夢の人
1994(LP発売は1975)
CROWN(PANAM) CRCP-119

 私がエアチェックに成功した放送日(祝日だった)を含め、イルカの最大のヒット曲「なごり雪」はNHK-FM「ひるの歌謡曲」で数回聴いた。ただし、それらは全てギター伴奏主体の演奏で、他局で聴くものとは全く違っていた。遅蒔きながら(ようやく今世紀に入ってから)前者がアルバムバージョン、後者がシングルバージョンであると知ったのだが、何故公共放送は敢えて地味な(有名ではない)方を流していたのだろうか? 今もって不思議だ。ただし、私が番組制作に携わる人間だったとして何れか一方を使うということになったとしても同じ選択をするはずだ。そのくらい出来はアルバムバージョンの方が良いと思う。改段落して理由を述べる。
 出だしはパッとしない。というより唐突な感じがする。エアチェックテープの1曲目だったこともあり、ボタンの押し遅れ、またはカセットのクリーニングテープ部分(白色)にかかってしまったことによる冒頭欠落(録音ミス)と思い込んでいたほどである。しかし本当にそんなケッタイな始まり方なのであると判ってちょっとビックリした。他には間奏部の音型を都合3度も使い回すという手抜きが感心しないし、2番とリフレインの終わりに入る「チャーンチャーン」(エレキギター?)が音割れ気味なのも煩わしい。しかし、それらを除けば圧倒的に優れている。決して感情タップリという詞ではないからアコースティックギター中心のシンプルな伴奏で十分なのだ。というより、声を引き立たせているのは断然こっちだ。またギターと共に歌手をサポートするバックコーラスにも品があって非常に好ましい。一方シングルバージョンはピアノのみによる開始こそ悪くないけれど、リズムを強調しているため足取りが重々しすぎる。時に歌手を邪魔しているような感もある。その最たるものがリフレインの冒頭「きみーがー」(2分35秒)である。思わず「まともに被さってどうすんだ!」と憤ってしまった。他にもある。以下は2番の出だし「動き始めた汽車の窓に」のフレージングである。「うごきはじめたーきしゃのまどにー」とほぼ真ん中に区切りを入れたアルバムバージョンに対し、シングルバージョンの方は「うごきはじめたきしゃのまどーにー」だが、いかにも一本調子で印象は非常に良くない。七五調が典型だが、歌にはやはり抑揚というかメリハリが必要である。(ちなみに森毅は安野光雅との対談「数学大明神」にて七五調が厳密には「(4+4)+(4+4)」であると解説していた。例えば「月も朧に白魚の」には「○つきも」「おぼろに」「しらうお」「の○○○」というように休止符が入っているというのである。)したがって「7+6」のアルバムバージョンの優位性は明らかだろう。ダラダラ棒読み風こそがフォークの正統的歌唱法だという意見は却下!(もっとも「きしゃをまつきみのよこでぼくはー」など他は両版とも全く同じだから五十歩百歩と言われたら反論できないけれど。)
 私が挙げた理由ともちろん同じではないだろうが、アルバムバージョンの方が上出来という見解はネット上で何度も目にしている。にもかかわらず、入手経路は初発LPの復刻CD(つまり当盤だけ)という状況は何とも困ったものである。実に嘆かわしいことにベスト盤への採録が今に至るまで見送られたままだからである。あんな名演奏を完全に無視しているとしか思えない制作者は相当なボンクラに違いない、と暴言すら吐きたくなる。とにかく、「なごり雪」がシングルバージョンと2002年のセルフカヴァー(この時はハングルでも録音された模様)のみで後世に伝えられることになると想像するのは何とも寂しい。
 このように思い入れの強いアルバムバージョンゆえ、背に腹は代えられぬとして「夢の人」の新品(税込1529円)購入を本気で検討し始めた矢先、運良くアマゾンのマーケットプレイスに出品された破格値(380円)の中古をゲットした。余談ながらブックレット掲載の写真4枚中3枚ではトレードマークのオーバーオール姿である。残る1枚=ジャケット写真はセーターを着た歌手がイスの上で胡座をかいているが、海豚というよりは海馬みたいである(失礼)。たぶん厚着のせいだろう。
