ロス・カルカス(Los Kjarkas)

30 Años - Solo Se Vive Una Vez
2001
Viva Discos International 8004500202

 1991年の7月か8月にボリビアを旅したことから始める。私が参加したミッションでは任期途中に1回だけ休暇を取って最大3週間旅行することが許されていた。基本的には隣接する国に限られていたので、パラグアイの場合はブラジル、アルゼンチン、そしてボリビアである。同僚の多くは前の2つを好み(ブラジルの2大都市あるいはパタゴニアに行く連中が多かったような)、ボリビアはさして人気があったとはいえなかった。(首都ラパスにて高山病で寝込んだ人の噂も敬遠される原因を作っていたかもしれない。もちろんH氏のように特別な目的を持っていた人間は別である。)どっちにしても出不精の私はとんと興味が湧かず、その権利を行使する気もなかったのだが、旅費として500USドルが支給されるという制度が突如できたため、そんなら利用せな損かなとは思った。とはいえ任期が1年だったか数ヶ月だったか残ってないとアカンというルールがあり、92年1月までの私は既に時間切れだったため諦めていた。ところが、現地スタッフの配慮によって(湾岸戦争で延期になっていたという話にして)行かせてもらえるようになった。(要はインチキなのだが既に時効だろう。僻地に籠もって首都以外どこにも行かなかった私を不憫に思ってくれたのかもしれない。)今は多少緩和されたけれども、当時はとにかく人の多い場所(特に都市部)を嫌うという性分だったから、アルゼンチン海外向け放送局(RAE)を訪問するためにブエノス・アイレスに数日滞在し、後はずっとボリビアという旅程を組んだ。Asunción→Bs.As.→Santa Cruz→Cochabamba→Sucre→La Paz→Asunciónというコースで、長距離夜行バスを利用する最初の区間以外は全て空路である。ボリビア国内便の周遊券(たしか任意の4区間に乗れた)のあまりの安さにビックリしたことをよく憶えている。ボ国の4都市はいずれも印象深かったが、とりわけスクレの整然と立ち並ぶ家々には感銘を受けた。(実はパ国よりも再訪してみたい国だったりする。)何にしても本題の音楽集団の話とは関係がないのでもう止める。
 ラパスで土産物を物色していた時のこと、戻ってから聴くための音楽テープも買おうという気になった。それで露天商を開いていた女性に何かフォルクローレのいいのはないか尋ねたところ、2本薦めてくれた。うち1本がこのLos Kjarkasだったという訳である。(もう一方は "Arak Pacha" という名のグループで、村祭りをテーマとした一連の曲集だったが、先日の検索により1985年に発表された同タイトルのデビュー作と判明した。実はそっちの方が気に入ったのだが、後に判ったことにはチリ北部アリカ出身の団体であり、なぜオバハンが他国の音楽を推したのかは今もって全く不明である。もちろん彼らのディスクも欲しいのは山々だが、あいにく大手通販はどこも扱っていない。検索してBoliviaMallというサイトが$13.60で売っているのを見つけたが、普通航空便の送料$7.98を見て二の足を踏んでしまっている。)このカセットテープは帰国後も(後述のCD購入を機に手放すまで)愛聴することとなった。中でも伸びのある高音を武器に時に甘く切ない、そして時に爽やかな(もしかして別の2人?)ソロを聴かせてくれるヴォーカルに魅了された。(どこかで述べているとは思うが、男性ポピュラー歌手としては極めて稀なことである。ついでに書いておくと、そのヴォーカリスト、フリオ・イグレシアス、そしてアルベルト城間が私の考える「世界三大美声男性歌手」である。)とはいえ、音楽集団そのものについては何も知らないに等しかった。興味がなかったからである。日本のフォルクローレ愛好家の間でも特に人気の高いグループであったこと、それどころか「クジャルカス」ではなく「カルカス」と読むと知ったのはかなり経ってからである。(もしかするとH氏に教えてもらったのかもしれない。)
