パンドラ(Pandora)

Mis Mejores Canciones - 17 Super Éxitos Vol. II
1993
EMI LATIN H2 0777 7 42853 2 2

 前世紀(大手輸入盤店がネット通販を始める前)のことであるが、私が何度か利用したことのあるB社のサイトにて「コーラスがきれい」などとして推薦されていたため買った。つまりミリアム・エルナンデスのベスト盤(同シリーズの1番違い)と入手経路は同一(かつ同時)である。ただし、このメキシコ女性トリオを意識するようになった経緯は異なる。プラシド・ドミンゴの "From my latin soul"(わがラテンの魂)へのゲスト参加がそれである。しかしながら、実際にはその何年も前に彼女たちの歌を耳にしていたのであった(後述)。なお日本で「パンドラ」という名のミュージシャンといえば、おそらくスウェーデン出身のユーロビート系ポップ・シンガー(本名アンネリ・マグヌソンAnneli Magnusson)の方が有名だろうが、もちろん無関係である。ちなみに当サイトで扱う方を「犬」や「塔」では "Pandora (Latin)" として区別している。ja.wikipedia.orgによると、活動開始直後は "Trebol"(クローバーの意)というグループ名だったという話だから、改名さえしなければ余計な混乱は避けられたはずだが・・・・
 トラック1のメドレー "Nadie baile como tú/El noa noa" の出だしのラッパと序奏のサックスがいかにも人を食ったような感じだが、歌が始まっても似たり寄ったり。脳天気としか評しようがない。経過部の "No, no, no, no hay nadie que baile tan bonito como tú"(あんたほど上手に踊れる人なんか他にいないわ)には思わず「だから何?」と訊き返したくなってきた。そういえばジャケット写真の3人の風貌もどことなくバカっぽい。だが印象は次曲で一変する。
 バラード調の "Desde el día que te fuiste"(「君が行ってしまった日から」の意味)は短い序奏の後のソロ、続く重唱とも悪くないが、サビの2フレーズ目での1オクターヴ上げに見事してやられた。意表を衝かれただけでなく、掛け値なしに美しいコーラスのためである。なお、この17曲入りベストシリーズにライナーはなく曲目一覧の紙だけだが、そこに "DESDE EL DIA QUE TE FUISTE (Without You) Ham/Evans" と記されていたので早速調べてみたところ、カヴァーも非常に多い大ヒット曲と判明した。確かにこれは超名曲だ。(後年の海外出張の際、離陸前のBGMとしてインスト版が流れているのを聴いた。)元が誰の持ち歌なのかすら知らないほど英語ポップスに疎い私ながら、このパンドラによる歌唱が紛れもない(おそらくオリジナルの良さを十二分に生かし切った)名カヴァーであるとは断言できる。当盤ではダントツの出来映えといえよう。
 トラック4 "Como te va mi amor" が上述の曲である。これもスローバラード。1989年7月にメキシコの地方都市クエルナバカ(Cuernavaca)にホームステイしていた時、FM放送でしょっちゅう流れていた。(局名は周波数95.0MHzから採った "Super noventa y cinco" のような。ついでながら、他にも男性歌手によるポップスがサビのメロディの美しさのため記憶に残っている。今もって曲名不明だが、たしか締めのフレーズは "Quisiera saber, quisiera. Quisiera saber como lluege hasta mí" だったかな?)それゆえ懐かしさが込み上げてきたのは当然としても、落ち着いて聴いてみると最初のソロ部分は大したことがない。やがて重唱に移るがユニゾンではやはりパッとしない。ところがハモり出すと一気に惹き付けられる。つぼみが突如花開くがごとく。この音楽集団は3人が交替で独唱を受け持っているが、いずれも実力は「中の中」、せいぜい「中の上」クラス。ところが「三人寄れば何とやら」というやつである。あるいは毛利元就による訓話「三本の矢」を持ち出すべきかもしれん。何にしても個人単位では取るに足らないのだが、粒揃い(突出した存在がいないこと)が幸いしているという訳である。あるサイトで「メキシコ版キャンディース」という記述を見つけて思わず笑ってしまったが、喩えとしては悪くない。(実際 "Desde el día ..." の三重唱によるハーモニーは「微笑みがえし」などを彷彿させる。)
 それらの次に印象に残ったのは6曲目 "Matándome Suavemente" だが、実はこれも "Killing me softly with his song" が原曲である。(こちらは出だしの音型に聞き覚えがあった。)既にどこかで述べたかもしれないが、スペイン語圏の歌手は(ポルトガル語圏のそれらと比較して、また世界進出を目論む一部の超売れっ子を除き)英語で歌うことにさほど関心がないようにも私には思えるのだが、ヒット曲の西語カヴァーには割合積極的に取り組んでいるということだろうか? モセダーデスが典型だが、当盤のパンドラも同様のようだ。以降も "I say a little prayer"(トラック11)、"Could it be magic"(同14)および "Love will keep us together"(同15)の3曲が該当し、収録曲の約3割(5/17)を占めている。
 それはともかくとして、西語オリジナル曲の多くが上記カヴァーよりも明らかに落ちると聞こえたのは問題である。もちろん手抜きなどではなく、音楽の出来がそのまま印象に直結しているということなのだが。先に触れたサイトには、パンドラがメキシコ最大のヒットメーカー、ファン・ガブリエル(Juan Gabriel)に多くの曲を提供してもらい、不動の地位を築くようになったとの記述があるものの、当盤に採用されたガブリエル作品(トラック1を含む6曲)は私的にはいずれもイマイチ未満。それでも9曲目の "Con tu amor" あたりは健闘しているといえるが、民謡の使い回しみたいな旋律の5曲目 "La farsante" は全く精彩を欠いており、凡庸ソロのみが耳に残るという結果に終わっている。
 ということで、12曲は平均75点、他5曲は感銘の度合いにより色を付けて85〜95点と採点し、計算してみたら79点という評価になった。最後になるが、前年にリリースされたらしき第1集(同じく17曲入り)の方は当盤と3トラックが重複していることもあり欲しくない。

