ベッチ・カルヴァーリョ(Beth Calvalho)

Novo Millennium
2005
Universal 60249822802

 竹村淳が自著等でElizeth Cardosoのファースト・ネームを「エリゼッチ」と記しているのを見て、「“th”は『チ』と読むんだぁ!」と少々驚いた私だが、これもブラジル人の発音になるべく忠実でありたいとの意図に基づいてのことであるとは十分理解している。"Beth" =「ベッチ」も同様だろう。そう思いつつも飼料作物のコモンベッチ(common vetch)やヘアリーベッチ(hairly vetch)を反射的に連想してしまうことによる違和感を抑え切れないでいる。共にソラマメ属Viciaの牧草であり、春先に繁茂するマメ科雑草のカラスノエンドウとは近縁とでも書けば分かってもらえるだろうか? ちなみに後者は他感作用(アレロパシー)による雑草抑制効果が注目されている。例によってどーでもいい枕を置いてしまったが、この際ついでに書くと、マリア・クレウザのベスト盤(BVCP-2647)では選者の竹村がなぜかライナー中で「エリゼッテ」を使っている。何かの心変わり、それとも誤植?
 それはともかく、彼の「ラテン音楽パラダイス」にはRCA(現BMG)による国内盤(BVCP-2639、おそらくクレウザのベスト盤と同じシリーズ)が紹介されている。彼自身により選ばれた20曲(1984年までの録音から特に名唱の誉れが高く、かつ当時コンサートで歌手が好んで取り上げていた演目が中心)が収められており、「最高に輝いていた頃の唄が満喫できる」とのコメントには大いにそそられたが、あいにく件のディスクは入手困難(ヤフオクでも法外価格にて出品)のようだったため輸入盤にターゲットを絞った。当盤と同じく "Millennium"(1999)も20曲収録ながら新品・中古とも入手不可のため断念。また"Maxximum"(2006)はHMV通販の販売ページにて全てがスタジオ録音と判明し、9曲がao vivo(live)の当盤(amazonのみで販売)とどっちにするか迷いに迷ったのだが、メリハリが付いている方が良いだろうと考えたこともあり、紆余曲折の末こちらの「新世紀」にした。(いったん「最大」を注文しながらキャンセルし、新品価格が200円以上高かった当盤を選び直した理由は他にある。Amazonクレジットカードに入会し、それで支払えば2000円キャッシュバックの恩恵を受けられると知ったからである。)なお、当盤収録曲には一部1988、89、および91年のものが含まれているものの、多く(14/20)は世紀末(1998〜2000年)の録音である。それに対し、向こうはSony/BMGからのリリースだから、あるいは上の「最高に輝いていた頃」の音源を収めているかもしれない。それゆえ当初は「早まったか!」という気持ちも半分あった。が、よくよく考えてみれば、こちらは1946年の子供の日にリオで生まれた歌手の40〜50代、つまり円熟期の録音を集めている訳である。決して後悔するにはあたらない。(ちなみに当盤には曲目リストのみで歌詞や解説はない。おそらく他のベスト盤にも期待できないだろうから、iTunes Store で扱っている "Canta o Samba de São Paulo" をダウンロード購入するという選択肢もアリだろう。1500円で24曲が手に入る。)
 1曲目 "Cosinha do pai" (ライヴ)は、冒頭から客席からの拍手や歓声もタップリ入っておりノリノリ全開である。今更述べるまでもなく打楽器が常に活躍するチャカチャカ系音楽ながら、シンプルな編成による伴奏(必要最小限の打楽器および弦楽器のみ使用)のため耳を煩わすことはない。それは以降の収録曲全てに当てはまる。彼女のドスの利いた野太い声は、ややもすれば上滑りになりがちな快速テンポのサンバに堂々たる風格を加えることに貢献している。合唱陣もリズム感およびアンサンブルが見事である。ライヴ音源では観客も参加しているが、多少のタイムラグこそ聞かれるものの臨場感を付与しているメリットの方がはるかに大きい。また3トラックで共演しているゲストにしても、決して美声とはいえないカルヴァーリョとは釣り合いが取れているだけでなく非常にいい味を出している。既に他盤ページで述べたようにサンバは必ずしも好きなジャンルではないが、これだけの高水準歌唱の数々を聴かせてもらえれば言うことはない。なお、一口にサンバと言っても多様なスタイルが存在するのはもちろんであり、エリゼッチ・カルドーゾのように情感をネットリ歌い上げるのももちろん悪くないが、当盤には(リオのカーニバルに代表されるような華やかなパレードの様子が目に浮かんでくるといった意味で)「ブラジル的」なサンバの典型が収められているように思う。
 とはいえ、やはり私が好むのはお祭り騒ぎとは無縁のシミジミ系音楽である。ありがたいことに数曲が収められている。(それら以外が全てサンバに該当するとは思えないが、正直なところ境界線はよくわかってない。)うち2曲についてのみ述べる。トラック7 "Saigon"(先述の通り歌詞が付いていないためベトナムと関係があるのか否かについては不明)はギターおよびキーボード伴奏によるボサノヴァ(?)で当盤としては異色作である。が、私の印象は最も良かった。心の芯まで暖めてくれるような歌唱にジーンと来た。リズムに頼らずメロディで勝負する曲を歌わせてもこの人は超一流である。トラック7 "Cordas de aço" は聞き覚えがあったが、思い返してみればガル・コスタの "Gal" でなかなかに感銘を受けた曲である。(最後は天にも昇るような高揚感まで味わうこともできた。)両歌手の声質の違いにより、もちろん当盤の方が低い調で歌われている。そうした場合、私は大抵高い方に軍配を上げることになるのだが、ここでも音楽の重心が下に置かれているお陰でドッシリした手応えというか質感が伝わってくる。説得力も抜群だ。よってコスタの名唱とも甲乙付けがたい。本音としてはこの種の音楽をもう少し聴いてみたかったという思いがある。そういうこともあって86点(2曲を95点、残りを85点として平均)とする。
 テンポの異なるトラックを上手く配しているため、計20曲76分超という長時間収録にもかかわらず最後まで飽きることがないのは嬉しい。ということで、何かブラジル音楽を聴いてみたいという方には取っかかりの1枚として強力に推薦したいと思います。(実はこの結び、某クラシック関係レビューサイトの常套句をパクっている。)

