クララ・ヌネス(Clara Nunes)

ComVida
1995
HEMISPHERE/Odeon Records Brazil 7243 8 37233 2 4

 竹村淳の「ラテン音楽パラダイス」には「1983年に38歳でクララ・ヌネスが他界しなければ、サンバ・シーンの現状は異なっていただろう」とある。(ただし、pt.wikipedia.orgによると "12 de agosto de 1943 ― Rio de Janeiro, 2 de abril de 1983" とのことだから、実際には40歳の少し手前で亡くなったと思われる。)このジャンルにはさほど興味がない私だが、最重要歌手であるのは間違いないと考え、ディスクの購入を検討した。彼が挙げたベスト盤 "O Canto da Guerreira"(364.792177.2)はブラジルEMIからのリリースということもあり入手困難。(なおiTunes Music Store が "Guerreira" というアルバムを売っているが、それは1969年発表のオリジナル・アルバム、つまり別物と思われる。)そこでコスト・パフォーマンスが最も良さそうな2枚組 "Serie Bis"(HMVのマルチバイ特価で税込¥2,041)にした。が、未だに入荷していない。
 そうこうしている間にヤフオクでこの "ComVida" が出品されているのを見つけてしまった。デュエット音源を集めているらしく、ブックレット表紙およびケース裏の画像には共演歌手の名前が出ている。既にカルドーゾのページに記した理由(平凡な男性歌手の歌唱により興が削がれる恐れ)により、この種のアルバムの入手には大して乗り気になれない私である。まして、当盤が契機となって共演者のアルバムに食指が伸びるということはほとんど期待できない。が、開始価格(=希望落札価格)が580円と格安だったため即決に踏み切った。先述の "O Canto da Guerreira" とジャケットがよく似ていたことも心理的に影響した可能性は少なからずある。(どちらも花飾りを頭に付けたヌネスの横顔写真である。当盤では白い歯を見せており、微笑んでいるようにも見えるという点で若干異なってはいるが。ついでながら同名のアルバムがiTunes Store や通販サイトで売られているけれど、ジャケットのデザインが全く違うし、収録曲数も11と少ないようなので注意されたし。)
 さて、この人の歌唱は既に他のブラジル人歌手のページで使った「野放図さ」が最初から最後まで全開と聞こえる。さらにトラック1 "Morena de Angola" では間奏中に「フーウフーウ」(「ウ」で上げる)と奇声を発するが、それも自由闊達というイメージに輪を掛けている。けれども野卑という感じは全くしない。それは格調の高さを併せ持っているからに他ならないのだが、本来ならば相反あるいは相殺する2つの性質を両立させているのだから、これは只者ではない。声はエリス・レジーナあたりといい勝負の「半悪声」ながら、どんなに速いフレーズでも音程が外れたり揺れたりすることはなく、技術的には非の打ち所なしである。コーラスも力強さだけでなく品も感じられ非常に好ましい。ところが男性のソロになると途端に水を差される。危惧していた通り印象が格段に落ちるのだ。おそらくはヌネスに見合うだけの実力派が起用されているに違いなく、こちらの受け止め方に問題があるのだろうが、頭(左脳)では解っていても耳(というより右脳)はどうにもならない。
 それでも7曲目 "Ijexã (Filhos de Ganhdi)" は曲自体のノリが良いことに加え、繰り返し歌われる "Ganhdi" が「ガンジー」というよりは「漢字」に聞こえたこともあり結構愉しめた。それ以上に男声の乱入が少ないことが大きいが。次の "Conto de areia" は松田美緒の "Atlântica" に収録されていた曲のうち特に気に入ったものの1つである。(ちなみに歌手は同曲について「クララ・ヌネスの録音を聴いてはいつも一緒に歌っていた」と解説にしたためている。)彼女のホノボノとした歌唱も悪くはない、というより十分に上出来だが、こういう曲ですら凄味を漂わせてくるヌネスはやはり超弩級の存在だったと思わずにはいられない。もし存命なら現在62歳、どれほど多くの名盤が残されたであろう。本当に残念なことである。そんなことを考えていた私だが、またしても掛け合いで力が抜けた。相手のミルトン・ナシメント(Milton Nascimento)は私ですら耳に馴染みのある名前ゆえ、大物のはずなのだが・・・・・前曲ゲストのジルベルト・ジル(Gilberto Gil)同様、これといって傑出したところは聞き出せなかった。
 以後のトラックも大部分は五十歩百歩であったが、トラック9 "Sem companhia" は数少ない例外である。出だしからしばらく長調部分をヌネスが歌っているが、その後の短調フレーズから登場する共演者の歌唱は何ともいえぬ哀愁を帯びている。これでこそ大歌手の相手を務める資格があるというものだ。終盤の重唱も大いに堪能できた。歌手について何の情報も持ち合わせていないどころか、その名前(Alcione)からも声からも性別すら不明(だだし6:4で男)であるが、当盤に参加している中では群を抜いて素晴らしいと思う。11曲目 "A flor da pele" と13曲目 "Amor perfeito" も、それぞれAngela MariaおよびMarisa Gata Mansaという女性ゲストゆえ混合ダブルスほどの落差は感じずに済んだものの、技量はヌネスよりも明らかに劣っており、単なる引き立て役に終わっていたのが惜しまれる。
 ということで、ヌネスの超絶ソロを凡庸歌手が打ち消してしまったトラックを70点、"Sem companhia" のみ100点として平均値72点を採用する。ちょっと申し訳ない気分だが・・・・やはり彼女のみの歌唱を収めたディスクを聴かねば話にならんということかもしれない。とりあえず先述の "Serie Bis" は未だキャンセルしていないので気長に入荷を待つとしよう。(ちなみに同盤はiTunes Storeでも扱っており、28曲が僅か1800円で、それもiTunes Plus (mp3より音質良好のmpeg4フォーマット、しかもDRM=著作権保護機能なし) で手に入る。どないしょ?)


