「世界最高の日本文学」の感想
「音楽評論家各論」の追記にはタイトルにちょっと「ん?」と思った、などと書いたが、特に深い意味はない。「世界最高のクラシック」なら問題なしだが「世界最高のドイツ音楽」だと「世界」が直後の「ドイツ」(それを構成する要素)によって限定されていることに(たとえ本当に世界最高であるとしても)何となく違和感を覚えてしまう。それと一緒である。
さて、この本の刊行を新聞広告で知った私は、どんな小説が採り上げられているかを知るため早速光文社のサイトを訪れた。目次を眺めたところ私が読んだと思われるのは12作中1/3(4作)しかない。(後に読んだことすら忘れていた1作が加わったため正しくは5作である。)が、未読作品の批評だからといって楽しめないと決まった訳ではないし、それが切っ掛けで読んでみたいという気になるかもしれない。また、光文社新書のクラシック本(2冊)が何れも好著だったこともあり、すぐさま「生協インターネットショップ」に飛んで注文を入れた。既読の音楽評論でも許はしばしば文学関係のエピソードを引いており、その分野にも造詣が深いことは明らかである。(文学に限らず、違う分野から引っ張ってくる喩えが的確であることに私は常々感心している。)また、彼は大学でも文学を教えているようだ。そういえば以前、ネットサーフィン中に偶然彼の勤務する慶應大学のサイトに入ったことがある。どうやら授業評価のページのようで、「単位は楽勝」の他に「『ウルトラセブン』のビデオを教材にした授業が面白かった」というコメントも出ていたと記憶している。また、「クラシックを聴け!」で紹介されていたが、カレーの美味しい食べ方まで学生に伝授しているらしい。まあ多分に型破りなところもあると予想されるが、そのような講義なら私だって聴いてみたい。「そんなに聴きたきゃ、そっちから聴きに来い!」と言われてしまいそうだが、慶大も朝日カルチャーセンターも「ウルトラ出不精」の私にとっては遠すぎる。どうやら聴講は一生実現しそうにないので、本で我慢することにした。
1週間ちょっとで入荷した本をその週末から読み始めたが、まず「最初に」には笑ってしまった。「世界最高のクラシック」でも使われていた「銀座の最高級のすし屋に連れて行く」からさらに悪乗りして「キャバクラの呼び込み」みたいな本なのだという。ただし書いていることは至極真っ当である。しかも大変分かり易い。学校の国語の成績が悪かったというのも私と一緒で共感を覚えた。(私は現国、古文、漢文とも苦手という「国語ダメダメ三冠王」だったのだ。)
さて、私が許の書いたものを好む理由の1つに、批評対象(作品あるいは音楽家)そのものについてだけでなく周辺事項について語ったもの、つまり逸話や余談の類がとても面白いことが挙げられる。(ただし、当サイトにて私が本筋そっちのけで脱線話の執筆に熱中してしまうこととは無関係である。他ページに記しているが、それはつボイノリオの影響である。)さらに、プロの文章書きとして金を取っているのだからと言ってしまえばそれまでだが、横道に逸れているようでも常に読み手を意識しているのもさすがである。当然ながら節度も保たれている。(ただし「クラシックCD名盤バトル」は除く。)序章「小説を読むコツ」で紹介されていた岡本太郎の言葉が一例である。(私は後述するように小説の面白さに目覚めるのが遅かったこともあり、三十台後半以降に目を通した作品は情けないことに内容はおろか読んだことすら憶えていないこともある。岡本の言葉は私にとって大きな支えになるだろう。あんな素晴らしい名言を教えてくれた著者に感謝したい気持ちである。)なお、(どの章から読んでも構わないとしながらも)この本は各章(作品紹介)の終わりに次の作品の前置きに相当する記述が置かれている。だから流れの良さという点では抜群であるが、よく考えたら(著者は触れていないが)太郎の言葉の後に第1章として母親かの子の「鮨」をさりげなく持って来るという構成も実に巧い。
岡本かの子は数年前にちくま文庫の全集を買ったので当然全作読んでいるはずだが、「鮨」というタイトルを見てもどんな話か思い出せなかった。それどころか「あれ? 林芙美子じゃなかったっけ?」と思ってしまったほどである。「めし」と混同していたのだから呆れてしまう。(ここから余談。私は日本の女流作家では林が断然好きで、できればこの本でも採り上げて欲しかった。しかし、「放浪記」はもちろん「晩菊」にしても「浮雲」にしても生活臭があまりに強すぎ、逆に日常を超越した異常性のようなものは希薄である。なので、許にしても「世界最高」とは到底評価できなかったのかもしれない。ついでだが、「女流作家」「女流棋士」というのはようわからん日本語である。なぜ「女性○○」ではいけないのか? 性染色体の構成がXY、つまり生物学的には雄と判定されるけれどもスタイルが女性的であるという場合に用いられるのであればまだ解る。そういう意味ならば、読んだことがないため推測の域を出ないものの山咲トオルは「女流漫画家」に属するということになるのだろう。逆も当然あり得る。とはいえ、何が「男性的」で何が「女性的」かを論じようとすると泥沼にはまり込むのは目に見えているし、最近はそういう形容詞の使用自体が差別として目の敵にされる風潮もあるので自粛する。そういえば、かつて文学関係サイトの掲示板に出入りしていた頃、女性の常連投稿者から噛み付かれたこともある。)この本は「手軽な大きさの、一気に読める作品を読んでみる」がコンセプトであるため、岡本の膨大な作品群からも敢えて短編が選ばれているのだが、私は大作の印象が強かったためすっかり忘れてしまったのである。が、読み進む内に「あれか」と思い出した。(この本では時にかなり長きにわたる転載もまじえて粗筋が紹介されている。)潔癖性に由来するらしき極端な偏食の息子に母親が鮨を握って食べさせてやる話である。現代ならアトピーで御飯もパンも食べられない子供のため、自ら汗水垂らして、しかも無農薬で栽培した雑穀(アワ、キビ、アマランサスなど)から粥や団子をこしらえてやるようなものであろうか。あれを読んだ時、私はたぶん「ええ話やなー」と思ったに過ぎないはずである。単に美談と捉えていたのだ。しかし許は違う。湊(大きくなったその子供)が通っていた鮨屋に来なくなる。その理由を、湊が死んだのか、あるいは引っ越したのかと考察する時点で読みが深いと思わせるが、子供が鮨を食べるシーンに着目して「気味が悪いほど生々しい」「鬼気迫る」と評していたのも感心した。ああいうのは感受性が鋭くなければ絶対に書けない。さらに「何のへんてつもない台詞」から想像力を膨らませていくところは心底脱帽した。実に深く読んでいる。これが若くして教授の座まで上り詰めた彼と私との違いだろう。