おまけ
 当盤のベストに挙げた "Desde el día que te fuiste" では、サビの出だしの2単語から成るフレーズが何度も繰り返される。(使用頻度の極めて多い言い回しだが、ここを原曲 "Without you" では何と歌っているのだろう?)それを聴いている内に思い出したことがある。まずは西語関係のなぞなぞ。

 スペインを旅行中の日本人が通りを歩いていたら警官に呼び止められ、
 名前を尋ねられた。正直に答えたら「ふざけるな!」と怒られたので、
 もしや自分の発音が悪かったのかと思い、今度は自分の姓を大声でゆっ
 くり発音してみた。ところが相手はさらに不機嫌に。そんなやり取りを
 繰り返す度に警官は苛立ちを募らせ、とうとう彼を逮捕して牢屋にぶち
 込んでしまった。さて、その不運な日本人の名は?

たぶん「知ってるよ」という人もいるだろうが、答えは「のせ(野瀬、能勢 etc.)さん」である。
 もう一つはチャコ(パラグアイ西部)在住中のエピソード。村人(先住民)もメノニータ(プロテスタント異端派のドイツ系)も都合の悪いことを訊かれた場合、あるいは答えたくない場合には "No sé." で返すのが常だった。1年ほど前に赴任していた先輩は、それを「ノセ攻撃」と呼んでいた。(今思うに「ノセディフェンス」の方が相応しいような気もするが・・・・)また、その交替要員として私の数ヶ月後に来た男もあれには随分と苦しめられていたようだ。キャンプ用のコンパクトストーブで煮炊きをしていた彼は燃料の灯油以外に予熱用のアルコールを入手する必要があったのだが、メノニータ居住地のスーパーに買いに行っても「うちには置いてない」の一点張り。「じゃあ、どこに売ってるんだ?」と問い質しても、店員は首を大袈裟にすくめながら "No sé." とつれない応対をするだけだったという。(ちなみに西語には「無知、無関心な態度をすること」の慣用句として "encogerse de hombros" という言い回しがある。まさにそれだ。)それが余程腹に据えかねていたらしく、たまに東京で会った際にも彼は決まってその話を持ち出しては自ら憤慨している。飲酒が御法度という教派ゆえアルコールを大っぴらに売ることは禁じられていたようだが、とにかく猜疑心の強い連中だったから「どうせこいつは安いのを手に入れて飲むつもりなんだろう」と頭から決めてかかっていた節がある。あんな薬臭いもん誰が飲むかっちゅーんじゃボケ!

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