ジプシー・キングス(Gipsy Kings)
グレイテスト・ヒッツ(Greatest Hits)
1994
Epic/Sony Records ESCA-6026
フランス(南部のプロヴァンス地方)にオリジンを持つグループである。いつのことかは憶えていないが、来日時にテレビの音楽番組に出演した際に仏語を話しているのを観て初めて知った。あの忌まわしき多国籍音楽窃盗団「顔魔」と同じである。(なお、当盤のライナー執筆者は連中のCDブックレットを手がけていた伊藤史朗である。当時の目に余るほどの軽薄文体は陰を潜めてはいるものの、フランスで「ジョビ・ジョバ」を初めて耳にした時のことを「啓示」などと大袈裟に書き立てていることや、感動に「インパクト」という無茶なルビを2度にわたって振っているのを見ると、かつて犯罪集団を賞賛したことについて心底から反省しているようには思えなかった。)それで少し嫌な気分にさせられるが、ジプシー・キングスは別に汚い真似をした訳ではない。また盗人共どもは主にポルトガル語で歌っていたが、こちらは西語曲が持ち歌のほとんどを占める。何で「わざわざ外国語で」とは言いたくなるが気持ちは分かる。鼻母音とともに閉音節(子音で終わる音節)の使用頻度が多い仏語の場合、大声を張り上げて歌おうとすれば無理が生じるのは避けられないから。例えば当盤トラック1 "Djobi Djoba" の冒頭 "Ay niña"(アイ、ニーニャーーーー)を代わりに "Hé fille" (エー、フィーユーーーー)と歌ってみれば、まるで様にならないことは明らかだろう。それゆえ隣国に活路を求めたと考えられる。そうなると他にもポルトガル語やイタリア語、あるいは日本語もOKだし、声が伸びるという点では伊語の方が相応しいのではないかという気もするが、おそらくは激しいリズムを特徴とする音楽との相性から歯切れの良い西語を選んだということだろう。
さて、先述の "Djobi Djoba" であるが、これが彼らの出世作らしい。ところが私的には勢いだけという印象で全然良くない。3曲目のヒット曲 "Bamboleo" は多少マシだが、それでもイケイケ一本調子という点では五十歩百歩である。(当盤の前に "Caballo viejo" とのサンドイッチ方式によるフリオ・イグレシアスの名唱を聞いてしまったのが不運であるとは思う。)要はリズムが前面(全面?)に出てくるポピュラー音楽(クラシックは平気)を私が好まないということに尽きる。とはいえ、かつてKさんに「確かに洗練されています。激しいリズムには野性味を感じるのですが、決して野卑ではない。」と書いたように、騒々しいけれども音楽の質が高いのは事実。また歌手の力量についても正当に評価しなくてはいけない。
リードヴォーカルのNicolás Reyesがガラガラ声なので見逃してしまいがちだが、実は相当な高音域が使われる難曲も見事に歌いこなしている。"Djobi Djoba" の 最高音は "Ay niña" の直後のフレーズ "no te encuentro...." の頭に充てられたハイC(ハ長調の高いド)だから、これはオペラ歌手(テノール)並みである。日本人ではクリスタルキングの高い方の片割れを思い浮かべてみればよい。あれと同等のハイトーンなのである。(余談ついでだが、オフコース「さよなら」の最高は半音低いHである。)かといってレイエスの歌う「大都会」を聴きたいとは思わないが。
以後もチャカチャカ音楽が続くので次第に辟易してくる。ここで5曲目 "Bem, Bem, María" に言いたいことがある。ブックレットでも紹介されているが、この曲は「タモリ倶楽部」の人気コーナー「空耳アワー」の第1回空耳大賞受賞曲らしい。(私はその番組を未だかつて観たことがない。)ライナーには冒頭から「あんたがァ〜た、ほ〜れ見ィ〜や、車ないかァ〜〜、こォりャまずいよ〜な〜」と聞こえる(伊藤曰く「いや、本当にそう歌っている!?」)と書かれている。実際に聴いたらその通りだったので吹き出してしまった。が、笑ってばかりもいられない。実はリアル知人H氏にこの曲を聴いてもらい、何語で歌っているかを尋ねてみたことがある。が、首を捻るばかりであった。私のような半可通とは異なり、スペイン語技能検定1級(年によっては合格率が5%を切るほどの難関)という超実力者の彼でさえ最初は西語であると認識できなかったのだ。何せ "No te vayas"(ノ・テ・バヤス)が「あんたがァ〜た」なのだから無理もない。ゆえに「そんなハチャメチャ発音はいかがなものか」と苦言を呈さない訳にはいかない。ちなみにja.wikipedia.orgによると、驚いたことに先述のコーナーで計19作が採用されたとのこと。まさか日本人へのウケ狙いで自己流に改変(改竄)しているんじゃないだろうな?
さすがにビールのCMで何度も聴いた次の "Volare (Nel blu di pianto di blu)" が名曲であることは認める。(最初私は西語動詞 "volar" の一人称単数未来形 "volaré" だと勘違いしていたから、頭にアクセントが来るようなサビの歌い方は誤りではないかと思っていたのだが、歌詞を見ればそこだけ伊語であった。つまり動詞の原形と判れば第2音節もそこそこ強調されていると聞こえるので不満はない。ただ、そうなると日本語タイトルは「ボラーレ」より「ヴォラーレ」の方が良いと思う。)サラ・ブライトマンがカヴァーした12曲目 "Tú queres volver" は当盤屈指の名唱だ。かつてのネット知人Oさんも「男の意地(痩せ我慢だったっけ)が見え隠れしている」という理由でお気に入りだったような。私にはこういったシットリした曲こそが歌手に向いていると思えて仕方がないのである。
少し戻るが、そういう腰の据わったスタイルによって最も成功を収めたのがトラック8 "A mi manera"(歌詞に仏語は全く出てこないためカッコ内の副題は無視)、すなわちフランク・シナトラの代表曲 "My way" の西語カヴァーである(イグレシアスのも気になっているが未聴)。冒頭のギターによるイントロでもうジーンと来るが、N・レイエスが1フレーズずつ丁寧に思いを込めて歌っているのを聴くうちに、こちらもシンミリした気分になってくる。実に味わい深い名曲&名唱だ。このトラックだけを聴くために棚からCDを取り出すこともある。最後にテンポが少々せわしなくなるけれども決して騒々しくならないのはありがたい。これで決めゼリフが家畜語(by本多勝一)でさえなかったら文句なしだったのに(残念!)。
ということで、この音楽集団もディアマンテスと同じく「しみじみ系」でこそ真価を発揮できると私は信じて疑わないのだが、当盤に収録されている曲数はあまりにも少ない。(バラード集なんか出てないのかな?)気に入らない曲も完成度は低くないからひとまず平均80点とするが、秀逸トラックのプラスアルファ(90点が2曲、95点が1曲)は希釈されて1.84ほどの上乗せにしかならない。よって82点に留まった。
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