 さて、当盤に収録された11曲のうち超名曲の「なごり雪」(トラック7)とともにイルカの作詞・作曲ではない「クジラのスーさん空を行く」(トラック3)へのコメントから始める。詞は神部和夫(後の旦那)、曲は吉田拓郎が書いた。当時大きな社会問題だった公害を扱っている。が聴いていると何とも間延びした音楽に「これでええのんか?」と疑問を投げかけたくなる。同じプロテスト・ソングでも私をして「これは末代まで残さなければいけない」と思わせたJoan Baezの "What have they done to the rain?"(邦題「雨をよごしたのは誰」)のような切迫感はどこにもない。「深刻な内容を茶化して歌うのがフォークソングの真髄なんだ」と言われたらそれまでだが、純音楽的に評価すれば全く取るに足らないと思う。それがベストアルバム数種に(しつこいが「なごり雪」の当盤収録バージョンをさしおいて)入っていたりするから私は気に入らない。
 とはいえ、イルカが曲と詞を手がけた残り10曲の質も似たり寄ったりである。(ちなみに当盤の編曲は全て石川鷹彦が担当している。)1曲目の「ラバーボール」を耳にして早くも力が抜けてしまったが、それが一時的にでも戻ってきたのは7曲目の3分余りだけだった。初再生時に33分というトータルタイムが表示されて唖然としたものの、早く終わってくれるのは却ってありがたいと途中から思い始めたほどである。(歌唱のレベルについては繰り返さない。)「1974-1979ベスト・セレクション」にも採用されたトラック6「星の長距離電話」はそれでも出来が良い方で、これが隠れ名曲として一部に(特に女性ファンに)支持されてきたというのも肯ける。しかしながら今では電話料金も随分と安くなったし、より経費のかからないインターネットも普及しているから、現代人の共感を集めるような音楽ではもはやないだろう。最後に置かれたタイトル曲「夢の人」はネットでも結構評判が良かったので一応は期待していた。(なお、別ページで紹介した「オーバーオールでギターぽろぽろ」というコメントがamazon.co.jp掲載の当盤カスタマーレビューだったと判明した。)けれども僅か2分足らずで終わってしまっては評価のしようがない。空腹時に出されたご馳走を無我夢中で貪り、さてこれからは味わって食するかと思って器を見たら既に空っぽだった。そんな感じだろうか。結局は侘びしさだけが残った。
 先述したように諸経費込みでもシングルCD以下の値段だったから、懸案の「なごり雪」を手に入れることができただけで十分と割り切るならば70点は付けられる。ただし新品を購入していたら50点に届いていたかも怪しい。

おまけ
 iTunes Store ではイルカのアルバムを全く扱っていないけれども、シュリークス時代の「イルカのうた」(1974年LP初発→2004年CDで復刻)はなぜかあった。その冒頭に収録されている「クジラのスーさん空を行く」を試聴したところ、どうやらカメ吉君がメイン・ヴォーカルを務めているようだが、彼の剽軽な感じの声は曲調と見事マッチしている。としえのサポートも呼吸ピッタリで、コミックソングとしてなら十分聴ける。またトラック9「いつか冷たい雨が」もピアノや弦楽の伴奏による素朴な伴奏ゆえイルカ名義の79年版より気に入った。全曲聴いてみようとまでは今のところ思っていないが・・・・

追記
 先月(2007年4月)2日に和夫氏の訃報が公表された。先々月の21日に急性腎不全で亡くなっていたとのことだが、20年もの間パーキンソン病を患っていたとは全く知らなかった。59歳というあまりにも早すぎる死に哀悼の念を表すのみである。合掌。

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