第2章は鴎外の「牛鍋」である。実はこの作家は全く読んでいない。古本屋の店頭に並んでいる文学全集のバラ売り(100円均一)を手当たり次第に買ったので、私は日本文学もそれなりには読んでいるはずだが、明治はかなり弱い。(今になって気が付いたが、著者の没後50年間という著作権の縛りがなく自由に転載できる作品が採り上げられていると思われる。)漱石も「坊っちゃん」と「三四郎」しか読んでいないから似たり寄ったりである。小学生の頃、祖母がいわゆる「名作」を買って私に薦めた。「次郎物語」は何とか読めたが、「路傍の石」は重苦しくて辛気くさいと思っただけで全然面白くなかった。その次が「こころ」だったはずだが、これは理解不可能で途中で放り出してしまった。良書に触れさせたいという思い遣りだったには違いないが、正直なところ鬱陶しかった。それが本を贈られた最後だったはずだが、以来私は純文学というのを敬遠するようになった。(何にせよ本人が望んでいないものを押し付けるのは良くないとつくづく思う。)高校から大学にかけて読書が嫌いだった訳ではないが、読むのは専らノンフィクション(スポーツと自然科学が大部分)に限られていた。私が国内外の小説を愛読するようになったのは二十台も終わりに近づいた頃である。あまり早すぎるのも良くないが、やはり若ければ若いほど読書における吸収効率は高いはずである。まあ遅すぎるということもないのだろうが・・・・と自分を慰めてみる(脱線終わり)。そんな訳で疎遠な作家ゆえ物語そのものについては触れないが、ここでも許の想像力には感嘆させられる。それ以上に、この章の最後の2ページで述べられた読書論が見事である。極度に省略された書き方「だからこそ」登場人物の姿だけがくっきりと浮かび上がる。数多くの謎を残して作品がぷっつりと断絶する「ゆえ」無限に想像力をかきたてる。「私たちの想像力を刺激する謎は、文学の大きなおもしろさのひとつなのだ」「作者は(中略)私たちが想像できるような暗示をほのめかしてはくれる。だが、それが正解とは限らない。その宙ぶらりんの感じがたまらない。」まさにその通りと膝を打ちたくなった。音楽評論家各論の冒頭に「彼は美について語るのが上手い」と書いたので、ここでは「彼は読書の愉しみについて語るのが実に上手い」としておこう。
次が三島由紀夫の「憂国」。三島も全く読んでいない。太宰、川端、そして三島。避けている訳ではないのだが、これら3人の作品はいずれも未読(のはず)である。太宰はNHK国際放送「ラジオジャパン」のラジオドラマで「トカトントン」を聴き、自分には全く合いそうにないと思った。川端はこの項執筆のため押し入れを覗き込んでいた時に文学全集のバラが真っさら状態のまま奥で眠っていたのを見つけた。となれば一応は読もうとした訳であるが、最初の「伊豆の踊子」に退屈して放り出してしまったということになる。(堀辰雄も同様に全く手付かずのままであったが、やはり途中で嫌気が差したのだろうか? それはさて措き、許は序章に「楽しく小説を読むコツ、それはつまらない作品は読まないことである」「さっさと読むのをやめてしまうことだ」と述べているが全く同感である。)一方、三島は確固たる理由があって読まない。
小林秀雄の「当麻」にこんな文章が出てくる。「美しい花がある、『花』の美しさというようなものはない。」(ネット検索して、これを使っているサイトやブログが非常に多いことに驚いた。単に有名というだけでなく、簡潔ながらもインパクトの強い名文句という証左であろう。)続いて「彼(註:世阿弥を指す)の『花』の観念のあいまいさについて頭を悩ます現代の美学者の方々、化かされているにすぎない」と来る。要は抽象的な「『花』の美しさ」という概念に溺れてしまうことの不毛さを小林は説いた訳であるが、それを引いて大江健三郎が三島を批判していたからである。それはエッセイ集「鯨の死滅する日」に収録された「状況と文学的想像力」と題する講演の抄録に載っている。以下抜粋する。
ひとりの作家が言葉を通じて、自分の想像力を十全に発揮しようとするならば、かれの操作は、つねに事物の重さ、世界の重さにあいはかりうるような言葉をひとつひとつ発見していかなければならない。ところが、言葉と事物の合間に『美』という概念を挟んでしまおうとすると、たちまち作家の言葉の操作の全体が曖昧になってしまう。そういう意味で「美」は文学的想像力を衰弱させる「異物」であると大江は述べ、さらに三島の糾弾を始める。
三島由紀夫には『花』の美しさ、のみがあって、美しいもの
(註:「もの」にルビ)そのものはなかったのです。そして、
言葉がもの(註:先に同じ)そのものへむけて、物質化され
ず、「美」という異物によって、もの(註:先に同じ)そのも
のからへだてられるために、三島由紀夫の文学は極めて概念
的なもの、となりました。そこで彼は、その「美」を絶対化
することによって、自分の文学を概念化から救助したい、と
ねがったのであります。
その後盾として三島が選んだのが天皇制である。かれはほかならぬ天皇制を自分の文学における「美」と直接結びつけようとした。そしてついに「絶対的な天皇制」「絶対的な『美』」そして「絶対的な文学」としての自分の仕事という三位一体の奇跡を完成しようとして割腹自殺をした。それが完成した瞬間を信じつつ。
