交響曲第9番ニ短調
朝比奈隆指揮東京交響楽団
91/03/16
Pony Canyon PCCL-00126

 9番大フィル94年盤のページ(「朝比奈のディスク評としては最後」になるはずだった)の下に「おわりに」を載せているが、その脱稿直後に入手したのが当盤である。実はナミビア出張(04/02/22〜03/23)より戻ってから突貫工事で朝比奈のディスク評を仕上げ、4月1日にアップする予定だったのだが、3月末の関東出張時に訪れた中古屋でふと魔が差して当盤を買ってしまった。それで当ページを急遽作成する羽目に陥ったという次第である。(やれやれ。)
 東響第370回定期公演の完全収録盤ということで、9番の前に演奏された「テ・デウム」との2枚組になっている。上記初期盤(税込定価4200円)はブル9だけのアートン盤(PCCL-00268)や再発のHDCD盤(PCCL-00520)よりも音質が劣るというコメントも目にしたことがあるが、何せ安かった(税込1200円)のだからそれくらいはガマンしよう。というより、鮮明さには少々劣るかもしれないが、ライブの臨場感では同レーベルの大フィル94年盤や東響96年盤よりも上回っていると私には聞こえ、宇野功芳のように「隔靴掻痒の憾み」は感じなかった(96年盤ページ参照)。それにしても新宿「組合」のクラシック専門店舗の品揃えには毎度のことながら感嘆させられる。私が既に所有していた朝比奈のディスクは、ビクター全集を除いてことごとく並んでいた。(当盤以外にも特に欲しかった訳でもない品に出来心で手を伸ばしてしまった。翌日に「塔」で買ったものも含めると8種類が増えたことになる。自分で自分の首を絞める愚行には我ながら呆れてしまう。)
 さて当盤であるが、比較的評判が高いだけのことはある、と思った。トータルで1時間を切り、他盤のように間延びしていないのが何といってもありがたい。(オケの技量を考えれば、少々速めのテンポを設定しなければ支えられないのであろう。)第1楽章1分42秒から加速するが、これは「想定内」だった(朝比奈のことだから絶対やるに違いないと思ってた)ので別に苛立ったりはしなかった。「インフレーション」(2分19秒〜)での乱れも忙しなさも何とか許容範囲内で収まってくれている。「ビッグバン」(2分26秒〜)も節度は失っておらず、そこから急にのろくしないのが良い。ティンパニが2段ロケット式に音を大きくするのはなかなかに効果的である。(当盤のティンパニ奏者はなかなかに気合いが入っており、そのお陰で迫力では朝比奈のブル9中で随一となっている。)なお、2分54秒からの「ビッグバン」の締めが「ミッラ」とブッタ斬りであるが、これは私が所有している他の3種では聞かれないので、やはり得意技の「その日の思いつき」であろう。終演後に尋ねたら「実はこの間シューリヒトのレコードを聴いたのでね。フルトヴェングラー大先生の真似したらバチが当たるけど、シューリヒトならまあいいかなってんで、今度はちょっと試してみた。ハハハ。」と答えてくれたかもしれない。
 94&96年盤では思わず耳を塞ぎたくなったトホホな解釈は楽章後半では聞かれない。(14分50秒からの加速は「ギリギリセーフ」と判定しよう。)15分40秒〜のテンポは適正そのもので、最晩年のヴァントから時に聞かれた「ヨレヨレ」よりはるかに上出来である。16分07秒から少し遅くなるものの、この程度なら耳には障らずに済む。そして16分47秒からは速くなるが、94年盤のように「乱心」しなかったので心底ホッとした。コーダに入ってしばらくすると(24分12秒頃から)、次第にテンポを上げる弦と管の歩調が揃っていないのが耳に付く。(マイクからの距離の違いによる時間差ではない。明らかに合ってない。)が、24分34秒で入ってくるティンパニの持続音によってパート間のズレはかき消されてしまう。今更ではあるが、朝比奈のブルックナーの高い人気の秘密がここでも窺えるような気がした。リズムの甘さやアンサンブルの精度不足がさほど気にならないリスナーにとっては、厳格な指揮者によって締め付けられた演奏よりも「窮屈ではない」「スケールが大きい」などとして好ましく聞こえるのがむしろ当然なのだ。少なくとも日常生活で溜め込んだストレスの解消には役立つ。(あんまり聞きたいとは思わないが、宇野&日大管盤もこのような「おおらかで細部にこだわらない」演奏に違いない。)最後の「ダダーン」もちゃんと聞こえる。たいへんよくできました。
 第2楽章は文句なし。「迫力満点」ではなく「破壊力満点」と言いたいくらいだ。ホールの残響がティンパニの打撃を壮絶なものにしているが、それ以外のパートも破壊活動に邁進している。ところが終楽章は大いに問題あり。冒頭のハ長調による爆発「ドーレファファ」が淡白でサッサと通り過ぎてしまう。ここもシューリヒトのやり方を踏襲したのであろうか。この楽章のトラックタイムが第1楽章よりも短いのはこの指揮者の常だが、当盤ではそのような「スタスタスタイル」が災いしたこともあって、その差が3分近くにも及んでいる。とはいえ、ブロック間のテンポの関係ですらちゃんと把握しているか怪しい指揮者にそこまで要求するのは酷というものであろう。ところで、94年盤ページの「おわりに」では「朝比奈とは、へたなヨッフムという意味だ」と書いたが、9番(3種)や8番(VPO盤)におけるシューリヒトのテンポいじりがあまりにも酷すぎるという理由で、私は「シューリヒトとは、へたなヨッフムという意味だ」も成立すると考えている。もちろん少なからぬ精度差によって朝比奈よりは上に置くが。そこで、結論を「朝比奈とは、へたなシューリヒトという意味だ」に変更し、「おわりに」に書いた不等式も以下のように改めることにした。(どっちにしてもシャレですよ、シャレ。)

「朝比奈<ヨッフム<スクロヴァチェフスキ<シノーポリ<オーマンディ」
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「朝比奈<シューリヒト<ヨッフム<スクロヴァチェフスキ<シノーポリ<オーマンディ」

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