 2000年のパラグアイ再訪時には首都のCD店でパラグアイ音楽と共にカルカスのディスクも求めた。買ったのは "Mi Sueño Mejor"(1992)と "Lo Mejor de los Kjarkas"(1998)の2枚で、ともに1500円程度と国内通販を経由するよりかなり安かった。その後2002年に上記の30周年記念ベスト盤(31曲入り2枚組)を購入した(3000円強)。重複が多数存在するのは承知の上で聴いてみたい曲が収録されていたからである。なお、既に所有していた2枚は非重複トラック(14曲)をDISC3として確保して(青裏に焼いて)からネット知人に譲った。
 ということで、ようやくにしてディスク評である。DISC1冒頭の "Bolivia" を聴くだけでもこの音楽集団の並はずれた演奏力が判るはず。何という緻密な器楽および声楽アンサンブルであろうか! この種の団体としては世界最高の1つに数えられよう。今思い付いた「南米フォルクローレ界のベルリン・フィル」という形容も決して大袈裟ではない。世界的人気を獲得したのも当然だ。なお、この曲でソロを歌っているのは少々ガラガラ声のオッサンだが、技術的には文句の付けようがない。以降のトラックでもメンバーが代わる代わる独唱を受け持っている。このディスクのレーベル面に印刷されている6人について、正直なところ私は誰が誰なのか全然把握できていないのだが(ついでながら2枚目は彼らの署名)、言えるのは彼らの全てが歌手としても大変な実力者であるということだ。高音域も低音域も力強さが際立っている。のみならず相当に個性的な声の持ち主ばかりを揃えている。ソロが素晴らしいのはもちろん、重唱や合唱も文句の付けようのないほどに揃っているから不協和音の発生は皆無、そして説得力は抜群である。いつしかハーモニーのあまりの美しさに溜息を漏らしそうになるほどだ。そうなると各セクションから精鋭(凄腕のトップ奏者)のみを集めた「ベルリン・フィル八重奏団」(←別に何でもいいが)にも喩えられようか。加えて格調の高さも忘れてはならない。ふと先述した憲法上首都の町並みとも通ずるところがあるようにも思った。当然ながら私の満足度は非常に高く、減点しようにもその対象が見つからない。これから触れるトラックを除いて。
 それがトラック8の "Llorando se fue" である。先述した目当ての1曲というのが実はこれなのだが、同時にこれは私にとって、いや自分はどうでもいい、アンデス地域の音楽を愛する人達にとって曰く因縁付きの曲でもある。南米フォルクローレ界に史上最悪というべき恥辱が加えられたのだから。(ただし、ここではその経緯について言及しない。カルカスには全く責任のないことでもあるから他ページに記すことにした。穢らわしいものは隔離するに限る。)が、それとは別に純粋に音楽的にも少なからぬ問題を抱えていると私は思っている。第1にここでのヴォーカルの歌い方が冒頭からかなり不自然である。柔らかいを通り越して軟弱と聞こえてしまうのは痛い。声域が合わなかったのであれば下方に移調するか他者に任せるべきではなかったか? 第2にサビの旋律。例えば "el tiempo no puede borrar" や "y día no supo cuidar" など誰が聴いても奇異に感じるはずである。明らかに字足らずというか音足らずだから。西洋音楽とは異なり少しぐらい拍数を変えることが許されるとしても、これはあんまりではないか? 均衡が大いに損なわれているから、あるべき所に柱が立っていない家の中に居るような心地悪さを私は覚えずにはいられない。(ちなみにコンドルカンキのカヴァーでは歌詞の一部改変によってこの弱点を解消している。)第3にトホホとしか言いようのない日本語歌唱。詞自体は悪くないがメロディに全然乗っていない。発音ではなくリズムとイントネーションの不具合による。あるいは我が国の愛好家へのサービスのつもりかもしれないが、これでは全く買えない。もっと出来の良い真正(西語のみの)オリジナル・ヴァージョンが他に存在すると思うが、折角ならそちらを収めて欲しかったところだ。そんな訳で、このトラックゆえにどうしても点を引かない訳にはいかなくなった。それぞれの欠点について1、1、3点マイナスということで95点としておこう。

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