ジェシー・ノーマン(Jessye Norman)

I was born in love with you - Jessye Norman sings Michel Legrand
(おもいでの夏 〜ジェシー・ノーマン meets ミシェル・ルグラン)
2000
PHILIPS PHCP-11193 (464 537-2)

 「なんでまたオペラ歌手なんかを」という声が飛んできそうだが、あくまで当盤から聴き取ったジャズシンガーとしての実力について書いてみたい。(伴奏がピアノ、ベース、ドラムといういわゆる「リズム・セクション」によるものであるから、やはりジャズに分類するのが妥当だろう。)
 実はクラシックの歌手としてはあまり評価していない。マゼール&VPOによる「復活」(マーラー)でソリストを務めている。終楽章ラストの盛り上がりが不十分と思われたことがディスクを売り飛ばした最大の原因ではあるものの、それ以前に私はノーマンの大味な歌い方に嫌気が差してしまった(50点)。そういえば、何かの本か雑誌(「音楽の友」だったか?)で来日の際、あまりの巨体ゆえ茶室に入れなかったというエピソードを読んだことも歌手のイメージを低下させる一因となった。後に「クラシックの聴き方が変わる本」(洋泉社)でチェリビダッケ指揮による「4つの最後の歌」(R・シュトラウス)の異演奏を比較していた海老忠が「指示に完璧に従い、ほとんど器楽的と言ってよい優れた歌唱を聴かせる」としてヤノヴィッツを称賛する一方で、「いつもながらの鈍く単純素朴な歌い口には、指揮者との共通点は全くない。辛い有名税を払わされたものである。」と酷評しているのを読み、思わず膝を打った。その演奏については、「クラシックB級グルメ読本」(同上)末尾掲載の「『クラシックB級批評宣言』参照CD」を作成した鈴木淳史も以下のように紹介文している。

 あまりにも音楽性に隔たりがあるこの2人。チェリのイッちゃってる
 気味の至高性に、メト仕込みの世俗ノーマンが「天国で特高警察に会
 ったような」世界を演出する。ヘロデ王ならずとも「あの女を殺せ!」
 と叫びたくなる「すてき」に決まらない数少ない例。

正直なところ上の評は意味不明だが(ついでながら「至高性」って日本語あるかぁ?)、とにかく力づく一辺倒としか聞こえないノーマンの歌唱は大嫌いだった。(その点で近いのがホセ・クーラである。あんなのが世界のトップに居座っているというのだから、現在のオペラ界はよっぽど人材不足なのだろう。) そんな私が名古屋在住時代に「ジェシー・ノーマン・ベスト・コレクション」(PHILIPS)を買った。魔が差したのではない。ケース裏のトラックリストに「あなたがほしいの(ジュ・トゥ・ヴ)」を見つけたからである。私はサティのピアノ曲全ての中でも "Je te veux" が最も好きで、オリジナルのシャンソンも持っていたかったのだ。しかしながら、冒頭から4曲続くオペラのアリアにはウンザリ。続く6曲のドイツ歌曲も同様。この時点では後悔した。ところが11曲目の「旅への誘い」(デュパルク)は気に入った。本当のところはよくわからないけれども、彼女ののっぺりした声はフランス語のどことなくモヤモヤッとした感じと相性が良いのかもしれない。続く12曲目「2つのヘブライの歌〜カディッシュ」(ラヴェル)はエキゾティックな曲調をうまく生かしているという印象で、さらにラストの熱唱からは凄味までが伝わってきた。お目当ての「ジュ・トゥ・ヴー」は凡庸な出来だったが、ラストの「愛の小道」(プーランク)では堂々たる締め括りに大満足。その前の英語曲(黒人霊歌「イエスを私にあたえたまえ」とバーンスタインの「ラッキー・トゥー・ビー・ミー」も出来は決して悪くなかった。ということで、後半7曲だけでモトは取れた格好である(70点)。
 他盤の評価に随分字数を費やしてしまったが、ノーマンの歌唱も英語や仏語なら聞けるという手応えをつかんでいたのが当盤購入の動機である。「CDジャーナル」の新譜紹介コーナーで褒められていたため生協に注文し入手したはずである。本編は英語曲7、仏語曲8というほぼ半々の構成となっている(ただしボーナストラックとして後者2曲付き)。何といってもルグランの曲が良い。多様な(=使用言語、テンポ、および雰囲気の異なる)曲が取り混ぜられているが、どれも「上品な音楽」と呼ぶに相応しいものである。また、先述したトリオの編成(管楽器等を含まない)はジャズとして私が最も好む形態である。特に伴奏の場合は歌手を邪魔するという恐れがないことが大きい。これで歌さえ良ければ文句なしだが・・・・
 2曲目 "Dans ses yeux" (瞳の中に)は、冒頭から快速テンポに付いていけずモタモタしたような感じで少々興醒めした。(そういえば先述のベストでノーマンが歌っていたのは全てスローテンポの仏語曲だった。)が、他はなかなかのものである。どちらかといえば真摯なクラシック(ただし仏語&英語限定)の方が好きだが、当盤の伸びやかな、かといって大雑把ではない歌い方も悪くない。特に感銘を受けたのが本編ラスト(トラック15)の "Between yesterday and tomorrow"(邦題はカタカナ書きしただけなので省略)である。詞が秀逸。出だしの "Between yesterday and tomorrow, there is more than a day"("there is more" リピート)に痺れた。以後は基本的に同じパターンが繰り返されるが、その相加効果が素晴らしい。外国語曲の場合、普段は特に意識して聴いたりしない私だが、これだけ意味深長な歌詞だと知らずの内に注意を引き付けられている。(メカーノの超人気曲 "Me cuesta tanto olvidarte" の出だし "Entre el cielo y el suelo hay algo" (天と地との間には何かがある) と何となく近いようにも思った。)ボーナストラックも特に邪魔になっていないし、先の「愛の小径」と同じく持ち前の圧倒的声量でアルバムを閉じるのも堂に入ったものだ。ただ本音を言ってしまうと、曲も伴奏も抜群なのでそれなりの技量を備えていればヴォーカルは誰でも良かった。オペラ歌手を起用したことによるプラスアルファが特に感じられなかったこともあり88点とする(マイナス2点はトラック2のモタモタ)。

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