マレーナ・ムヤーラ(Malena Muyala)

Viajera
2007
Los Años Luz ALAL057
(iTunes Storeからダウンロード購入)

 ウルグアイは私にとってベネズエラに負けず劣らず(?)私にとって南米の西語圏諸国の中では馴染みが薄い(註)。同国人に会った記憶もない。国の正式名称が "República Oriental del Uruguay"(ウルグアイ東方共和国)であると知ったのも最近のことだが、まずは混血が進まなかったためチリやアルゼンチンと並び白人の比率が高いことが思い浮かぶ。ところが他はといえば、昔はサッカーが強かった(第1回と第4回のFIFAワールドカップで優勝、他に4位も2度→ところが近年は低迷が続き、2006年ドイツ大会の予選ではオーストラリアに敗れて出場を逃す始末)、かつては経済的繁栄を極めたものの今はすっかり寂れている、のように概して良くないイメージばかりである。実際この国について「過去の栄光」などと述べているサイトをあちこちで見かけた。嘘か誠かは知らないが、南アメリカ諸国の関税同盟であるメルコスール(Mercosur)の発足当時からの加盟国、すなわちブラジル、アルゼンチン、ウルグアイ、パラグアイの経済規模は順に70:27:2:1であるとの話を聞いたことがある。「没落」のウルグアイと「低位安定」のパラグアイの相違は、まさに五十歩百歩の典型といえるだろう。余談ついでだが、南米の白地図を示しつつ「ウルグアイとパラグアイはそれぞれどっちだ?」というクイズを出せば、おそらく正答率は60%にも届かないと想像する。(註:ただし、ベ国はOPECにも加盟している産油国であること、美人が多くミス・コンテストでも優勝者、上位入賞者を輩出していることぐらいは知っている。最近ではチャベス大統領の各種パフォーマンスが面白い。2007年のイベロアメリカ首脳会議ではスペインのサパテーロ首相と大舌戦を繰り広げ、同国のカルロス国王がたまりかねて発した "¡Cállate!" (お黙んなさい!) は、スペインはもとよりベネズエラでも大流行語となった。それと比べるとはるかに地味なウ国だが、「ナショナル・ジオグラフィック」2007年12月号に掲載された「世界の“信仰”マップ」によると、同国の宗教信仰者の数は南米で最も少ないそうである。ラテンアメリカ全体にまで範囲を拡げても、社会主義国のキューバと並んで異例といえるほどに信仰率が低いが、彼の国の人々はクリスマスや復活祭よりも家族の日と観光週間を大切にするということだ。)
 そんな私だが、CDジャーナル5月号の「今月の注目盤」コーナーにて紹介されていた当盤(ただしビーンズ・レコードによる直輸入国内盤BNSCD-737で邦題は「ビアヘーラ ─ 旅する女」)へのコメント「3作目のこの新作ではタンゴやワルツからアフリカ系のものまでアコースティック感覚の繊細な演奏をバックにうたっている」を読み、ちょっと聴いてみたくなった。そこで早速職場の生協ショップに出向き注文を入れた。(もちろん15%引きの組合員価格で買えるからである。)ところが後日「インディペンデント・レーベルの品は扱っていない」との返事。その時点で一旦は諦めてしまった。ところが、NHK-FM日曜夜の「ワールドミュージックタイム」(註)2007年8月5日放送分(− 最近の南米の音楽から −)にて当盤のタイトル曲 "Viajera" が採り上げられ、それを耳にした私はますます聴いてみたくなった。(註:この21時からの番組はいつもnhk.or.jpの番組表でチェックしているのだが、大抵忘れてしまうか寝てしまうかのどちらかで、まともに聴けたことはほとんどない。ついでながら司会進行役の北中正和が先に触れたレビューを執筆している。)しかしながら、大手通販のサイトでは(アルゼンチンのマイナーレーベルのためか)低価格と思われる海外盤を置いていない。そこで今度はiTunes Storeで検索したらアッサリ出てきたため即購入。もちろんブックレットなしだが、かなり安く(ネット通販から国内盤を買う場合の6割弱で)買えた。
 既にフリオ・イグレシアスによる「タンゴ」の評などを記している私だが、正直言ってこのジャンルにはちっとも詳しくない。未だタンゴとミロンガの違いもよく判ってないほどである。なのでHMV通販に「昔から歌い継がれてきたタンゴやミロンガ、ワルツにマレーナ自身が作曲したタンゴやカンドンベを彷彿させる曲などを13のテーマによって聴かせてくれます」との紹介文が出ていたけれど、ライナーが手元にない以上、どれが伝承曲でどれが新曲なのかについては現時点ではほとんど不明である。(唯一、トラック2 "Golondrinas" がカルロス・ガルデルの作であることは知っている。)そもそもカンドンベって何や? 伴奏にバンドネオンが加わっているトラックはどことなくアルゼンチンっぽいけれど、ブエノスアイレスと同じくラプラタ河口の港町モンテビデオに首都を置く国の音楽だから似通っていて当然だろう、などと短絡的に考えてしまうような人間だから仕方ない・・・・と居直ってしまうことにする。それはともかく、この楽器は非常にいい味を出している。
 で、それが全曲にわたって活躍する3曲目 "Viajara" の出来が最も良いと聴いた。ギターによる僅か2秒ほどのイントロに続けて歌が始まるものの、全然出だしっぽくないのに意表を衝かれる。0分19秒からの「ビアヘーラー」以降のフレーズの方が明らかにそれらしく、まるで前後ひっくり返したかのようである。サビの「デーーーーーーーハメーーーーーーーー」(Déjame)、「ボーーーーーーールベレーーーーーーーー」(Volveré)「ドーーーーーーーンデバーーーーーーーース」("¿Dónde vas?)「ジェーーーーーーーバメーーーーーーーー」(Llévame)の畳み掛け(しかも最初の3つは同じ音型の繰り返し)も結構インパクトがある。曲自体が何ともいえぬ侘びしさを湛えているが、歌手のくすんだ感じの声との相性は抜群だ。先にお気楽にも「似ている」と書いてしまったが、ジックリ聴くと隣国の音楽よりずっと陰鬱な感じがする。勝手ながら、そして大変失礼ながら「落日」という言葉が脳裏に浮かび、いかにも過ぎ去った栄光にすがっている国の人らしいと思ってしまった。(たぶん気のせいだが、ジャケットの横顔写真も物思いに沈んでいるように見える。)他には5曲目 "Guitarra, guitarra mía" も印象に残った。ファドとは全然違うがアマリア・ロドリゲスが歌いそうな曲である。哀愁を湛えたギターの音色が歌声とマッチしているのが見事である。
 短調曲のアルバムに占める割合が圧倒的に高いが、長調曲にしてもパッと聞きではそれと判らないほどに暗いものが多い。(途中で転調するものが多く、最初から長調なのは2曲だけ。)この統一感は相当なものだ。「犬」サイトにあるようにムヤーラは専業歌手ではなく、作曲家兼アレンジャーでもあるそうだが、自らの声質を熟知した上で全ての曲を練り上げているのが素晴らしく、歌手としての力量以上にそちらの腕を評価したい。スタイルに結構幅のある音楽を集めているゆえ、好き嫌いが出てきてしまうのは避けられないけれども、完成度には全くケチを付けられない。ゆえに85点としておく。

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