小野リサ(Lisa Ono)

AMIGOS
1997
BMG BVCR-1424(74321-48311-2)

 パラグアイに行くまでブラジル音楽はほとんど知らなかったが、チャコ(西部地域)在住中には結構聴いたはずである。ただし、地元中波局による "A música em Português" という番組で流れていたのはポップスが大部分だったように思う。日本で人気のあるボサノヴァやサンバを耳にした記憶はほとんどない。自国の生んだ伝統音楽がもはや現代人には受けなくなっている(却って外国で持てはやされる)というのは世界に共通した傾向なのかもしれない。
 さて、帰国後間もなく何か聴きたくなってレンタル屋に足を運んだ。目に留まったのが「小野リサが選んだボサ・ノヴァ・セレクション」というコンピレーションアルバムで、2枚あったのを共に借りてコピーし、繰り返し聴いた。調べてみたところ、エレンコというレーベルが1990年にVol.1(MDC8-1108)、翌91年にVol.2(MDC8-1149)を発売していた。アントニオ・カルロス・ジョビンを筆頭にビッグネームの歌唱を揃えた名曲集である。後にブラジル音楽のCDをちょくちょく聴くようになってみると、「ああ、あのテープで聴いたなあ」と思い当たるケースがいくつもあった。逆に言うと、あれを借りなければ現在ほどの縁はできなかったかもしれない。そんな訳で「純正ブラジル音楽」(先々週に上げたのを「贋物」扱いしたため)として最初に採り上げるのはこの人にした。
 おそらく名古屋在住時代の最後あるいはその前年(1996 or 1997)夏の日曜日のことである。当時の生活パターンといえば、午前10時から某所で行われていた集会に顔を出し、その後研究室の談話室(通称「お茶部屋」)にて昼食を摂るというものであった。既にNHK-FMの「日曜喫茶室」はお気に入りの番組で、気になるゲスト(註)の場合は必ず聴いた。(註:順に並べると理系研究者→将棋プロ棋士→クラシックの音楽家→スポーツ選手→作家であるが、それは今も変わっていない。)さて、その日は小野がお客様だった。私はそれまで彼女がアルベルト城間のような日系(三世または四世)だと思い込んでいたのだが、実際には生粋の日本人であると初めて知った。(日本での生活にウンザリした両親がブラジルに移住してレストラン&ライブハウスを開き、その後に誕生したのが彼女だそうである。日本語が少々怪しかったのもブラジルに10歳まで過ごしたためであると思われる。逆に外国で幼少時代を送り現地の言葉がペラペラだったとしても、帰国が早すぎると途端に忘れてしまうものらしい。もちろん個人差はあるだろうが、どうやら10歳というのが母国語として定着するか否かの分岐点のようだ。ちなみに職場に9歳までボリビアという先生がおられるが、やはり西語をきれいサッパリ忘れてしまったそうである。ただしリンガフォンの教材で勉強したら思い出したとのこと。もう少し余談を続けると、これもあるいは「日曜喫茶室」で聴いたエピソードかもしれないが、ある女性芸能人(忘れた)が子供の頃に少しだけ暮らしたフランスを何十年ぶりかで再訪することとなり、「挨拶ぐらいは」のつもりで仏語の初級を習って旅先に向かった。そして会話を試みたところ相手から「あなたには○○地方の訛りがある」と言われたそうである。もちろん「○○」は彼女が住んでいた場所であった。)
 閑話休題。番組では小野の歌が何曲か流れたはずだが、"Garota de Ipanema" (イパネマの娘)を聴いて「何と心地好い音楽だろう!」と思った。気怠さを覚えずにはいられない夏の午後にはまさにピッタリではないか。ただし彼女は脱力感を漂わせつつもメロディを律儀に歌っており、少し前に槍玉に挙げたA・ジルベルトの無気力歌唱とは明らかに質を異にしている。音楽に敬意を払っていることもよく判る。これでこそ聴くに値する音楽といえるのだ。翌日には大学生協のカウンターに足を運び、同曲を収めた当盤を注文したはずである。(あるいは店頭に置いてあったので即座にゲットしたかもしれない。)
 「友人達」という意味のタイトルに示されているように、当盤は小野と親交のあるミュージシャンとの共演を集めている。(ブックレットには歌詞と対訳に加え、小野自身によるレコーディングの裏話も掲載されており、なかなかに読み応えがある。)1曲目 "Requebre que eu dou um doce" (踊ってごらん)冒頭の素敵なコーラスにいきなり魅了されてしまったが、当盤ではヴォーカル・グループが参加しているトラック(1と8)の出来が特に素晴らしいと思う。うち8曲目 "Dindi" のゲストQuarteto em Cy(クアルテート・エン・シー)は後にオリジナル盤を買い求めることとなった。("Requebre..." の共演者Be Happyのディスクも欲しかったのだが残念ながら見つからず。)
 先述の "Garota de Ipanema" や "Dindi" の他、"Manhã de carnaval"(黒いオルフェ)や "Desafinado"(ジザフィナード)といったスタンダード中のスタンダードも収録されているからボサノヴァ入門用としても最適だろう。それに留まらず、"Garota...." についてはこれまで様々な(十指に余るほどの)アーティストによる歌唱を聴いてきたのだが、私は未だにこの小野のカヴァー以上に心にしっくりきたものには巡り会えていない。(ジョアン&アストラッド・ジルベルトが同曲を世に知らしめた功績は認めるが、前者はあまりにも崩しすぎ&下手っぴいで聴くに堪えない。こういうのを「味がある」などと持ち上げてはいけない。一方2巡目の元妻にしても多少はマシだが、既に述べたように家畜語で歌っていることが災いし全く買えない。→追記:先日試聴したMaria Creuza (マリア・クレウーザ) のは結構良さげだった。いま少し気になっている歌手である。)
 大きな減点対象とせざるを得ないのが最終トラックの「朝のハーモニー」である。NHK-BS「あさごはんだいすき」のテーマソングとして歌手自身が作詞作曲したとのことであるが、メロディと日本語のイントネーションがまるで合っていないのに愕然とした。研究室のラジカセで聴いていたら後輩から「これ何人(なにじん)ですか?」と尋ねられたが、確かに「日曜喫茶室」での怪しい日本語そのまんまの歌い方だから無理もない。聴いていると気持ちが悪くなってくるほどだ。よってこれを50点、他11曲を80点平均とするとトータルでは77.5となる。小数点第1位を四捨五入して78点としよう。

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