1979-1983ベスト・セレクション
1984
CROWN(PANAM) 035-CDC-2002

 歌詞に「あなた」が使われる曲が冒頭から6曲続き、2曲措いてまた3曲連続する。「僕」が「君」に向かって歌うのは1曲だけとなった。このようなスタイルの180℃転換だけでなく、水準もボーイッシュ時代より格段に向上しているように思う。
 1曲目の「海岸通り」は私がイルカのDJを聴き始める少し前にリリースされていたけれども、番組中でよく流れていたから自然に憶えてしまった。「1974-1979ベスト・セレクション」中の「なごり雪」「雨の物語」もそうだが、伊勢正三(作詞・作曲)によるトラックはやはり出来が良い。ところが歌唱の方は必ずしもそうではない。クライマックス「あなたをーのせーたーふーねがー」(あるいは「やさしいーうでーのーなーかでー」)で音が外れたり落ちてしまっている。ちょっとガッカリ。
 次の「十九の春に」は1980年発表であるが、時代の先端を行っていることをアピールするためかシンセサイザーがイントロや間奏でフルに使われている。(冨田勲や喜多郎が意欲的作品を次々に発表していた頃である。)いかにもフニャフニャした感じの音が時代を感じさせて微笑ましいが、私が調査中に流していたら、ある学生が「気持ち悪いから止めて下さい」と言ってきた。その気持ちもよく解る。ところで、当盤収録曲のうち先の「海岸通り」を除く11曲は全てイルカの作詞・作曲であるが、それらについては残念ながら問題点を指摘せねばならない。この「十九の春に」も冒頭はいいが、「今の所一番の」のメロディの付け方が杜撰なのである(後の「きっときれいに片付いて」なども同様)。非常に曖昧で毎回違う音型に聞こえる。どの音を充てるべきかハッキリ決めていなかったのではないかと疑いたくなるほどだ。そしてサビの出だし「あなたに」で見事に音が外れる。あーあ。ところが次の「してあげられることを・・・・」で持ち直し、「このまま二人で」から俄然テンションが上がる。私も次第に音楽に引き込まれてくる。そして「くらしてみたい」で身体の芯まで暖められたような気分になれる。(2番の「見つめ合いたい」に至るまでも然り。)ラジオでのしゃべりも同様だったが、(うまく表現できてないけれど)「ホンワカ感」こそが彼女の最大の美点であると思う。それを余すところなく発揮できるメロディではないだろうか。「十九の春にまよってる」の着地がピタリと決まっているのも素晴らしい。
 続く「夜明けのグッドバイ」も出来は概ね良いが、ここで注目すべきは編曲者に「小田和正」の名が挙がっている点だ。以前の曲とは雰囲気が全く違う。「ハードボイルド調」という形容は妥当ではないかもしれないが、終始重苦しさが漂っているという点では「雨の物語」と一二を争うと思う。短調のままサビに入り、さらにもう一段畳み掛けるところも共通している。こういう曲を歌わせてもイルカはまずまずだ。「あの頃は」「手探りで」などで外れるのはお約束だが。それ以上に困りものなのがやはりメロディラインで、「ふたりだけど」から迷走を始め、「あれあれ」と思う間もなく「見えていた」で強引に幕を下ろしてしまう。唐突にもほどがあるというものだ。
 そんな揚げ足取りをしようにも欠点が全く見い出せないのが4曲目「Follow Me」だ。前曲同様に小田和正がアレンジを手がけているが、オフコースが歌っても全く違和感のないような仕上がりとなっている。少し遠目がちに聞こえることに最初こそ違和感を覚えるが、いい塩梅に付加されたエコーお陰かライヴのような雰囲気を醸し出している。この音響効果は見事だ。さらに、ここでは歌手に何の不安もないのが嬉しい。「Follow Me そう言って・・・・」以下のフレーズを1オクターヴ上げて繰り返す。このアイデアは悪くないが、以前だったら必ずやコケてしまっていたであろう。ところが、「どうせ崩れるんだから」と思ったのかは知らないが、イルカは最初から崩して歌っている。それが決して下品ではないから聴き手は情熱的な歌い方と受け取ることが可能になるのである。長い間(一昨年に「ベスト」を買うまで)私はこの曲が彼女の最高傑作であると考えていた。
 さて、以降の8曲中で聞き覚えがあるのはトラック9「愛の飛行士」ぐらいだろうか。意表を衝くような曲調の大胆な変化が効果的である。他にもイプセンの戯曲から題材を得たと思しき「ドール・ハウス」やカーペンターズのナンバーみたいな「青春の光と影」など佳曲は少なくないが、やはり特に思い入れ&思い出がないことが災いし、印象は「そこそこ」に留まる。とはいえ、当盤入手時の私は最初の4曲だけで9割方満足できていたのだから、それを採点に反映させない訳にはいかない。「そこそこ」を70点とすれば、(90×4+70×8)÷12=76.666666....(循環小数)となるから77点とする。

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