このように大江は三島の自決はもちろんのこと、彼の文学にも全く価値を認めようとはしなかった。「三位一体」の幻からは「美」も絶対的な天皇制も結局は相対的なものであり、ついには思いつき的なものですらあることが明瞭に見て取れるため、そのような幻とは無関係に生きてゆくことができるということを逆にわれわれに信じさせるほどの力しか持たなかった。それは三島由紀夫の文学の根本的な欠陥に由来するといわねばならぬ、とまで断罪するのである。誰でもそうだろうと思うが、自分の好きな作家あるいは評論家がこれほどまでに否定している対象を好意的に捉えることは極めて困難である。だから三島の小説を読みたいと思ったことは一瞬たりともなかった。現東京都知事の作品も同じである。(ちなみに、ブルックナー3番のヴァント&NDR盤ページ下で触れた元剣道部の友人は大江が全く許容できないということである。ミュージシャンでは尾崎豊、日本人作家では太宰と共に三島を愛好していた彼のことだから、おそらく大江の批判も知っていたのだろう。「天皇の写真を見たら自然と頭が下がる」と語っていた彼にすれば、大江は「国賊」そのものであったかもしれない。にもかかわらず、我々2人の仲が悪いということは全くない。部分的に価値観が大きく隔たっていてもお互いを認め合うことは可能である。)
さて、許も三島の「憂国」について否定的に紹介していた。彼は大江を嫌っているようだが、三島文学に対する評価には大きな違いはないようだ。(2006年4月追記:先日「『ゆとり教育』が国を滅ぼす―現代版『学問のすすめ』」という本のネット評ページに偶然入った。編著者の小堀桂一郎は福沢諭吉が「学問のすゝめ」で力説している「怨望」の害を援用しながら、「『怨望』すなわち『ルサンチマン』こそが上昇志向教育を忌避し、平等主義の仮面をかぶった『反教育」思想の基となっている』」と喝破しているという。ただし、そのページを読む限りでは「ゆとり教育」と「怨望」とがどう結びつくのかは全く不明である。どうやら妙なところに入ってしまったらしい。それは措いて、ふと「そういえば大江健三郎も最近の最近の小説やエッセイ中で『怨望』を繰り返し使ってるなぁ」と思い当たった。彼も福沢の「良いことを生み出すところが全くない不善の不善」を引いて「人間の素質のなかで、ただ悪いだけで、良いところは何もないのが『怨望』だ」「『意地悪のエネルギー』はなにも生み出しません」などと書いていた。そうなると「怨望」を主燃料としている「ルサンチマン教授」こと許がそんな作家に敵意を抱くのはむしろ当然という気がしてきた。それにしても今月後半に入って以降の某所における許スレの伸びは凄い。誹謗・中傷の類はほとんどないから私も愉しませてもらっているが、執拗な連続批判投稿はいったい何者の仕業なのだろう?)そうと判って私は何となくではあるがホッとした。(彼は「あとがき」でも「本書は『憂国』だけに辛く当たっている」と述べている。他の作品とは異なり全然悲しくないのが理由の1つということだ。)「あまりにも単純」「まるでマンガ」「メルヘンのようにうすっぺら」と全く容赦しないが、私も主人公の夫婦(夫は切腹し妻は後を追って喉を突く)に対して「コイツらほんまアホやなぁ」と思っただけである。(2005年12月追記:数学者の藤原正彦と作家の小川洋子による対談「世にも美しい数学入門」中で、これがなければ「フェルマー予想」の解決はあり得なかった、それどころか数学への貢献度もはるかに大きいとされる「谷山=志村予想」の提唱者の一人、谷山豊のエピソードが紹介されていた。その予想を彼は1955年の国際会議で発表したものの、あまりに奇妙奇天烈すぎて誰も相手にしない。反論もせず完全無視。その四、五年後に谷山は突然自殺する。理学博士号を取り、東大助教授になった年に。しかも婚約して来月結婚という時期だから既にただごとではないが、その1ヶ月後に「どんなことがあっても別れない」と約束したという理由で婚約者が後を追ったと知って私は仰天した。まさに「事実は小説より奇なり」であるが、「憂国」の発表は1961年である。もしかすると三島はそこから題材を得たのだろうか?)ちなみに他ページで触れているかもしれないが、関西人にとって「アホ」は必ずしも貶し言葉ではない。この場合もそうで、まるで吉本新喜劇みたいだと私には映ったのだ。ゆえに「アホ」という言葉が出てくるのも自然な反応である。しかし、そういう小説を三島が大真面目に書いたのだとしたら恐い。(優れた芸術から時に感じる殺気とは別物である。)もし私の周りにそういう人物がいたらなるべく近づきたくないと考えるだろう。この作家を敬って遠ざけていたのは正解だったという思いを強くした。ところが、許が大学の授業でこの作品を扱った時には、驚いたことに学生がやたらと感激したのだという。彼はこの作品がグロテスクであるとも述べている。その理由には十分説得力が感じられるけれども、それ以上に私は学生達の反応に寒気を覚えてしまった。それに留まらず、今後この国の住み心地が次第に悪くなっていくのではないかという嫌な予感もした。こういう作品にはあまり関わりたくないのでサッサと次に移ることにするが、ここでも許の分析は見事であり、特に「行間を読む自由が少ない」「省略の美学からもっとも遠いところにある」には肯かされた。全く読んだことのない作家の章でもこんな風に道草を食っていたら一向に進まないので、これからは飛ばすか触れるにしても少しだけにする(つもりであるが・・・・・)
第4章は鏡花の「外科室」である。(ちなみに許は「生きていくためのクラシック」にて、レーグナー指揮によるマラ3を「高野聖」のえもいわれぬ味わいに準えている。)私は名前だけ知っていたが小説家なのか歌人なのかも知らなかったという体たらくである。もちろん未読であったが、この本で採り上げられていた作家の中で最も衝撃を受けた。中高の教科書に登場しない理由を「なんともいえないエロティシズムがある」と許は断言しているが、とにかく妖しい。筋書きだけでもそれがビンビン伝わってくる。よほど凄い作品なのであろう。年代のみならず「妖しさ」の種類も違うが大岡昇平の「武蔵野夫人」を思い出した。あの小説の全編に漂う妖気も相当なものだからである。ついでながら、ノーベル文学賞受賞が決定した直後に大江は「私より先に大岡さんが貰っていても不思議ではなかった」とコメントしていた。それを知った私は直後に「野火」を入手して読み、それこそ脳天をガツンとやられるほどの衝撃を受けた。もし私が「世界最高の日本文学」を選ぶとしたら絶対にこれは外せない。他には石川淳も不思議な魅力に取り憑かれ一時期集中して読んだ。私に文才があったら「荒魂」「焼跡のイエス」「処女懐胎」などについて語ってみたいくらいだ。(大江は難しい。「個人的な体験」以前の作品が結構好きで、その中でも「叫び声」が一番だったりするのだが、いくら何でもこれをベストとする訳にはいかないだろう。敢えて1つに絞るというなら愛媛の山間地における伝承が初めて語られる「万延元年」にしておこう。ガルシア=マルケスの「マコンド」に通ずるところがあるから。)既に大脱線しているのでもう止めるが、許の「客引き」によって読んでみたいという気にさせられたのは何といっても自分と同姓のこの作家である。