Maxximum
2006
Sony/BMG 2 515772

 上記 "Novo Millennium" の購入と同時に当盤(マルチバイ特価で2100円ちょっと)の「犬」通販へのオーダーを取り消した私だが、少しは未練も残っていた。そんな訳で「尼損」マーケットプレイスへの出品(1334円)を見つけた時は即カートに入れて注文確定することとなった。
 案の定というべきか、当盤に収められているのは大部分が歌手30代(1976〜84年)の音源(BMG Brasil Ltda.)である。唯一トラック20 "100 anos de liberdade, realidade ou Illusão?" は93年録音(Sony Music Entertainment)であるが、基本的には「新千年紀」よりも若い頃の歌唱を聴けると考えて差し支えない。
 まず両盤に共通して採用された "Coisinha do pai"(当盤ではトラック2)の比較から始める。スタイルや基本テンポは99年ライヴと大きな差異はない。ただし、(スタジオ録音ゆえ当然かもしれないが)明らかに洗練されている。また打楽器や合唱が大活躍し、後者では終盤に少女のコーラスまで加わってくるなど趣向(註)を凝らしているが、いずれも非常に統率が取れており格調も高い。(註:時に掛け声も入ってくるから「擬似ライヴ」のつもりかもしれない。)その印象は他の収録曲も同じ。それゆえサンバの名曲集を鑑賞するという目的には適っているといえるが、このジャンルとしては野趣味が不足しているようにも感じられる。盛り上げ用のBGMに向いているのは圧倒的に向こうだろう。
 一方、カルヴァーリョの声質について述べると、予想に反し「当盤の方がキレや伸びがあるものの深みや滋味に欠ける」といった違いは確認できなかった。歌唱力についても然り。経年変化には有意差なしという結論になった。おそらくは元から潰れているような濁声だから劣化には強いと考えられる。長期間にわたって実力を維持し、一線級として活躍できるのも肯ける。イモ類の単位面積当たり生産量が穀類やマメ類よりも多いという現象(註)と似ているような気がした。(註というより問:理由を2つ挙げて説明せよ。)
 やはり20曲収録ながらトータルタイムは "Novo Millennium" より14分近く短い。とはいえ1時間以上ものサンバ三昧を堪能できる訳だから不満を言えば罰が当たる。なお当盤でもスローテンポによるシットリ曲(ちなみに "romântico" と分類)や伝承曲を挟んでいるため決してイケイケ一本調子にはなっていない。ひとまず同じ86点としておこう。
 先述の通り両盤の性格はかなり異なっているし、意外なことに(もっと多いと思っていたが)重複曲も他に "Vou festejar" があるだけ(つまり計2曲のみ)だったから、ともにコレクションとして備えておく価値は十分あるといえる。ただし2枚を通しで聴くとなれば結構辛いものがあると予測する。(試みようとは思わない。)私はギャル曽根のような特異体質ではないから間違いなく途中で食傷してしまうはず。ましてや彦摩呂のような体格になってしまうのは絶対に御免被る。

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