Pitanga!(ピタンガ!)
2006
Victor VICP-63609
Yahoo! オークションで何気なく検索してみたところ未開封新品の格安出品を発見。「中国北京市から発送」という時点で少々怪しいとは思ったが、国際小包の送料500円に送金手数料を加えても定価の半額以下ということで入札に踏み切り、無競争で落札した。(今回も非合法行為には及んでいない・・・・んだろうなぁ。)
事前に収録曲の確認すらしていなかった私だが、もし入手したのが当盤の4ヶ月前にリリースされた "Carnavalista"(カルナヴァリスタ)であったなら、あの厚顔無恥集団による盗作によって悪名を世界に轟かせた某曲(題名を口にするのもおぞましいわ)の存在が致命傷となり、「こんなものは評価するに値しない」と海原雄山先生のような傲慢口調で切って捨てなければならないところだった。危ない危ない。(もちろん冗談半分だが、サブタイトル "Mio Mazda meets DEEP SAMBA" にある歌手名は気になった。オフィシャルサイト等の表記とは異なっているが、あるいは例の自動車メーカーの知名度にあやかってのことだろうか?)
さて、当盤には少なからず意表を突かれた。"Atlântica" とは芸風をかなり異にしていたからである(後述)。トラック1 "Oração" はシタールを彷彿させるような弦楽器(viola caipira)の音色が印象的だが、空を漂う雲のごとく自由奔放なる松田の歌唱も非常に心地よい。続く "Na baixa do sapateiro" も余計な力が一切入っていないのが好ましい。はからずも先日買ったテレーザ・サルゲイロの "Você e Eu" との比較になってしまったが、固さの取れていないあちらを自然体そのものの当盤が圧倒していると私は聴いた。またヴァレリア・オリヴェイラの "Valéria" における同曲は、完成度こそ互角ながら "Ai, amor ai, ai...." 以下のフレーズを曲の最後に回すという構造上の問題が災いし、その分だけ印象は落ちる。
3曲目 "Paraiba" はイントロでは短調と思わせて実は軽快な長調曲。合唱のサポートという点でも "Você e Eu" を断然上回っていると思いつつ、リラックスして耳を傾けていたら事件発生。最初は「ケッタイな詞やな」と首を傾げ、日本語と気が付くまでに数秒かかった。とはいえ、生粋のジャポネーザゆえ当然ながら発音に問題は全くなく(イントネーションには少々、だがこれを完全に回避するのは極めて困難)、歌詞とメロディとの対応も申し分ない。ここでようやくブックレットを開き、当盤には冒頭からいきなり、そして以後も松田の作詞and/or作曲によるトラックが複数採用されていると知った。少し飛んで日本語詞100%の "Tabibito no xote/旅人のショッチ"(トラック6)も小野リサの "Amigos" に収録された「朝のハーモニー」のような居心地の悪さを覚えることは全くなかった。
トラック7 "Mãe preta" (ファドの代表曲「暗いはしけ」のオリジナル「黒い乳母」)には元ネット知人Mさんの言葉をお借りして「やってくれたなあ」と言わせてもらおう。(ドゥルス・ポンテスの "Caminhos" 評ページも参照のこと。)このような「ズンチャ、ズンチャ、ズンチャ、ズンチャ」というリズムを前面に押し出した大胆不敵なるアレンジが受け入れ可能であるかは別として。(ちなみに歌手紹介ページで触れた拝謁の際にも彼女の歌う同曲を、たしかプライベート盤で聴いた憶えがあるが、その時は通常のファド風伴奏&歌唱だったはず。)一方、次の "Lágrima" は私好みに仕上がっており、当盤中では2番目に気に入った。
そしてトラック10の "Romaria"(巡礼)が第1位。サビの旋律に馴染みがあったためラックを捜してみた。実はシネイド・オコナー(アイルランド人)がいかにも歌いそうな曲と思ったので最初は英語圏歌手の一角に手を伸ばしたのだが、結局エリス・レジーナのベスト盤 "Fascinação" に収録と判明。遅まきながら「それにしてもいい曲だわい」と思い知らされた。詳しくは今後作成予定である彼女の評ページに記したいが、ある種の「悟り」にも似た深い境地を感じさせるのは信仰を題材としているためだけではないという気もする。ポルトガル語曲のマイ・ベストに一躍浮上し、今は「花」(夏川)および "Entre mis recuerdos"(Luz)と共にiTunesの特別なフォルダに入れて(時にリピートで)再生している。一方、あの大歌手の名唱に肉迫しうるほどの見事な出来映えを示した松田にも私は驚きを禁じ得なかった。(厳密に言えばさすがにレジーナの方に一日の長があるという感じはするが、それは彼女の芯の通った声が曲想と抜群の相性を示しているからではないかと思う。)リズムセクションによる格調高い伴奏にも拍手を送りたい。次の "Ai no uta /愛の歌" は再びオリジナル曲(松田が作詞)。ここでもボサノヴァ風の音楽に違和感なく日本語歌詞をはめ込む手腕の見事さに感心した。終曲(トラック12)の "Oração para Yemanjá" も爽やかな歌唱が大変素晴らしい。その点ではディアマンテスの "Hasta manha" と双璧をなすかもしれない。そして(向こうはベスト盤ではあるが)同様にアルバムを締め括るには最高の曲だと思う。
アルバム全体を通しての印象だが、何となくながら歌手が随分と身近になったように感じた。ジャケットやブックレット掲載の写真に影響されていることは認めるが、決してそれだけではない。時に緊張感が漂い、そして「近づきがたいほど神秘的な雰囲気」(紹介ページ参照)すら伝わってくることもあった "Atlântica" とは明らかに異なる。ふと思い出した。あちらのページでは「オーパス・ワン」(カベルネ・ソーヴィニョンを主体としたフルボディのカリフォルニアワイン)に喩えたことを。今度はイタリアのブドウ品種に準えてみると、ネッビオーロ(バローロ、バルバレスコなどが有名)とサンジョヴェーゼ(キャンティが代表格)から造ったワインぐらいは違っている。あとは好みの問題として逃げを打つことにするが、一部のトラックが私の嗜好に合わなかったにせよ駄曲駄唱の類は全く含まれていなかったから90点は堅い・・・・はずだった。が、ブックレットの内容が前作より相当見劣りするのは何としても痛い。中原仁のライナーは阿保郁夫の3割減といったところか(─1)。それよりも、せっかく自作自演を収録しているのだから歌手自身による曲目解説(とくに曲に寄せる熱い想い)を是非とも読んでみたかったところ(─2)。よって87点とする。
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