第5章は武者小路実篤。私が初めて読んだのは「愛と死」だった。(現在出回っている文庫本では、代表作に挙げられることの多い「友情」とセットになっているようだが、私が買った岩波文庫の古本では「愛と死」が単独で収録されていた。)これはかなり琴線に触れた。次が文学全集(河出)の実篤第2集で、「幸福な家族」「暁」「若き日の思い出」といった少々マイナーな作品が収められていた。「友情」や「愛と死」とは打って変わって、いずれもハッピーエンドだったが、「仲良きことは美しき哉」を絵に描いたような作品に好感を抱いた。また「真理先生」シリーズも私は大いに気に入った。(タイトルの先生はまあまあだが、)馬鹿一(石かきさん)を筆頭に泰山と白雲の芸術家兄弟、お調子者の語り手(山谷五兵衛)まで、登場人物がみんな生き生きと描かれていて本当に素晴らしい。と思えば、「不幸な男」や「愛欲」(戯曲)のような気味の悪い作品も面白い。(そういえば、アメリカン・ジョークに「卑怯者の定義 ─ 妻が妊娠してから自分が無精子症であることを打ち明ける男」というのがあるが、前者はそのような陰湿男の物語である。もちろん救いようのないエンディングを迎える。)さて、この本で採り上げられているのは「お目出たき人」である。武者小路の小説はあらかた読んでしまったので「人生論」「人生読本」にも手を出したが、これらはもう一つだった。他に何かないかと思っていたところ、「新潮文庫20世紀の100冊」としてこの作品が発売された。このシリーズ独自の紫のカバーが掛けられており、関川夏央の紹介文には「いってしまえばストーカーの話だが、」とある。最後のページに「平成十二年一月一日発行」とあるから初文庫化と思われるが、たしかこの頃からストーカーが社会問題になり始めたのではなかったか? その内側には通常の黄緑色カバーがあり、許が(4度も繰り返されて強調されているため)驚かされたという「自分は、女に餓えている」という文が目に飛び込んでくる。「これは面白そうだ」と手を伸ばしレジに持っていった。それなりに愉しめたことは確かだが、文章があまりに平易であるためサッサと読み飛ばし、そして忘れてしまった。(このシリーズの特徴なのかもしれないが、本文の活字がやたらとデカいために短い割にページ数を喰っている。要は水増し商法であるから気に食わない。二重カバーも価格釣り上げの原因だとしたらケシカラン話だ。)最も印象に残ったのが病床の叔父を見舞った際に「イワン、イリヰッチ(イワン・イリッチ)の死」を思い浮かべたというシーンで、それもトルストイの作品だったからに過ぎない。(またまた余談だが、ロマン・ロランがあれをトルストイの最高傑作と称賛していたらしい。いくら考えても何度読み返してみても、その評価は理解できない。)たぶん「憂国」同様に「アホなやっちゃなあ」と思っただけのはずである。だが、今になって自分の読み方がいかに浅かったかを思い知らされた。許によって主人公が丸裸にされてみると、彼の異常性はゴーゴリや魯迅の「狂人日記」にも匹敵するのではないかと思えてくる。以下は余談。「友情」の結末に対し、私は何とも腑に落ちない気分になったのだが、許の「どう見てもその女がずるがしこい悪女なのに、友人たちは(おそらく作者も)気づいていない。これまた実におめでたい」という見解には思わずハッとした。あの後味の悪さの原因はこれだったのだ! 私も「お目出たき人」である。あと主人公の気味悪さに言及する際に「インターネット上で自分の毎日の生活内容を発表する人々」を引き合いに出しているが(そういえばブログにはまっている主婦達を扱ったテレビ番組を観た)、私には五十歩百歩という意識があるので批判めいた気持ちはもちろん起こらなかった。(旅先で出会った外国人女性の思い出話を「言いたい放題」に書く程度なら問題ないのだろう。)
川端については三島のところで述べた理由によりカット。(この本でも割かれているページ数が最も少ない。)続いて谷崎であるが、先述した「読んだことすら忘れていた1作」というのが実は「少年」である。所有している新潮社の日本文学全集を引っ張り出してみたらちゃんと収録されていた。前後の「刺青」と「幇間」は憶えているから、両作品から受けたインパクトに埋没してしまったのかもしれない。また、何といってもこの作家は「痴人の愛」「卍」という2作がエグすぎるため、同系列(ヘンタイ路線)の小品は陰が薄くなってしまったのかもしれない。(後に単独で全集に収録されていた「細雪」を読んだ時も主要登場人物が女ばかりだったので、そのうち同性近親相姦というドロドロの世界が描かれるのではないかと勝手にワクワクしていたから肩すかしを喰った。もちろん真っ当な作品として読めば完成度が極めて高いことは明らかであるが。)さて、この章は作品解説よりも後半で展開される著者の持論が目を引いた。「美しい人間はわがままでなければならない」は、あちこちのネット掲示板で批判されている行為を自ら正当化しているようにも思え、ちょっと引っかかったが、それ以上に「手鏡で女性のスカートを覗く行為」について「きわめて日本的」で「伝統的な美意識によっている」などと同業者を弁護するかのごとく述べていたのは唖然とした。こういうのは凡百の評論家には到底不可能であろう。反社会的行為を賛美していると眉を顰める人間も多いだろうから。もしかして彼は文芸評論家としても「破滅型」なのだろうか?
