない。以後のテンポや音量設定も真っ当そのもので、安心して聴き進むことができた。ふと「どっかで聴いたような演奏だな」と思ったが、今回は直後にヴァント&NDR盤が浮かんだ。そうなると中間部クライマックスに興味津々である。
 10分25秒からの歩みはやはりインテンポ&淡々だ。曲想の変わり目でのテンポいじり(11分09秒で腰を落としたり、24秒から駆け足になったり)はしない。お見事。「ズンチャチャ、ズンチャチャ・・・・・(計8回)」からピークの「ラーミーミラー」までの進行はヴァントそっくりだ。(あるいは参考にしたのだろうか?)いや、ティンパニの迫力の分だけ印象は上回っている。以後も(13分50秒頃まで)うねりにうねるが、響きは決して混濁しない。そして、ここでもスケールの大きさでヴァント盤を凌いでいる。コーダ直前でほんの少し歩調を緩めるところなど、大巨匠の風格すら感じられるではないか。(録音してないようだが、クレンペラーならこんな風にやっていたかも。)ラストも豪快に「バシッ」と決めてくれている。それでいて全然荒っぽくならない。脱帽だ。
 第2楽章は立ち上がりから繊細でいて力強い。3分30秒で足を少し速めるものの4分10秒で曲想が変わればサッサと戻す。決して浮き足だたないのも偉い。「ハッタリ野郎」その他に向けて声を大にして言いたいが、バカテンポなどアクセルホッパー(永井佑一郎)に任せておけばよいのである。スケルツォではティンパニがさほど目立たないのが意外だった。そのため重量感不足という印象を受けなくもないが、これはこれでアリだろう。それまでを聴けば意図的に抑えているのは明らかだし、その代わりに拡がりが感じられるから。どうやら楽章ごとに違う色づけを試みているようである。終楽章も鮮烈な立ち上がり。この部分について印象度ナンバーワンだったギーレン盤を2位に追いやるほど素晴らしい出来映えだ。以後もテンポの切り替えやパートバランスの見事さに舌を巻くばかり。「こりゃ大番狂わせ(歴代の名演を押しのけて初登場第1位)もありうるか?」と途中まで思っていたのだが、惜しいことにコーダのテンポが私的にはノロすぎである。とはいえ、この価格にしてこの演奏! これは並のサプライズではない。
 HMV通販のユーザーレビュー中に「このCDで初めてブルックナーの3番の良さが分かった気がしました」(もちろん評価は「最高!」)というコメントを見つけたが、それにも十分肯ける。(別購買者による「これはブルックナーの全交響曲の全演奏のなかでも最高の演奏のひとつだ」については態度保留とするが。)これだけの演奏を聞かされてしまうと当然ながら残りの曲も気になってくる。「2007年後半から2008年に発売予定」ということであるから、1枚500円程度なら5679番もバラで買っても良いかなと考え始めているところだ。あるいは廉価全集が出るならそれでも構わない。(ダブりの1枚ぐらいは大して痛くない。)

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