ウテ・レンパー(Ute Lemper)

マック・ザ・ナイフ〜枯葉/ベスト・オブ・ウテ・レンパー(A Portrait of Ute Lemper)
1995
LONDON POCL-1567

 このドイツ人歌手のディスクは大学院生時代に定期的に足を運んでいた中古屋のクラシックコーナーにてよく見かけていたし、当時は新譜もコンスタントに出ていたので多少は気になっていた。それゆえ、このベスト盤(日本独自制作)の発売を機に聴いてみようと思い立った次第。予約注文して入手した。
 トラック1〜10までクルト・ワイルの作品が並んでいるが、それらはことごとく良い。冒頭の "Die moritat von Mackie Messer"(マック・ザ・ナイフ)はワイルの代表作「三文オペラ」の序盤に出てくる主人公紹介の歌だが、ここでのレンパーはrを巻き舌で思いっ切り強調するなど、何とも型破りな歌い方である。だが決して下品ではない。というより、荒くれ者の悪行を披露するという目的には適っているのではないか。これまでNHKの語学講座などでも聴いた同曲の歌唱に混じっても群を抜いて素晴らしい出来映えといえる。
 少し飛んで6曲目 "Bilbao song"(「ハッピー・エンド」より)は、これでもかとばかりに歌詞を詰め込んでいる(ブックレットでは丸々2ページ分)。そのため(普通に歌うよりも)語り口調となる部分の比重が大きいのだが、それが実に見事なのである。声色をコロコロ変え、時に機関銃のごとく早口でまくし立て、約4分半の間に古き良き時代を想う語り手の心境を余すところなく表現している。録音時まだ28歳だったというのに芸達者な大ベテラン役者のようだ。で、調べてみたら実際歌手だけでなく俳優業にも従事していると判明。間奏での "Es ist schon zu lange her..."(随分昔だなあ...)のようなボヤキにも味がある。まさに緩急自在の名人芸。畏れ入りました。文句なしに当盤中の最高傑作である。
 3曲前の "Je ne t'aime pas" はタイトル通りフランス語による歌曲だが、発音には全く不安なし。これも情感の込め方が非常に上手い。最後の最後でヤケクソ気味に発する「私あんたを愛してないわ」に特に感じ入った。7曲目の歌曲 "Youkali" も哀愁タップリの歌唱に泣ける。他に仏語曲としてトラック13 "Les feuilles mortes"(枯葉)と同16 "La vie en rose"(バラ色の人生)という超有名曲を採用しているが、決して悪くはないもののワイル作品と比べたら分が悪い。とくに後者。最後のフレーズ "Mon cœur qui bat" の「バ」をメロディ(ソラシド)無視でボソッと呟くのはいかがなものか? 息絶えるようにしてディスクを締め括るとの意図かもしれないが、私にはアイデア倒れという気がして仕方がなかった。
 英語曲はさらに落ちる。それでもワイル作による5曲目 "Speak low"(「ヴィーナスの恋」より)や10曲目 "Alabama-song"(「マハゴニー」より)あたりは結構楽しめたが・・・・とりわけ6分を超えるマイケル・ナイマンの "Corona"(歌曲集「パウル・ツェランの6つの歌」より)はミニマル・ミュージックの手法を用いているせいで全くメリハリに欠けており、早々にウンザリしてしまったのもやむを得まい。長ったらしいだけという印象につき躊躇なく当盤中最低の駄作に挙げる。
 ということで、ワイル作品(平均で94点)と非ワイル作品(同68点)との間で極端なまでに評価が分かれてしまった当盤だが、前者が多くを占めているため16曲平均では84点となった

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