次章の乱歩作「芋虫」も不気味な作品である。こんな小説を書く人だとは知らなかった。(私は怪人二十面相も明智小五郎も子供向けテレビドラマでしか知らない。よく考えたらルパンやホームズも読んだことがなく、前者は孫が活躍するアニメだけである。要はこのジャンルに全く興味がないのだ。斉藤栄や吉村達也などによるプロ将棋界を舞台とした推理小説だけが例外だ。)題名からカフカの「変身」のようなストーリーを想像したが、グロテスクさはとてもそれどころではない。なのでこれも速やかに次に移ることにするが、許のみならず多くの「洋泉社系泡沫ライター」達が一時期好んで使っていた「猟奇」の説明はとても為になった。(後に「クラシック批評という運命」を読み返していた際、「奇想のカデンツァ」の第11章「アファナシェフのロマン主義と猟奇」が「猟奇という言葉をことのほか愛用していたのは江戸川乱歩だった」で始まっているのを見つけた。)
次に紹介されている嘉村磯多について許は「お世辞にも有名な作家とは言えない」と書いているが、実際のところ私も存在すら知らなかった。(が、既に「世界最高のクラシック」にて著者はバーンスタイン晩年の演奏を「まるで嘉村磯多の私小説のような業苦の世界が提示された」などと評している。すっかり忘れていた。)私小説について簡単に解説した後、「私小説を限界までやり切ったという点で、嘉村磯多以上の作家はいないかもしれない」と述べてある。確かにこの章で採り上げられている「業苦」のドロドロぶりは常軌を逸しており、著者が「世界最高のウジウジ文学」というサブタイトルを付けたくなった気持ちも理解できる。ここで早速脱線であるが、私は「私小説」という言葉からは反射的に正宗白鳥を思い出す。彼は徹底したリアリストだったようだが、晩年のトルストイが家出した原因を巡って小林秀雄と大論争を繰り広げた(ただし2人の仲は悪くなかったようで対談も残っている)ということで興味を持ち、文学全集のバラを買って読んでみたことがある。冒頭に収められていた「塵埃」は何ともいえず後味が悪かった。わずか数ページの短編だが、出版社に勤め始めた若者(南米行きの夢が破れたらしい)が今後何十年もつまらない人生(一日を校正で過ごす)を送らなければならないのかもしれないと漠然と思うところで終わる。(そうなるくらいなら「今日此処で舌を噛んで死んで見せる」と最初は強気だったのだが。)退社後に先輩達と飲みに行く場面が描かれるだけで変わったことは何も起きない。「何なんだこれは?」と目が点になった。さらに「何処へ」「入江のほとり」「生まざりしならば」と読み進む内に気分が滅入った。いずれも救われることもなく破滅することもなく、閉塞的状況がこれから先もずっと続いていくというストーリーである。これが椎名麟三(「懲役人の告発」「深夜の酒宴」など)ぐらい徹底して救いようのない話だったら却って物語から距離を置くことができるけれども、あんな陰気な話を読まされる側はたまったものではない。学業が行き詰まり気味で将来の展望が開けそうにないと落ち込んでいた頃、私は初めて読んだドストエフスキーの作品「永遠の良人」でこっぴどく打ちのめされたように記憶していたが、よく考えるとダメージは正宗作品から受けた方が大きかったかもしれない。(フョードルがアッパーカットなら、白鳥はボディーブローである。実は今になって「私小説」と「自然主義文学」とをごっちゃにして書いてきたことに気が付いたけれども、直すのは面倒なのでこのまま続ける。)当時の私が嘉村作品に触れていたら一体どうなっていただろうか? もちろん想像の域を出ることはできないが、現在とは相当に違う(南十字星を毎晩眺めるような?)人生を歩むことになったのではないかとふと思った。
次が許が初めて夢中になった日本の作家、夢野久作の「少女地獄」である。私は光文社サイトの紹介ページを訪れた際、目次に夢野の「ドクラ・マグラ」が出ていないことを訝しく思った。許が音楽評論でたびたび引き合いに出していた作品だから。例えば「クラシック、マジでやばい話」の「私の憂鬱」(123頁)では、ミュンヘン留学中にチェリビダッケ&ミュンヘン・フィルによるチャイ5の生で聴いた時の「恐ろしいほどに覚醒した気持ち」について「『ドクラ・マグラ』の最後、ついに真相を知った主人公は、どこへともなく走り出す。あの感覚に最も近い。」と書いている。が、先述したコンセプトには合わないということで外されたのであろう。以下、この奇怪な長編についてグダグダ書いてみる。大学院生時代に生協書籍部で角川文庫(上下2巻)を見かけた際、カバーに印刷されていた「これを読む者は、一度は精神に異常をきたすと伝えられる、一大奇書」という宣伝文が目を引いた。「なら読んでみたろか」と思ったのはいかにも私らしいが、どうせならちくま文庫の全集を買ってそういう異常な世界をトコトン味わってみようと考えた。が、他研究室に在籍していたK君の「全部読むほどの価値はないんじゃないですか」というコメントに従って結局先述の角川文庫を買うことにした。(このK君は1年365日をブルーのショートパンツで過ごしていたため、「青パン君」という異名で通っていた。上も常時白シャツで、春に長袖から半袖、秋に半袖から長袖にチェンジするのが唯一、いや唯二の衣替えだった。清貧を地で行くような彼であったが、芸術に関する造詣は相当に深く、私が学生会館の管理人のバイトをしている時に訪れてくると決まってデスマッチ談義となった。音楽はまあ互角に渡り合えたものの、ずっと後に手を染めた文学では全く太刀打ちできなかったため彼の意見は尊重することにしていたのである。そんな彼が理由は定かではないが大学院を中退してしまったのは本当に残念であった。)さて、この作品は冒頭場面からして既に異様である。主人公が他に誰もいない部屋で目を覚ますと壁の向こうから「お兄さま」という声が聞こえてくる。実は今年(2005年)春のナミビア出張時に読んだ外国文学から同じような感覚を味わい、その時に「ドクラ・マグラ」を思い出したのである。それはマヌエル・プイグの「ブエノスアイレス事件」である。最初の章で同居している自分の娘が就寝中に姿を消してしまったことに母親が気付き、次の章では誘拐されたその娘が拉致されている部屋の様子が描かれる。(私はプイグの作品がどれも大好きであるが、映画にもなったという「蜘蛛女のキス」が最も知られているかもしれない。刑務所に収監されたテロリストとホモセクシュアルの別の囚人=実は政府が送り込んだスパイとの会話を中心に進められるストーリーには全く飽きることがないが、後者が昔見たとして語る映画の筋書きがまた面白いのである。「一粒で二度美味しい」という点で「千夜一夜物語」の現代版というべき傑作である。