グロリア・エステファン(Gloria Estefan)

Éxitos de Gloria Estefan
1990
CBS Discos CD-80432

 ラテン音楽のCDを集めだした当初のまだ事情に疎い私ですら聞き覚えのあったビッグ・ネームゆえ、当然ながら真っ先に購入対象とした。随分前なのでどこから買ったのか定かでない(あるいは例の非大手通販だったかもしれない)が、受け取った品に付いていた日本語帯を見て絶句した。「エキサイツ・デ・グロリア・エステファン」とは! あの頃輸入業に従事していた連中は盆暗、はさすがに言い過ぎだとしても、西語に明るくないという自覚があるなら詳しい人に訊いてみるという労すら惜しむという物臭ばっかしだったとは言わせてもらう(ディアマンテスのベスト盤評ページも参照のこと)。ちなみに同年発売された国内盤(ESCA-5196)には「ベスト・オブ・グロリア・エステファン」と無難なタイトルが付けられている。
 1曲目 "Renacer" からいきなり名曲&名唱であるが、それに負けず劣らずの高水準トラックが以降もズラッと並んでいる。ただし私の好みはやはりこの曲と同種のバラード。それが全部で7トラック(1、3、5、6、8、9および11)あり、全体(11トラックで46分収録)の2/3近くを占めているのだから嬉しい。実際にも(好き嫌いを抜きにしても)持ち味が出ているのはスローテンポの曲の方ではないか。そういうのを率先して集めたのかもしれないが、ベストアルバムだからこれで良いと思う。(ただし好みが私と180度違う人、つまりノリの良さを期待して買った人は退屈&落胆するかもしれない。)また中庸テンポの2曲(トラック4と7)はリズムがちょっと煩わしいが出来は決して悪くない。
 ところが、実は当盤で最も気に入ったのはラス前の "Oye mi canto"、これをサルサに入れて良いものか自信が持てないけれど、リズム全開の音楽であるのは間違いない。これは自分でも意外だった。だが、それも無理はないという気もする。出だしの打楽器合奏からして既に十分立派だが、エステファンの歌唱、それをサポートする伴奏、間奏で活躍するピアノやトランペットのソロ、終盤で加わってくるコーラス等々、いずれも完璧である。5分にも及ぼうとする大曲なのに緩んだところが全くない。まさに驚異的だ。最後は "Oye mi canto" の繰り返しなので普通なら飽き飽きして「そろそろ終われや」と言いたくなってくるはず。だが、もっともっと続けてもらいたいと思ってしまった。普段チャカチャカ音楽にはお引き取り願いたいと思っている私だが、ここまでの圧倒的完成度を示されては「真の芸術は好き嫌いを超える」と宇野功芳口調で言いたくもなる。
 この人は桁外れに歌が上手いとか声が美しいということはない。だが、並々ならぬ気品が常に感じられるため思わずひれ伏したくなってくる。たぶん同調者は現れないだろうが、それゆえ私は「カレン・カーペンターの西語版」と評したいのである。(かつてNHK-BSでラテン・グラミーの授賞式を観たことがあるが、司会の一人だった彼女の話し方にも高貴な雰囲気が漂っていた。)きっと収録曲のほとんど全ては、そのようなエステファンの持ち味を最大限に発揮できるよう考え抜いた上で作られたものに違いない。なお、ラストの "Here we are" は葡語ヴァージョンだが、その発音も完璧だった。
 ということで、ここまでは点を引くところ皆無なのだが、まだ挙げていなかったトラック(2の "Conga" および4の "Dr. Beat")で待ったが入った。当盤ではこれら2曲のみ英語で歌われている。そのせいなのか違うのかは分からない。だが、格調の高さという点でやや落ちると聞こえたのは事実。よって98点とする。ちなみに、アマゾンの販売ページは「商品の説明」として「言葉の意味はわからないけれど、英語よりもスペイン語の方が自然で、歌い手の微妙なニュアンスが伝わるみたい」という一文を掲載しているが、そっちのコメント(「CDジャーナル」データベース)の方が的の中心近くを貫いているかもしれない。
 なお、92年には英語曲のみを収めたベスト盤「Greatest Hits」もリリースされ、こちらもソニー・ミュージックから国内盤(ESCA-5654)が出た。こちらは16曲入り(約67分収録)でコストパフォーマンスは当盤よりも優れている。私は後にエル・サルバドールでしばらく暮らすことになった職場の同僚から借りて聴いたことがある。しかしながら、曲目がかなり異なっていたのはともかく、印象は(おそらく既に述べた理由により)イマニ以下だったため、2004年に再発(MHCP-176)され、アマゾン中古市場で叩き売り状態である(さっき見たら最安値は100円だった)のを目にしても手は伸びない。西語圏とその他の地域に分裂するのも癪だし。


Mi Tierra(ミ・ティエラ ─ 遙かなる情熱)
1993
Epic/Sony Records ESCA 5777

 ある日市内の本屋(上がレンタル屋)に立ち寄ったところ、激安(たぶん500円)コーナーのカゴに入っていたのをレジに持っていた。帰って開けてみたらしっかり「レンタル落ち」のシールが貼っていたから納得の価格設定ではある。
 もっとも当盤(12曲収録でトータルタイム55分22秒)についてはあまり書くことがない。タイトル曲 "Mi tierra"(トラック2)はなかなかの名曲でカヴァーも多いという情報を得てそれなりには期待していた。確かに熱唱ではある。だが "Oye mi canto" ほどの感銘は受けなかった。私の耳にはどうにも平板と響き3分過ぎで飽きが来てしまったのだ。他収録曲についても強い印象を残すようなことは特になし。唯一耳を引いた(惹いたに非ず)のは7曲目の"¡Sí, señor! ..." であるが、これもNHKラジオスペイン語講座(清水憲男によるManolitoシリーズの応用編)のテーマ曲として使われていたからに過ぎない。考えるに、ギターや打楽器主体の伴奏は歌手の故郷であるキューバの音楽には典型的であるだろうが、先述したような品の良さを表現するには向いていないということかもしれない。さらに全曲をおそらく同じバンド(合唱含む)が演奏しているため、(それに重きを置いた作り手としては狙い通りかもしれないが)統一感は際立っていても、メリハリに乏しいと感じられたことは否めない。日本語解説によれば4種の音楽(チャランガ、ボレーロ、ソン、ルンバ/コンパルサ)を取り混ぜているはずなのに・・・・やっぱり単調と聞こえる。(これに対し、"Éxitos" 収録曲の方は何れもポップスの編成だが、当盤のそれらと比べたらはるかに色彩に富んでいる。)何にしても私には今もってよく解らないアルバムである。とはいえ上質の音楽ばかりを揃えているのは間違いないから80点。いや、冒頭収録の "Con los años que me quedan" など、ギターのみで開始される数曲は結構ドラマティックだったから、その分を上乗せして85点としておこう。

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