クレモンティーヌ(Clémentine)
Couleur Café(クーラー・カフェ)
1999
SME Records/Sony SRCS-8957

 まず歌手名の日本語表記が気に入らない。「クレマンティーヌ」ではいかんのか? フランス語の鼻母音 "an" および "en"、"in"、"un"、"on" のうち、もちろん最後のは「オン」で問題ないとして、残る3種については発音の違いには目をつぶって全て「アン」と綴るようにしてきたのである。我々の耳に "an/en" がむしろ「オン」のように聞こえることは認めるが、これまでの歴史というものを軽んじて良いはずがない。こんなことがまかり通るなら、独断で「オンコール」(encore)や「オンション・レジーム」(ancien régime)などとしても構わんということになる。(誰も追従しないだろうが・・・・)全くもってケシカラーン!
 邦題も「何だかなぁ・・・・」である。原題をカナ書きしただけだから決して誤りではない。ただし、"couleur" は「色」という意味の普通名詞であり(英語の "colour"、家畜語の "color" に相当)、「低温」のようなニュアンスは全くない。にもかかわらず、当盤帯に「風のように涼やかなボサノヴァ」「ひと夏のアバンチュール」などと記され、複数ネット評でも「涼しげ」「爽やか」といった形容が使われることになったのは、このネーミングに引っ張られてのことと思われてならない。ちなみに(蛇足ながら冷房機器「クーラー」は和製英語であり、海の向こうでの呼称は "air conditioner" である。もちろん形容詞 "cool" の比較級として、あるいは "wine cooler" のように「涼しくするための物」を指す場合には、"cooler" が日常的に使われているはずだ。)もし意図してミス・リーディングを狙ったのであれば文句なしに有罪だが・・・・ひとまずイチャモン終わり。
 それまで聴いたフランス音楽のアルバム数枚にも心底から満足できた訳ではなかったため「もういいや」という気分だった。が、数年前のある日のこと、実験室に流れていた心地よい音楽につい耳を奪われた。そこでCD所有者の院生に誰かと尋ねてみれば「クレモンティーヌです」との返事。「んなら試しにいっちょ買ったろか」と思った。その年度末の関東出張の際、大店舗を構える中古屋で捜してみたら数点が並んでいた。だが私は選択を誤った。ケース裏掲載の曲目一覧にスペイン語やポルトガル語のタイトルも混じっていたため、「どうせなら」と当盤を買ってしまったのである。ちなみにレオ・シドランなる人物による帯の推薦文には歌手が過去作品にも西語曲や葡語曲を必ず織り交ぜるようにしてきたと述べられているし、その筆者はライナーでも彼女のブラジル音楽への傾倒に触れている。ただし、当盤を「ラテン一色のアルバム」扱いしているのはいかがなものか? 収録された12トラックの内訳は西語と葡語がそれぞれ5曲ずつ、そして仏語が2曲であるから、フランスもラテンに含めるなら間違いではないのだろうが・・・・
 なお、他に採り上げた仏蘭西人によるアルバム2枚と同じく、当盤を「その他の地域の音楽」に分類することにしたのは、西語圏や葡語圏には何としても入れたくなかったからである。理由は他でもない。両言語による10トラックがことごとく気に入らなかったのだ。さらにクドクド述べるまでもないが一応。聴き手に媚びを売ってくるような歌い方は気持ち悪いことこの上なし。特にまるで切れ味の感じられぬ西語の発音は酷すぎ。自然と虫酸が走る。それも故意にやってるのだからサラ・ブライトマンをも下回る「ワースト・オブ・ザ・ワースト」といっても過言ではない。(葡語もあまり感心できないが、評価はworseに負けといたる。)8曲目 "El Manicero"(南京豆売り)は元気な呼び声を発しつつ通りを歩く売り子の歌であるべきなのに、こんな軟弱スタイルでは売り上げゼロは必至だ。なに考え取るんじゃボケ! だたしタイトル曲(トラック3)を含む仏語曲は悪くない。というより、ナマクラ包丁式歌唱が耳当たりの良さに直結しているという印象。こういうのが多数を占めるアルバムにしとけば良かったのだ。
 ここでアマゾン通販に掲載されていたレビュー(「CDジャーナル」データベースより)をそのまま貼っ付けてみる。

 ジャズ、ラテンに根差したオシャレなポップスを天性とするパリ生まれの
 女性シンガーの最新作。もともと、アストラッド・ジルベルトを連想され
 た彼女だが、本作はルーツであるボサ・ノヴァ、ボレロに取り組んだ意欲
 作。繊細で甘美なヴォーカルに酔いしれろ。

誰やこんなん書いたの? 断りなく使わせてもらっているから下手くそ文章にケチを付けるのは自粛するとして、「オシャレなポップス」や「アストラッド・ジルベルト」などは私から購買意欲を奪うに十分な文字列ではないか。知らなかったとはいえ、そんな代物に手を出してしまったのが敗因といえる。各言語によるトラックを30、50、70として平均すれば45点となった。
 
おまけ
 本ページ執筆に先立ち、歌手の情報を得るべくja.wikipedia.orgに赴いた私だが、やがて愕然とする羽目になった。「検索した名称のページは存在しませんでした」だったのだ。それはまだしも、あらゆる言語のページでも(仏語版でさえも!)同様だったからである。「どういうこっちゃ?」と訝しく思った。が、hmv.co.jpに掲載されていたバイオグラフィの最初の段落を読んでみれば「なーんだ」である。

  パリ〜東京を拠点として音楽活動を続けつつ、その存在は永遠のパリジ
 ェンヌの象徴とも言える魅力に満ちた女性〜そして日本における彼女のポ
 ジションは特異ともいえるかも知れない。

要は世界的には全く無視されているということではないか。ついでに最終文も載せてみる。

  癒しのヴォーカルと不思議な魅力を持つクレモンティーヌにヤラレ気味な
 日本人、気付くのがちと遅すぎたフランス人も今後、彼女からは目が離せな
 い気がする...。

異様なほど詳細な情報を記していたのが誰なのかは存ぜぬが、当盤を聴いた限りにおいて「それはない」と言わせてもらう。
 ところで当盤の原盤についても検索を試みたものの、やはり見つけること能わず。海外尼で扱っていた形跡はあるが、ことごとくレーベル欄に [import] とだけ表示されていたことを考慮すれば、そもそも日本盤しか存在しないという可能性は高い。ならば、上で槍玉に挙げた邦題にしても「どうせ買うのは日本人だけやし、テキトーに付けたらええんとちゃう?」という制作側の判断によるものだったのかもしれない。

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