ついでながら、ラテンアメリカの小説には欧米の作品にはない奇抜さとスケールの大きさを備えたものが少なくない。例を挙げると同じくアルゼンチンの作家、フリオ・コルタサルの「石蹴り遊び」がある。普通に第1章から第155章までを配置されている順に読むという方法だけでなく、各章の末尾で指示された章に飛ぶというアドベンチャーゲーム本のような読み方もできる。ところが後者の場合、最後は無限ループに陥ることになる。作者によればどちらの読み方を選んでも良いということだが、おそらく両方を試みる読者が多いだろう。これも意味は違うけれども二度美味しい作品である。)この小説では情景描写や普通の会話だけでなく、新聞記事や雑誌記者のインタビュー、さらに検死解剖報告書まで登場する。つまり「ドクラ・マグラ」と似ているのである。(先に書かれたのは夢野の方だから、もしかしたらプイグがそれを知っていたのかもしれないと思ったほどである。許によると外国語には翻訳されていないという話なのでまずあり得ないが・・・・)本当にダラダラ駄長文になってしまっているが、言いたかったのは「ドクラ・マグラ」の作風が全く日本人離れしているということである。だから、許が海外旅行にたまたま持って行った夢野の名作集にすっかりはまったというのも何となくではあるが理解できるのである。いつもと違う生活を送っている時には感受性が鋭くなっているために、読書から受ける印象が強化されたということもあろう。(かくいう私も南米諸国を周遊した際には文庫本を携行したが、開高健や山下洋輔のエッセイのようにさほど重くないノンフィクションしか読まなかった。旅している時にはどういう訳か旅について記したものが読みたくなるからである。それも宿のみならず街中の公園のベンチに座って何時間も潰すのであるから、名所巡りの好きな人の目には信じられない愚行と映るかもしれない。ちなみに、就職後の海外出張時では普段なかなか手に取る気にならない大作を荷物に詰め、休日に部屋に籠もって読むことにしている。括弧内脱線の連発により本文が追いにくくなっているような気がするので、とりあえず改段落することにした。)
私もこの小説は結構愉しめたと記憶している。最後の謎解きは本当に見事であり、この点では私にとって「世界最高のラテンアメリカ文学」の1つである「百年の孤独」(ガルシア=マルケス)をも凌駕していると思う。が、実は最も記憶に焼き付いたのは(主人公の生みの親である正木博士と思しき)怪しげな人物が打楽器(何だろう?)を鳴らしながら病気について語るという比較的初めの方に出てくるシーンである。読後しばらくは「スカラカ、チャカポコ」という音が耳を離れなかったほどだ。(今思うに、ショスタコーヴィチの交響曲第15番のラストが何となくそれっぽい。)そんな訳で私は許ほどには強烈な印象を受けなかったことは確かだ。もっと早く、あるいは海外滞在中に触れていたら違う結果となっていたかもしれないが・・・・「本書の趣旨に合わない」「虚心坦懐に読むべき」として外された「ドグラ・マグラ」に代わってこの章で採り上げられている「何でも無い」(「少女地獄」三部作のうちの1つ)にはさして興味を覚えなかったので次に進むことにするが、その前にこの「一大奇書」に関してもう少し述べておく。許は「ドグラ・マグラ」を「作者が長年の月日を費やし、考え抜いて書いただけに、一見訳がわからない部分も、実は非常に意味がある」として「たとえるなら巨大なジグソーパズルのような作品」と評している。お気付きだろうか? このような記述は許の音楽評論の中にも見い出すことができるのを。(追記:後に「クラシック批評という運命」のページをめくっていたところ、「机の上に載せたままにしていた『ドグラ・マグラ』を見て、ヴァントの演奏について得心がいったのだ」「ヴァントの演奏では、指揮者はテーブル上にばらまかれたジグソーパズルを巧みに構成することに成功していた」といった文章が目に留まった。)彼は「全体のない部分はない。部分のない全体はない」を根拠として音楽の「構造」に配慮している指揮者を褒め、そうでない指揮者を貶すという方針を貫いているが、その根底には学生時代に読んだ「ドグラ・マグラ」があるのではないかと私は考えたのだ。この小説のラストでついに全体像が明らかとなった時に彼は目眩を感じ、頭の中がぐるぐる回ったというが、他でもないその瞬間に音楽評論家・許光俊は誕生したのである。ここでも(「音楽評論家各論」同様に)妄想が入り込んでヤバくなってきたのでこれ位にする。
次章の小林多喜二は不覚にも「蟹工船」を収録した角川文庫および岩波文庫を買ってしまったため、許が採り上げた「党生活者」の他に「一九二八・三・一五」も読んでいる。が、共産主義革命を夢見て活動する若者を描いたこれら2作にはあまり感銘を受けなかった。選んだ理由として許が挙げた「冒険物語」としてはそれなりに面白く読めたものの、「この作品を読んだ人は、同時についていけない気持ちも抱くのではないか」と書いている、まさにその通りだったのだ。彼も述べているように、社会悪との闘いを「搾取する側(悪)とされる側(善)との対立」としてあまりにも単純化しているように思われたのである。後に読んだ宮本百合子はそれがさらに徹底しており、しかも「大衆は無知蒙昧である」という考えが見え隠れしていたものだから終いには気分が悪くなった。高校までは家で何となく取っていた日曜版を、そして大学では民青同盟の活動をしていた先輩が取っていた日刊紙を読んでいたこともあり、あの党の清廉潔白ぶりは評価しているけれども本質的に共感できない理由はそれ(指導的立場にいる人間のエリート意識)に尽きる。ところで、許はこの章で終戦記念日の追悼行事における言説に対して「純粋に言葉の問題として」異を唱えているが、この点では全く同感であると表明し次に移る。