Meus Momentos
1994
EMI Brazil 352 830608 2

 ・・・・などと迷っていたのだが、昨年(2007年)末にヤフオクで当盤をゲット。中古屋の出品のようで店頭価格の半額(1340円)とのことだったが、無競争のままに落ちた。コスト・パフォーマンス的には "Serie Bis"(註)よりも劣るが、まあ悪くない買い物である。(註:入手不可能ということでHMVへの注文は自動的にキャンセルとなった。iTunes Storeからは買えるけれど、やはりそれなりの製品が欲しかった。ただし、当盤には曲目リストの他に "Meus Momentos" シリーズ全40点のラインナップ (歌手の顔写真付き) が掲載されていただけ。解説も歌詞カードもなしだからガッカリである。)
 1971〜82年までの16音源を収めトータル53分半。うち6トラック(2、3、6、9、13および16)が "ComVida" と被ってはいるものの、当盤は全てがヌネスの独唱によるものであり同一音源は皆無。なお、彼女は専属のバンドを率いていたという話(竹村淳「ラテン音楽パラダイス」参照)だから、重複曲のアレンジ(器楽部)はほとんど同じといって差し支えない。演奏時間の違いも数秒以内に収まっている。(さらに聴き比べてみたら合唱が入ってくるタイミングや一部の曲でフェードアウトするところまで一緒だった。もちろん "Morena de Angola" での奇声「フーウフーウ」も健在である。)
 さて、当盤では上で指摘した難点、つまり共演者(特に男性)の凡庸歌唱によって感興を削がれるということがないのが何といってもありがたい。コーラスとの呼吸もピッタリだから技術的には文句を付けるところがない。また当盤で初めて聴いたトラックのうち、ディスク後半に固められた感のある短調曲での切々たる歌唱に心を打たれた。長調によるノー天気なサンバも悪くはないが、ヌネスはそちらの方でより本領を発揮できるのではないだろうか。特に "As forças da natureza" から "Canto das três raças" → "Portela na avenida" → "Juízo final" までの4連発(トラック9〜12)は圧巻である。彼女の声について以前「半悪声」などと評した私だが、ここに撤回させていただく。伝わってくる凄味があまりにも桁外れであるため、完全無欠なる思い違いをしていたのである。この人は「美声系」には属さないものの紛れもない美声の持ち主である。
 いよいよ採点だが、夾雑物(凡唱)がないため "ComVida" よりも完成度と印象ともに数段上回っている。(唯一 "Ijexá" で「ガンジー」の掛け合いがない分だけ物足りなさを感じたのが例外だろうか?)ただし、通しで聴くと少々冴えないように感じられた。当初は不思議でならなかったが、理由はすぐ判った。先に触れたフェードアウトだが、その頻度があまりにも高いせいである。どう考えても12/16という採用率は尋常ではない。もちろんベストアルバムゆえ歌手の意図したところではないはずだが、それが災いし流れが全然スムーズではない。感動がいちいちリセットされてしまうようにも思う。これは決して小さな問題ではないからマイナス5点とする。95点。上述の手抜きライナーはまけといたるわ。

ポルトガル語圏の音楽のページに戻る