最終章で採り上げられたのが岡本かの子の「老妓抄」である。またしても彼女の作品を選んだ理由を許は「名作だから」「最高傑作と呼ばれるに恥じない見事な文学だから」だとしているが、私は正直なところ納得していない。乞食の血を引いているという自意識を常に抱いていた女主人公がついに乞食生活を始めてしまう「生々流転」が私の考える最高傑作であるし、最も好きな岡本作品ということなら文庫による全集を買う前に「ちくま日本文学全集」(B6のポケット版)で読んでいた「金魚繚乱」を挙げないわけにはいかない。(後者のストーリーは良くできているし、ちょっと理系っぽいところも気に入ったが、何といっても「関西の大きな湖の岸にある水産試験場」も舞台になっていることに親しみを覚えた。ただし、S県水産試験場は実際には「Oという県庁所在地の市」に散歩がてら行ける場所にはなく、明治33年=1900年にI郡F村に設置された。つまり現在のH市H町であり、湖岸道路を挟んで私の職場の向かい側にある。ちなみに、許も「クラシック批評という運命」収録の「新・奇想のカデンツァ」でこの作品を採り上げており、「交配の手順もわからぬ以上、その魚の繁殖は不可能であり、美はいやがうえにも神秘的に映るのだった」と書いている。が、私の読み方はここでも違っていた。人智を超えたところで、運命の悪戯によって、あるいは神の気紛れで、と言っていいのかもしれないが、とにかく復一=主人公の意図したものとは全く異なる形ではあったけれども長年の苦労がようやくにして報われた、というハッピーエンドとして受け取ったのである。もしかすると私は自分で思っている以上にお目出たき人、いや楽天的性格なのかもしれない。とはいえ、実際のところ交配過程が不明であったとしても得られた遺伝子型を母本あるいは父本とすることにより、同一とはいかないまでもある程度近い性質を備えた子孫は殖やせるだろうし、数代後には優良形質の固定も可能であろう。余談ついでだが、ギンブナや一部のドジョウの場合、交配を行っても精子は卵の発生を刺激するだけで遺伝的には関与しない。つまり生まれてくる子は母親のクローンである。これを雌性発生と呼び、紫外線照射と温度管理を組み合わせて金魚にも人工的にそれを起こさせる技術が研究されているようである。「金魚繚乱」ラストで生み出された新種が雄だったら適用できないが・・・・戻って、「意識して求める方向に求めるものを得ず、思い捨てて放擲した過去やら思わぬ岐路から、突兀として与えられる人生の不思議さ」という岡本の言葉は、大山康晴の「助からないと思っても助かっている」と同じく私の心にズシリと響いた。「自力を尽くしたところに初めて他力が生じる」という真理をズバリ言い当てている。また、読み返して「復一の胸は張り膨らまって、木の根、岩角にも肉体をこすりつけたいような、現実と非現実の間のよれよれの肉情のショックに耐え切れないほどになった」といった表現からは「鮨」の子供が発した「ひ ひ ひ ひ ひ」という笑い声同様に何ともいえない生々しさを感じた。)これらに対し、「老妓抄」は許の要約によってようやく筋を思い出したほど印象が薄かったが、改めて読み返しても地味で取っ付きにくい作品としか思えなかった。とはいえ、シベリウスの最高傑作として交響曲第6番や第7番、あるいは交響詩「タピオラ」が挙げられたりするから、私が理解できないだけで実は「老妓抄」こそが最も完成度の高い作品なのかもしれない。(となれば、ストーリーが派手で分かり易い「生々流転」や「金魚繚乱」は、それぞれ第2交響曲と「フィンランディア」に相当するのだろうか?)結局のところ、この短編から「滋味」を感じ取ることのできた許と「地味」としか感じられなかった私との間には決定的な相違が存在するということであろう。長編ならともかく短編・中編を題材としてここまで書けてしまう許はやはり凄いと思う。作品に対する愛情がよほど深くなければできないことである。それに加えて、この章で、いやこの本全体の構成に対して私がつくづく感心したのは、「『老妓抄』を読んだ後で『鮨』を読むと新たな展望が開ける(それまで見えなかったものが見えてくる)」という組み立てになっていることである。「鮨」の湊は「老妓抄」の老妓と同じ種類の人間、つまり「絶対に手に入らないことがわかっているものを求めてさまよう人間なのである」と許は述べる。まるでフランクやブルックナーの交響曲のような循環形式ではないか! この本自体が「全体のない部分はない。部分のない全体はない」を実践している。さすがは音楽の構造について一家言を持つ人間である。その前の2段落が本書の白眉だと思う。少し長いが転載させてもらおう。
人生とは、人間とは、決して満たされないものである。この
ふたりはそう言っているのだ。人生はさすらいである。自分を
満たしてくれるものを探してさすらい続けるしかない。どうし
たらいいかわからないが、とにかくさすらうしかない。たぶん
自分を満たしてくれるものなど存在しないのではないか。そう
いう不安や恐怖や絶望に震えつつ、それでもさまようしかない。
さまようほどに悲しみは深くなる。だが、生命の炎は弱まら
ない。いっそうの不満に身を焦がしつつ、何かを求め続けてい
くしかない。死とは、満足することではなくて、この永遠のさ
まよいの途絶でしかないだろう。
許はここで人生論を展開しているが、それが著者の人生観であると判るのにさして時間は要しない。彼はいつの間にか(自分でも気が付かぬ内に?)作中の登場人物の生き様を自分の人生に重ねてしまっている。(既に「生きていくためのクラシック」序文からも十分伺いしれることであるが、)悲しみを心に抱きつつ彷徨を続けているのは彼自身に他ならない。「すぐれた指揮者においては必ずや指揮が肉体表現になっている」(クラシックCD名盤バトル)という許の言葉を拝借し、私も「すぐれた批評家においては必ずや芸術評論が人生論になっている」で締め括りたかったところだが、それは少々言い過ぎかもしれないと思ったので「すぐれた批評家においては必ずや芸術評論に筆者の人生観が反映している」としておく。
その後に「小説を読むというのは、人間の悲しさに触れることだ」で始まる「あとがき」を持ってくるというスマートな接続も心憎いばかりである。そして、この「あとがき」がまた見事である。「モーツァルトの『悲しくない音楽はない』という言葉は有名だが、すぐれた文学も例外なく悲しいものかもしれない」は真実を突いていると思う。ついでながら「文学」を「人生」と置き換えても成立するような気がする。その前の「一見喜劇的で滑稽に見える文学だって、その底には悲しげな何かがある」で思い出したが、私は人間のあらゆる感情の中で「泣き笑い」というのが最も悲しい(哀しい?)ものだと考えている。これでさらに思い出したことがある。たぶん96年の「音楽の友」にて「私の好きな曲」というコーナーに時計会社(セイコーだったっけ?)の社長が寄稿していたものだが、モーツァルト晩年の作、クラリネット五重奏曲イ長調K.581についてこんなことを書いていた。
ああいった曲を聴いていると、モーツァルトという人間は、一体ど
ういう人だったのかなとしみじみ思います。この悲しみはどこから
出てくるのか。決して表面的な悲しみではなくて、人類そのものが
宿命的に持っている悲しみ、そういうものを表現しているのではな
いか。もっと言うなら、人間が本来持っているような愛情とは、本
当に深いものになれば、結局は悲しみと同じではないかと・・・・
私にとってモーツァルトは本当に特別な作曲家で、それはこれから
も変わることはないでしょう。
脱線中に何が言いたかったのかよく分からなくなってしまったので、ここら辺で本稿にピリオドを打つことにするが、この本から感じられる著者の作家および作品に対する限りない慈しみ(愛情)というのも人生の悲しみを突き詰めた結果であるのは間違いない。「あとがき」で述べられているように、この本にとって真に相応しいタイトルは「悲しき日本文学」であると私も思う。執筆中の著者の頭の中には「悲しみ」が通奏低音(ト短調?)として鳴り続けていたことであろう。
ということで「これまで許さんが書いた著書の中での一番のヒット作」というネット評に偽りはない。クラシックの「世界最高」シリーズも高く評価している私としては「ザ・ベスト」というより「ワン・オブ・ザ・ベスト」としたいが。次作(世界文学編?)にも大いに期待している。(また、「あとがき」終わりに「島崎藤村『破戒』の衝撃的エンディング!」とあったけれども、鈍い私は読み返しても全然解らなかったので是非ともご教授願いたいところだ。)そして「ドグラ・マグラ」に匹敵する推理小説にも。
文芸評論家としての許を語るよりも彼の本を出汁にして自分の読書歴をグダグダ書く方が主になってしまった感があるけれども、どうか許していただきたい。>許さん。(←某所などで言い尽くされた感もあるが、単独で出てくるとホンマ紛らわしいわ。)
2006年9月追記
HMV通販への連載「許光俊の言いたい放題」の第87回「8月も終わり」の最初の段落に、「今夏は外国文学の入門書と、マニアックな聴き比べの本という2冊を完成させるつもりだったが、まだまだである」という一文があった。前者は「世界最高」の続編と思われるから非常に楽しみである。一方、クラシック本は「ヴィヴァルディの『四季』、それも『春』の聴き比べだけで、軽く原稿用紙80枚分になっている」とのことだが、さほど興味はない。
2007年1月追記
この年末年始休みには「パラグアイの音楽家たち」のページ作成と並行し、昨年秋に買ったまま「積ん読」状態だった集英社文庫(上・下)のカルロス・ルイス・サフォン著「風の影」(原題 "La Sombra del Viento")を読んだ。NHKスペイン語講座(ラジオ)10月号テキストのInformaciónコーナーで推薦されていたのであるが、(本文に記したようにラテンアメリカ文学は結構読んできたものの)スペインの本格的な小説となると「ドン・キホーテ」ぐらいしか思い付かなかったこともあって注文したのである。ところが入手してみればバルセロナが舞台のミステリー小説と判って拍子抜け。上でも触れているように推理小説とかミステリーは私にとって大して興味のない分野であるから。後に新聞広告が出たが、それを見ていれば絶対に買わなかったはずである。とはいえ、登場人物は例外なく生き生きと描かれているし、波乱に富んだストーリーは最後まで全く隙がない。(それがこのジャンルの生命線と言ってしまえばそれまでだが。)いかにも「読ませる」作品に仕上がっており、世界的ベストセラーになっただけのことはあると思った。そこそこ愉しめたのも事実。だが、結局それだけのことである。そういえば、許が「世界最高のクラシック」にてカラヤン指揮によるブルックナーの第9交響曲を評する際、修学旅行で見た日光の大きな滝の印象を持ち出していた。小学6年生だった彼は「すばらしい」「とても美しい」「すごい」などと感じ、「それは感動だったろうか。たぶん、そうだろう。」と回顧していたけれども、結局は「滝を見たからといって、人生が変わったわけでもないし、感動が持続したわけでもなかった」ということである。それと似ているような気がする。やはり私は作家が矛盾や破綻を恐れることなく深刻なテーマと格闘し、最後には「あとは自分で考えろ」とばかりに未解決の問題を投げつけてくるような純文学の方が好きだ。
さて、「風の影」はスラスラと2日で読了できてしまったため、今度は許をして「世界最高のウジウジ文学」と言わしめた嘉村磯多に取りかかった。(ネット検索から「私小説の極北」とまで呼ばれていることを知った。)地元のブックオフにて105円で売られていた日本文学全集(集英社)のバラを入手しておいたのであるが、これには葛西善蔵の作品も収録されていた。どっちも壮絶だった。重度のアル中(1日1升どころではなさそう)だった葛西、劣等感の塊(その反動として人並み外れた自尊心と他者への攻撃性も併せ持つ)みたいな嘉村は、ともに妻子を捨てて愛人とも衝突を繰り返すという一種の生活破綻者である。(新聞記者だった嘉村が葛西の自宅に原稿を受け取りに来たことで両者は知己の間柄となったが、後者の晩年には前者が口述筆記をするようになった。)そんな彼らが悲惨極まりない私生活をネタとして(もちろん100%実話ではないが)自身の醜さをこれでもかこれでもかとさらけ出してくる。同じような話が何作も続いたので、さすがの私も「もう勘弁して」と言いたい気分だった。(それでも最後まで読んだが。)もしかすると、めでたい正月には最も似つかわしくない文学だったのかもしれない。
ところで嘉村の「途上」にはこんなエピソードが出てくる。(許にとっても強く印象に残ったようで「世界最高の日本文学」で紹介している。)作家である主人公が自叙伝を綴っていた時のこと、かつて思いを寄せる少女の前で火鉢を壊してしまうという醜態を演じたことを思い出した彼は無意識の内にこんな行動に出る。
「あッ、あッ」と、私は奇妙な叫び声を発して下腹部を抑えた。
両手の十本の指を宙に拡げて机の前で暴れ騒いだ。
それを見た同棲中の愛人は「・・・・・・・・・・・・・・・。・・、・・・・・・・・・・・・・・・・・・」(禁止・差別用語が含まれているため自粛)と詰った。他の時には「そんな真似をしていると、屹度今に本物になりますよ」とも言った。だが私には決して笑えない話だ。ただでさえ独言が多いというのに、嫌な記憶が頭を過ぎると次の瞬間には大声で意味不明なことを叫んでしまっている。今のところは一人でいる時だけだが・・・・ゆめゆめ「本物」にならぬよう気をつけねばと思った次第である。
そして今はやはり許が採り上げていた鏡花(これもブックオフにて講談社「豪華版 日本現代文學全集」を同価格でゲット)を少しずつ読み進めている。(古本屋で漁った文庫本によって鍛えられたため舊假名遣ひは大丈夫だが、高校国語の中でも特に古典が苦手だった私にとって文語體は非常に骨が折れるけれど。)
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